ボキボキ大冒険映画『リコリス・ピザ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

コスプレイヤーのうしじまいい肉が前に男は常時勃起している方がカッコイイという謎の持論を語っていたことを観ていて思い出したのはポール・トーマス・アンダーソンの映画は出世作『ブギーナイツ』が何にも才能はないがチンコのでかさだけは自信があるポルノ男優の話ってぐらいで勃起に関するものがほとんどで『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の暴発油田なんかわかりやすく射精のメタファーだったりするが(要出典)、『リコリス・ピザ』のどこが勃起やねんといえばこのピザ太りした主人公の15歳男子がずっと勃ってるんですよね。

そりゃわかんないよ別にそれがカメラに映ってるわけじゃないからね。でもちょっとだけテレビに出ていい気になってるティーン子役俳優のこいつは子供たちが大勢いるインタビューの場で「昨日は二人の女とヤっちまったぜ」とか言ってインタビュアーには無視され舞台裏では出演してるテレビ番組の座長みたいなベテラン女優からテメェなにしてくれとんじゃコラと物凄い剣幕でめっためたにぶん殴られるし、男ならグイグイ行くもんだぜ的なこれは70年代のお話だから現在なら有害な男らしさ! とアメリカでは糾弾されるに決まっているスタンスで学校に写真撮影にやってきたカメラマンアシスタントの仕事をやってるもう一人の主人公の女、この人はピザ主人公の10歳ぐらい年上なのだが、一目見てピンと来た彼女にモーレツアタックをかける。

そして交際は断られたものの友達として付き合う中で、ピザ主人公に感化されて自分も演技者の道に入りたくなったリス主人公(リスみたいな顔してるので)が女優を目指すなら脱ぐのは当然という70年代ルールを語るや、ピザ主人公は癇癪玉を鳴らすのだ。世界にはオッパイを見せるのに俺にはオッパイを見せてくれないってのか! ピザの理不尽ギレ(まぁ気持ちはわかりますが)にリス主人公はキレ返してオッパイをぶりんと見せると、見たけりゃ見ろよ! だがヤる相手は自分で見つけろ! と啖呵を切ってその場を去るのであった。

まことに勃起したピザ主人公であるが勃起しているのは彼だけではない。新人女優と見ればすぐ必殺口説き文句「君はグレース・ケリーに似ているね」で口説いて(古いな!)セックスに持ち込もうとするショーン・ペン演じるベテラン男優も勃起しているしブラッドリー・クーパー演じるビバリーヒルズ住まいの狂人ハリウッドスタアも顔面から汗の代わりに我慢汁がしたたり卑語のマシンガンを撃つために口を開けばツバの代わりに精液が飛んできそうなほど存在が勃起している。ピンボールマシンにガンガン腰を打ちつけてたオッサンが別のシーンではバックでヤってるという直球の勃起ギャグも出てくるというわけで大変勃起した映画である。

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では勃起とはなんなのか。ポール・トーマス・アンダーソンは勃起を通して何を描こうとしているのか。といえば、おそらくそれはアメリカ男の行け行け押せ押せイズムです。将来の夢もなくそこそこ年齢になってもつまらない仕事をしているリス主人公は常時勃起したピザ主人公の猪突猛進っぷりに眺めているうちに自分だってやろうと思えばなんだってできるじゃんって気になっていく。でピザ主人公とリス主人公は2人で70年代アメリカのハリウッド周辺大冒険に出るわけです。行く先々には怪しい連中や危ない誘惑がいっぱいある。そしてもちろん挫折もある。リス主人公は勃起しなければ突破できない関門もあることを学ぶがピザ主人公は勃起だけでは解決できない問題もあると学ぶわけだ。

だからこれは一見すれば、俺のように勃起力のない人間にとっては不快な映画である。なにせまぁピザ主人公ときたら脳みそがキンタマ袋になってる年頃でございますから押せ押せグイグイの一本槍でその関心事といったらジャンルはなんでもいいからとりあえず成功すること=性交することでしかない。なんてつまらない人間! 箕輪厚介みたい! でもそれに対する反省っていうのもこの映画にはあって、デビュー作のギャンブラー美学映画『ハードエイト』から一貫してポール・トーマス・アンダーソンの映画ってずっと女キャラが従属的な存在だったんですけど、この映画では2人の主人公が対等に描かれて、途中からは実質的にリス主人公の物語になっていく。

70年代を舞台とした青春勃起物語は現代のポリコレコードを無視して箱庭的に映画で遊ぶためのせこい方策である、というような評価をどこかで見た気がする。俺はそれは確実にこの映画の制作動機の一つとしてあると思うが、ポリコレコードに従っていては描けない本当の意味での「有害な男らしさ批判」、というのはつまり勃起の功罪両面を描くということですが、もまたこの映画にはあったと思っていて、そのために現代ではなく時代そのものが勃起していた70年代ハリウッド周辺という舞台が必要だったんだろうと思う。

そこにはやろうと思えばなんでもできる自由があるし、成功できるチャンスがある。遊びもビジネスも政治もエンタメも、本気でも興味本位でも男でも女でも白人でも有色人種でもなんだって構わない、その気になれば誰だってどこにだって飛び込んでいける。でもその自由は勃起した時代が見せる幻で、勃起を解除して冷静に世の中を見渡せば、性差別や人種差別に警察の横暴は横行して自由なんかありゃしないし、成功の道だって何も持たない2人の主人公には最初っから閉ざされていた。1973年、ニクソン政権下で強いアメリカのイメージが振りまかれ男性的価値観が称揚される一方で、外交面では石油危機が、内政面ではウォーターゲート事件がアメリカという国の足元を揺さぶっていた時代。無理に勃起していたアメリカがもう勃起できなくなった時代のことだ。

およそスクリーン映えする風貌とはいえないアラナ・ハイムとクーパー・ホフマンのダブル主人公はアメリカの幻想を剥ぐために求められた存在なのでありましょう。恋人でも友達でもバディでもない、どちらかといえば敵対的に関係しながらもお互いに良きパートナーとして離れることができない、2人の奇妙な関係性は大層キュートでございます。なんでもない時間をかけがえのない特別な時間に変える長回しの面白さ、脈絡のない編集とエキセントリックなキャラクターの突発的乱入がもたらす緊張感、ポール・トーマス・アンダーソンの手腕は70年代ハリウッドの大好物を得て冴え渡る。勃起をモチーフにしてこんなに楽しい映画が作れるんだからやはりこの監督はすごい人です。イイ映画、見事な映画でした。

※そしてもちろんロック/ポップス多数使用のサントラは必聴。ボウイの「火星の生活」が流れるタイミングとか最高でした。

【ママー!これ買ってー!】


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『リコリス・ピザ』はロバート・ダウニー監督(俳優のジュニアの父親)に捧げられているがポール・トーマス・アンダーソンが師と仰ぐロバート・アルトマンの1975年の作『ナッシュビル』もその領域横断性からいってかなり強い影響を与えているように見える。

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