嫌いです映画『哭悲』感想文

《推定睡眠時間:0分》

これ連日満席で俺の観た回も満席だったんですけどその劇場(新宿武蔵野館)でヤバめのホラー映画がかかる時って女性客の比率が結構高くてこれもやっぱり女性客は多かった。で、観終わってからこんなん面白がる女の人の気が知れんわって軽くショックを受けてたんですけど、それは俺が男だからなのかなって鑑賞後何時間か経った今になって思って、俺はもうこの映画がすげー嫌で、帰り道もずっと憂鬱で、それどころか映画が終わった瞬間からもう嫌な気分が脳内に充満してたんですけど、隣に座ってた女の人がさ、ショートパンツ履いてたわけ。で、隣に座ってるから映画が終わって場内が明るくなると目に入るわけ。そしたらそれにちょっと嬉しくならないって言ったら嘘になるじゃん。もっと見たいなとも思うわけですよ。

でもそう思ったら本当に自分が嫌になっちゃって、劇場から出る時は女の人を見ないように目を伏せてたし、帰りの電車に乗ってからも他の女の人を見ないようにずっとスマホを見てた。男女カップルで観に来てたやつの男の方が女の方に「ヤリたいことを小声で囁く(※そういうシーンがラストにある)っていいよね」と脅かすように言うのを聞いてムカついたりした。なんでかっていうと、これは新型コロナみたいなウイルスが狂犬病的に変異して人間の理性を失わせるって映画ですけど、そういうプロットだから(ということもないんだけど)何度も何度も執拗に感染者が泣き叫ぶ女の人をレイプする場面が出てきて、感染者が性衝動の赴くままに血まみれで乱交する場面とかもあるわけ。でそこでは感染者の女がAVみたいにヨガリまくるわけね。

俺の怖いものっていうのはレイプものとか監禁もののAVと、鬼畜系漫画とかに出てきがちな女を監禁して犯したりしてるうちに理性が崩壊してレイプしてってせがむようになるみたいなシチュエーションとかで、それがなんで怖いかっていうと勃起しないこともないわけですよ。更に正直に言えば、アナルに男の一物をぶちこまれてみたいっていうエロ夢想だってあるわけ。現実には俺は痔なのでぶち込まれるのは嫌なんですけど、まぁエロ夢想としてはあるわけね。

エロコンテンツの見方としてまぁ一般的なAVを想定すると男優に感情移入するか女優に感情移入するかっていうのがあるじゃないですか。俺はこれ両方に感情移入して見るんですよ。つまり、チンポを入れる方と入れられる方の両方に同時になった気になってAVとか見てるわけ。何が言いたいかっていうと、ってことはさ、レイプとか酷いなってこの映画のレイプ場面見て思うわけじゃないですか、まぁ普通に。でもそのレイプを見ながら、ちょっとされてみたいなとも俺は同時に思うわけ。それで、俺がされてみたいってことは画面の中の女の人もそうなってるかもしれないって思うわけ、三段論法的に。

まぁサディズムとマゾヒズムは表裏一体とはよく言いますけど、それで、もう、すごい嫌になる。自己嫌悪がすごくて、だから映画が終わってから女の人を見ることができなくて、それは映画の内容そのものに対して生じたものというよりも、映画の内容に刺激された俺の思考を俺自身が嫌悪してるって感じなんですけど、まぁね、なんていうか、そんな映画観たくねぇよ日曜の夜に! その回を選んだのは俺だけど!

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までもねそういう個人的な事情を除いても俺この映画好きにはなれないんですよ。ついでに言えばなんかこれネットとかで盛り上がってるじゃないですか、ミーム的にっていうか、すげーやべー映画が来たぜ的に。そういうのも嫌いです。もう明確に言っとくけど嫌い。それは俺の中の汚濁を外に投射して八つ当たり的に悪魔祓いしてるんだっていう精神的なメカニズムは理解してるんですけど、理解したところで多少攻撃性が抑制されるぐらいで、そういう奴らが嫌いっていうのは変わりません。

なんでかっていうと、こんなの安直じゃないですか。あえて断言しますけど女がめちゃくちゃにレイプされる光景なんか観たい人はレイプ好き以外にはいないんだから出せばそれはもう怖いですよ、ストレートに。これって抽象化して言えば要は女に嫌な思いをさせる描写ってことですよね。スクリーミング・クリーンなんて言うようにホラー映画で女キャラに嫌な思いをさせる、その光景を切り取るっていうのは観客を怖がらせるためのもっとも単純な演出で、だからこそホラー映画の歴史はどうやってそうでない方法で観客を怖がらせるっていう方向に発展してきた。これもゴア映画の側面があるわけですけど、たとえばゴア描写はその一つだと思っていて、血とか内蔵に性別はないわけだからこれは「性別に関係なく登場人物に嫌な思いをさせる」演出っていうことになる。でそれを観て観客は一応怖がるわけですね、まぁ実際は喜ぶ人の方が多そうだけど。

だからこの映画観て身も蓋もねぇなって思ったんですよ。そりゃ「女キャラに嫌な思いをさせる」描写の典型であるレイプが執拗に続いたら怖いですよ。男に対する男のレイプも一応出てきて一生懸命に男女平等ですよをアピールしてるのはわかりますけどホラー演出として撮られているのは明らかに男の女に対するレイプだなんてのはこの映画を観た人なら誰だってわかるでしょ。わからないなんてカマトトぶるんじゃないないぞ、男も女も。

じゃそれ以外のところはどうかって言ったらさ、これは知性は持ったまま理性のリミッターが外れてみんな怖いことをし始めるっていう話なのに、そこは個々の場面のゴア描写なんかはよく出来ているとしても、工夫がなくて現代ホラーの基準からすればよくある映画の域を出ない。もしかしたら劇場公開用の映画でこれをやったのがすごいんだって反論もあるかもしれないですけど、今そんな話してないから。レイプ以外の「キャラに嫌な思いをさせる」描写の方は想像力がなく冴えなかったって話をしてるの俺は。だってナイフで刺すとか傘で刺すとかポテトを揚げるフライヤーでぶったたくとかですからね、レイプ以外の感染者の行動って。

だからこの映画のホラー映画的な眼目は迫真のレイプ描写があるっていうそこだけなんですよ。そんなのはどう考えても大した映画じゃないでしょ。やろうと思えば誰だってできるんだからさ、やろうとしないだけで。嘘だと思ったらレイプAVの一本や二本観りゃいいんですよ。まぁ俺はレイプAVなんか怖くて観れないので最近の動向は知りませんけど(しかしタイトルを見るだけでも充分に怖さは感じる。強制妊娠とか子宮破壊とかさ。一応言っときますけど俺はそれが事実だと思って怖いって言ってるんじゃないからな。発想が怖いのよ発想が)

名の売れてないホラー監督が露悪的な描写でブランディングをするというのはよくあることで、その蛮勇を讃える向きもあるが、才能も知性もないやつが露悪的な描写をやったところでつまらないだけじゃないかと俺は思う。露悪というのは三池崇史みたいに才能も知性もある人間がやるからこそ面白くなるし、本質的な意味で過激になり得る。ビデオ全盛期にとびきりの悪趣味映画として名を馳せたハーマン・ヤウの『八仙飯店之人肉饅頭』や『エボラ・シンドローム』にしてもその露悪性は鋭い社会批判を帯びていたし、『ネクロマンティック』や『死の王』には常識の皮膜に隠れた人間の生の真実に迫る文学性があった。三池崇史の『ビジターQ』は不道徳の塊のような映画だが、それを通して表現行為とは何かと問う哲学的な映画でもあった。

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過激さ、というのは俺が思うにそれに触れる人間の世の中の見方を変えてしまう力のことだ。それを持たない「過激」とは発狂、いや畢竟ポルノに他ならない。そしてポルノとは誰でも知っているように自分の知っている世界を際限なく再確認させるジャンルなのである。もしオナニーしようとAV動画をレンタルして再生したらいきなりデヴィッド・リンチみたいなビジュアル・アートが始まったら、それはそれで面白い体験だとしても、それでオナニーすることはできないだろう。その意味で俺にとって『哭悲』はポルノでしかなかった。ポルノもポルノで一つの映像ジャンルとして(また普段世話になっている身から言っても)立派なものではあるとしても、このポルノが抜けるだのなんだのと大声で叫ぶようなものではないだろう。

監督はインスピレーション源としてティプトリーの名を挙げたりしているらしいが、地下鉄の感染者オッサンが主人公の無駄にコケティッシュな女を追い回す展開や感染者が噛みついたら即発症&発狂する設定からすれば、それはカッコつけで(影響はあるとしても)実際は『28日後…』とその傑作続編『28週後…』が直接のネタ元になっていることは明白じゃないだろうか。あの最高な『28週後…』をどう超えるかと考えた時に出てきたのが迫真のレイプ描写を入れることなのだとすれば、お粗末極まりないと言わざるを得ない。

もっとも、映画のホラージャンルにおいて描写の表面的な過激性を追求することは、おそらくホラージャンルが少なくとも陽の当たるところでは検閲の存在により撮れない中国本土に対する反発もあり、現代の台湾映画シーンではこれに限らずちょっとしたトレンドになっている風でもある。えげつない青春ホラーの傑作『怪怪怪怪物!』にもバスから『シャイニング』ばりの血の洪水があふれ出すというシーンがあったし、それとは真逆の作風だが『ゾンビ・プレジデント』も全盛期の香港映画をも凌駕する過剰なバカバカしさとアクションがあってすごかった。

興味深いのは『ゾンビ・プレジデント』は明らかに新型コロナの発生を受けて制作された映画で、具体名こそ出さないもののその発生源となった中国本土を徹底してこき下しつつ反中国の政治家を大統領にしようという政治アジテーションが含まれているのだが、この『哭悲』もまた新コロ禍をネタにした映画であり、(これまた具体名は出ないものの)蔡英文の取ったゼロコロナ政策を支持しつつ、経済を優先して空港検疫などの感染症対策を二の次にしたらしい劇中の新大統領に対して「こんな奴に票を入れたのか!」とかいう台詞が出てくるのである。

台湾にとって「経済を優先する」とはほとんどイコールで中国本土との関係を重視するということだ。その政治的含意を汲み取れば、要するに、親中国の大統領を選べば台湾にエピデミックが起こって女たちはみんな残虐な方法でレイプされた上に国が崩壊する、と言いたいんじゃないだろうか。劇中の男性大統領は『スキャナーズ』みたいな死に方をするのでこの映画の作り手が親中国派の政治家に少なからず敵意を向けていることは言を俟たない。政治アジテーションのためにレイプ恐怖を活用しているのだとしたら(あくまでもだとしたら)ずいぶん悪辣な映画ではないかと俺としては思うのだが、みなさんどうお思いなのだろうか。

台湾ホラーらしい陰湿なムードは素晴らしいしストーリー運びに難はあっても場面場面はよく出来ているので感染者系のゾンビ映画として割り切れば面白く観られるのは確か。だから俺はこの映画を別に悪い映画だとは思わないのだが、なんかね、色々文句を言いたくはなる映画だったんだよ。

※ふと思ったんだがこの映画の「嫌な感じ」は主人公の女のキャラクターがほとんど描かれず、その行動もそりゃ多少の反撃はするにしても基本的にはただ逃げるだけで主体性に乏しい点にも根を持つんじゃないかと思った。モダンゾンビの元祖『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』も絶望感の源は主人公のはずの女がゾンビから逃げるうちに精神が壊れてしまって何もできなくなる点にあるし、頭の中でシミュレートしてみたところ、それ以外のシーンはすべてそのままだとしても、主人公の女がしっかりキャラ付けされていて自分で自分の道を切り拓こうとする展開になっていれば、結末がどうあれ嫌さはそこまで感じなかった。モブ被害者の女はもとよりこの映画では主人公の女までもがあたかも(ラディカル・フェミニズムの言うところの)モノのように扱われ壊れるわけで、対して男キャラは地下鉄の感染者オッサンのように感染者でさえ強くキャラ付けされていて、能動的であるだけでなく知性が強調される。ここには女性蔑視が見て取れるし、その視点から描かれるためにレイプがあんなにおぞましく映るんじゃないだろうか。おぞましくないレイプがあるのかとフェミーな方々からの非難が飛んできそうだが、欧米のホラー映画なんかでレイプが描かれるときには案外被害者の女のキャラがちゃんと描かれていたりするので、たとえそれが行為としては酷いものであっても嫌悪感はさほど催さなかったりするのである。

2022/07/06追記:
タイトルは感染者が酷いことを酷いと理解しながらもやってしまう時の心理状態を指す。その映像的な表現が酷いことをする前に涙を流すというものだが、実際にはそうした場面は少なく、ほとんどの場合感染者はアホみたいに笑いながら襲ってくるため、これは設定倒れの観がある。それが何を意味するかと言えば、この映画の作り手がおそらくそこに込めようとした「加害者の心の痛み」のテーマを充分に物語の中で展開し昇華することができなかった、ということじゃないだろうか。逆説的だが「加害者の心の痛み」は「被害者の心の痛み」が充分に描かれなければ立ち現れてこない。むしろ、「被害者の心の痛み」さえしっかりと描かれていれば、観客は加害者の流すちょっとした涙によってさえ「加害者の心の痛み」を容易に想像することができるが、この映画では前者は酷いことの前に流す涙の形で表現されていても後者は主に被害者となる女性キャラたちの心情やキャラクターがろくに描写されないことで画面に現れず、したがって「加害者の心の痛み」が形骸化してしまうのである。地下鉄のオッサンは主人公に話しかけようとして嫌がられ「話しかけただけでセクハラなんて…」とかなんとかブツブツ文句を言うが、この映画自体、もしくは作り手本人が、その女性蔑視的な眼差しによって「被害者の心の痛み」を半ば無視することで、一方的に「加害者の心の痛み」を垂れ流すだけの、地下鉄のオッサン同様の存在となってしまっているんじゃないだろうか。

【ママー!これ買ってー!】


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たいへん心にダメージを受ける映画体験になったので家に帰ってほがらか狂犬病ホラーの『処刑軍団ザップ』で傷を癒やしました。

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