爽やか監禁譚映画『ブラック・フォン』感想文

《推定睡眠時間:10分》

イモータン・ジョーみたいなマスクを着けたイーサン・ホークをフィーチャーしたポスターと『ブラック・フォン』のタイトルからはホラーを想像するわけだが実際に観るとあまりホラー要素は強くなく、それぞれ違った方法で亡霊と交信できる兄妹が出てくるには出てくるが、これはどちらかといえばスピリチュアルなジュブナイル・サスペンスと言った方がいいだろう。

ときは70年代ところはよくある米国スモールタウン、主人公のエレメンタリーキッズ(わりと美形)は超典型的な米国冴えない組。母親は自殺しそれ以来酒浸りになった原発労働者の父親はまぁ70年代のことですから当然気にくわないことがあるとベルトなんか持っちゃってビシバシと主人公と妹のおケツをヒッティングのDVが日常です。学校に行けばまぁ治安の悪い70年代のことですから半殺しレベルのバイオレンスイジメが毎日待っています。偉いねぇ、それでも泣き言一つ言わず平然として学校に行ってるんですから。これは70年代のお話で70年代キッズは現代キッズよりもバイオレンス耐性が高かったと思われるので現代キッズのみなさんは真似してやせ我慢したりしないでくださいね!

そんな冴えない日常を送る主人公くんではあったがイジメっ子の側頭部を拾った野球ボール大の石で躊躇なく殴りつけて大流血させてくれる誠に頼もしい妹と喧嘩めちゃつよなので挑発してきたイジメっ子を鼻と歯が何本か折れて大流血するまで殴るナイスなメキシコ移民同級生がちゃんと味方でいてくれるのは大いに救い。まぁイジメもあるけれどもいざとなればこいつらがイジメっ子を半殺しいや3/4殺しぐらいにはしてくれるから安心だ…と思いきや! 頼りのメキシコ移民同級生が町を震撼させる謎の誘拐魔に攫われてしまったではないか! がーん! だがショックを受けている余裕などない。程なくして主人公くんも誘拐魔の魔手に捕捉されてしまうからだ…。

タイトルの黒電話というのは主人公くんが監禁されたどっかの地下室に据え付けられた電話のこと。この電話、外部には通じていないのだがなぜか鳴る、そして主人公くんが受話器を取るとノイズ混じりの子供の声がする。誰? いや、誰だかはわかんないんだけど…君に言いたいことがある! 受話器の向こうから聞こえてくるのは無残にも誘拐魔に殺された何人もの子供たちの無念の声であった。みなそれぞれの方法で誘拐魔と戦いそして死んでしまった。主人公くんは彼ら一人一人の幽霊証言から誘拐魔攻略法を練っていく、ということでなんかこういうゲームSteamにありそうだよね。

原作はジョー・ヒルなので物語の面白さは折り紙付き。主人公くんの監禁脱出チャレンジと並行して描かれるのは「夢」を見る妹の兄貴捜しで、妹は自分の能力に気付いているのだが父親からそんなものは妄想だぁぁぁぁぁ! とベルト折檻されるので普段は能力を隠している。なにもそんなに怒らなくても…いいじゃん子供に超能力あったらむしろ他人に自慢できるじゃんと思うが、まぁそれにはそれなりの理由がありまして、妹もそれをわかってるから折檻されまくってるのに父親を嫌いきれないしその言うことを受け入れてる。でも兄貴の超絶大ピンチに能力を使わないって手はないよな。つーことで妹は父親にサイレント反抗して「夢」で兄貴を探します。

監禁部屋の主人公くんと実家の妹がそれぞれ異なる方向から犯人を追い詰めていって、その中で二人の抱える問題とか家族のドラマが浮かび上がってくる構成の妙。主人公くんが幽霊ボイスを聴ける超能力持ちであることは公式のあらすじにも書いてあるからバラしてしまったが、本人も気付いていないらしいその能力の全貌が徐々に明らかになっていく過程は、同時に冴えない主人公くんが自分自身の持つ生きる力に気付いていく過程でもあり、一風変わったスクールカースト最底辺男子の成長物語として案外爽やかにまとまっているのも上手いところ。

70年代ものだけあってノスタルジックなムードも良いのだが、ただまぁ前述の通り俺は原作ジョー・ヒルとも知らずホラー映画だと思って観に行ってしまったので、面白いは面白いが全然怖くないところでちょっとガッカリしてしまった。ジョー・ヒル原作と知っていればこの人の関心事が恐怖よりもストーリーテリングに、ホラーよりもスピリチュアルにあることはわかってるからホラーっぽさは期待しなかったと思うので、なんか無駄に損をした感じ。

ほとんどマスクを着けての出演とはいえイーサン・ホークの誘拐変態殺人鬼はなかなかキモイ迫力があってそこはさすがに少しだけ怖さがありましたけどね。でもあんま出てこなかったしなイーサン・ホークも。たぶんこのキャラって親父に虐待されておかしくなった人なんだと思うんですけどあんまりそこは膨らませない。まぁだからそういうのよりもさ、兄妹がどう誘拐変態殺人鬼を追い詰めていくのかっていう過程と、あと主人公くんが色んな亡霊キッズと電話交流しながらどんどんレベルアップして色んな技が使えるようになっていく過程が面白くて、で最後は爽やかな気分になれるっていう、だからそこを見てねっていう映画だと思いますねこれは。

【ママー!これ買ってー!】


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監禁された人が電話一本でどうにか状況を打破しようとする映画といえば午後ロー的快作『セルラー』だが、ジョー・ヒルの父親スティーヴン・キングはB級映画からネタをいただいて小説を書く人なので、ヒルも『セルラー』観てこの原作書いたんじゃないだろうか。

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2 Comments
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さるこ
さるこ
2022年7月7日 5:56 PM

こんにちは。
ですよねーイモータン・ジョー!スプレーも使ってましたしね。
イーサン目当てで見に行ったんですが、ホラーだったらやだなぁ、と思ったらずいぶん違う趣で、楽しみました。虐待の連鎖かなぁ、と私も想像しましたがやっぱり地下室なんかい!
冷凍肉の(文字通りの)回収が、個人的にはツボでした。