ソーじゃねぇよトールだよ映画『MORTAL モータル』感想文

《推定睡眠時間:30分》

北欧のギレルモ・デル・トロことアンドレ・ウーヴレダルの新作はまたもや人外ものなのだった。日本未公開作も含めればその限りではないのかもしれないがこの人とにかく人外ばかり撮っている。それもクリーチャーというより妖怪とか伝説上の生き物とかそういう感じのを撮る。今回は地上をうろつく雷神トール様です。某マーベル映画のおかげで英語読みのソーの方で馴染んでいる人も多いんではなかろうか。

しかしこちらのトール様はマイティ感ぜんぜん無い。冒頭に「MORTAL:名詞 人間のこと」みたいなテロップが出るのでマイティな方のトールの映画に対するアンチテーゼでもあるのかもしれない。本場のトールはあっちみたいにスーパーパワーで戦ったりしないし戦うどころか自然電熱で常時重度のヤケドを負っていたり通りかかった田舎町の悪ガキにちょっかいを出されたりする可哀想なホームレスである。このホームレスなトールはアメリカ帰りということで英語しか喋れず地元民とコミュニケーションが取れず…いやそれアンチテーゼっていうか当てこすりだろう完全に。

まぁ別にトールに商標登録ないすからね。日本のRPGとかにもトールたくさん出てくるわけだから好きに使ったらいいと思いますが人外派のノルウェー監督アンドレ・ウーヴレダルとしてはちょっと待てよと思うところもあったんだろう。マーベル神話体系に取り込まれたことでトールの本来あるべき北欧神話での姿は忘れられてしまった…というのがアメリカ暮らしの中で本当の自分がわからなくなってしまったこのホームレス・トールの意味するところなんではないだろうか。

というわけで映画はトールの自分探しの旅を追います。なんだかよくわからんが感情が高ぶると周囲にバチバチ電流が走ったり触った人を感電させちゃったりして自分の正体を知らないトールめちゃくちゃ困ってる。そのうち電流バチバチで人を殺めちゃってトール投獄。動機はともかく殺害方法がよくわからんというので患者を救えなかったことに苦しみ中の臨床心理士(英語話せる)がトールの取り調べに呼ばれたりする。

とそこに身柄引き渡しを要求するアメリカの悪そうな人が登場。取り調べの中でトールの超人的な能力を目の当たりにした臨床心理士はこいつらに渡したらトールが大変なことになってしまうんではないかと危惧してトール連れて逃避行に出る。向かう先はどっかの農場。どうやらそこにトールの秘密があるらしいのだが、アメリカの悪そうな人がトールの覚醒を呑気に眺めているはずもなく…まぁなんかそこそこ大事になるのだった。

超自然なんかとは無縁のあくまで現実的な世界観の中に小さな怪異を積み重ねていくことで最終的に巨大な神話的光景を現出させるのがトロールの実在を信じる危ないオッサンを笑うモキュメンタリーだと思って観ていると最後には奥崎謙三みたいな街宣車ひとつで体長数十メートルはあろうかというビッグトロールと戦うオッサンとかいう異常な光景を目にすることになる『トロール・ハンター』のアンドレ・ウーヴレダルだ。

シリアスだったな~この『MORTAL モータル』も。もし現実世界にトールが存在したらという設定の映画なのでリアルかつドシリアスですよ。超パワーで殺しちゃった若造の怒りと悲しみで狂った親父から拳銃で撃たれソーになったりするんだもんなトール、神様なのに。そこまで真面目にやられちゃったら逆にちょっと笑えちゃうね。このシリアスっぷりさえもマーベルの方のふざけたトールに対する当てこすりなのだとすればまったく人を食った映画です。

しかしそういう文脈的な面白さはあってもこれ単体で観るとそんなでもないというのはケレン味がだいぶ足りない。トールなのでめちゃくちゃ怒ると雷雲とか呼べますが雷雲か~みたいな。そりゃ雷ガンガン落ちてきたら怖いけど。でもこのトール心は平和な人だから能動的にその能力使わないし、ヴィランがいるわけでもないので使う相手も基本いないし。作劇上の意図はわかるが単純に盛り上がらないだろうそれ。

最後もそこで終わっちゃうのか~みたいな。俺こういう映画知ってるよ『アンブレイカブル』と『ミスター・グラス』じゃないですかこれ。M・ナイト・シャマランの。『アンブレイカブル』はスーパーヒーロー映画のエピソード0-1的な映画で『ミスター・グラス』はエピソード0-2ですけどこれはその二本を合本にした感じです。トールが徐々に覚醒していくところは『アンブレイカブル』、やがてその能力がネットを介して世界に広がりトール信仰が生まれていくところは『ミスター・グラス』です。

まぁこの世界トールの末裔にして現し身が存在するぐらいだからロキとかオーディンとか他の北欧神話の神様も知られてないだけで実はおるんでしょうね。そこまで展開してればな~。神話の再生と世界の変容を暗示して映画は終わるわけで、その一種終末的なムードはウーヴレダル作の『ジェーン・ドゥの解剖』に通じるが、あちらがネタを隠して隠して最後におっぴろげ! みたいな展開だったのに対してこちらは開始ソーソーに主人公は隠れトールですと見せてしまうのでその終末感も予定調和で、確かにエル・グレコの宗教画みたいな色彩を持った幻視的な映像は美しいし痛ましさと不穏さの入り混じる冷たいムードも抜群だったが、もう一山欲しかったなぁとかはやはり思ってしまうのだった。演出が巧いから面白かったすけどね。

※あとトールのお供になる臨床心理士はちょっとクロエ・グレース・モレッツに似ている。

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いやもうシャマランの最高傑作でしょ。超おもしろいとおもう。

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