週刊連載映画『約束のネバーランド』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

原作では孤児院の子供たちが「出荷」される年齢の上限が12歳だったところがおそらく倫理的懸念というかクレーム(どこからそんなものが付くのだろう)事前回避措置により無難な16歳に変更されたことで少しだけ話題になっていたが設定変更がどうとか原作再現度がどうとか面白いとか面白くないとか以前に対象年齢が低すぎたのでこの映画に問題があるとすれば、まぁ別に子供向けに映画を作ることが悪いことでは当然ないわけですし子供向け映画というジャンルはあるわけですけれども、子供騙しにも程があるだろっていうその点なのであった。

困ったねこれは。「おかあさんをといっしょ」をアラサーの俺が観てもおねえさんにバブみを感じるぐらいしか面白ポイントないと思うんですが幼児キッズ的には大ウケな内容なわけじゃないですかあれは。だからキッズ特化の『約ネバ』もつまんねぇなと切り捨てるのも無粋というかいくらなんでも空気が読めないし『おかあさんといっしょ』を見て子供向けだからと怒るオッサンがいたら狂人なので『約ネバ』にキレるとなんなら俺もそっちジャンルに入ってしまう。それは出来ることなら避けたい。

本当に子供向けの映画なんですよ。だってエンドロール終わってさ、よく色んな注意書きテロップっていうのが出るじゃないですか。この映画の撮影では動物に危害は加えられてませんとか。『約ネバ』はそこに「ロープをハンガーで渡る行為は大変危険ですので真似しないでください」って出るんですよ。あるんですよそういうシーン。そういうシーンあるんですけど、あのさ、まず真似しないし、あとそこに注意書きテロップ出すなら「建物には火をつけると放火ですからつけないでください」も出しとくべきだろとか思うわけですが、まぁロープハンガーなら建物に火つけるより子供たちが真似しやすいから念のためっていうそういう配慮なんでしょうけど、そこにテロップ出さなきゃいけないくらい子供向けに作られた映画なわけですつまり。

それはもうねぇ、そこまで子供向けになるとさぁ、なんかもうちょっと大人も見れる感じの映画かなと思って観に行ったこっちが悪い感じになるじゃん。対象年齢の下限を定めた映倫のレーティングってあるじゃないですか。R18とかPG12とか。俺あれの上限版もあったらいいと思うんすよね。U18だったら18歳以下は楽しめない、U6だったら幼児向け…みたいな。いやその根拠はなんだよって話ですけどそんなこと言ったらR18認定だってみんななんとなく納得してしまってますけど別に法的根拠があるわけじゃなくて業界団体の映倫が生々しいセックスが出てくるからR18とか勝手に決めてるだけだからね。それだって別に根拠ないでしょ。幼児が生々しいセックスを見たらいかんという法律はないんだから。むしろ両親の寝室入りゃだいたいいつでも見れんだろ仲が冷めてなきゃ。

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そういう話じゃないから。そういう話じゃない。自分たちが遠からず出荷される運命にあると知った孤児院の子供たちなら生きた証を残すためにこっそりヤリまくっていたとしても別に不思議なことではないしむしろドラマを盛り上げるという意味では隠れセックスがあった方がよかったんじゃないかとすら思わないでもないがロープハンガーの注意書きが出るくらいの映画なのでそんなシーンはありませんしそういう映画でもありません。セックスから一旦離れてください。は~い。

俺ごときがわざわざ書かないでもどうせこんな映画に興味を持つ人はみんな知ってると思いますがジャンプ漫画の実写映画化です。なんか秘密の花園的な孤児院があってその中で何十人かの子供たちが平和に暮らしてるわけですが施設を囲う柵の外には出てはいけませんよと子供たちの管理を一手に担う(これも不思議な設定だが原作にはちゃんとコックとか掃除人とか庭師とか出てくるんだろうか)ママから言われてるんで子供たちは外の世界知らない。で、たまに貰い手が現われましたよと言って子供たちハッピーな感じで出ていきます。しかしその「出荷」先は…ということを知ってしまった年長子供三人組は孤児院からの脱出を目指す。そういうお話。

なんだろうなぁこれは。まぁ漫画で読んだら面白いのかもしれないよね。一回か二回だけコインランドリーに置いてあるジャンプで読んだことある。『メイズランナー』っぽいと思った。とくに好みではなかったのでそのままスルーしてしまったが映画で描かれる孤児院編に関してはたぶんママ側と子供側の心理戦がメインなので、週刊連載には向いてるんじゃないかしら。次はどうなる次はどうなる的な。

しかし一本の映画としてかなり強引に二時間以内にまとめられると正直心理戦のスリルもクソもあったものではなく、映画館を出る時に他の観客が原作再現度は高いと言っているのが聞こえたから変な改変とかはないのだろうが、それは逆を言えば映画的な翻案ができていないということで、よくメジャー邦画は説明台詞が多すぎると叩かれるが、この映画に関しては全部が説明台詞なので多い少ないの俎上にすら上がらない。

人は動いているがこれじゃあまるで朗読劇だ。口を開けば状況説明。今の心情は全部口に出して説明。キャラクターは機械人形のようであり、ある登場人物がこれはAですと説明すれば別の登場人物ははいそれはAですとダイレクトに受け取ってならばBでしょうと出力する。会話は全部そのパターン。大袈裟な揶揄ではなく大島渚の前衛劇かと思いましたよマジで。これが外界を知らないから疑うこともまた知らない子供たち…という演出ならわかるのだが、そのような演出はされていないので。

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実写版『進撃の巨人』の脚本を書いてとくに後編でさんざん叩かれた町山智宏はキャストが日本人なのに外国人の名前はおかしいといっていくつかの登場人物の名前を原作から変更したが、原作が英語圏のどこか(イギリスのイメージなのだろうが)を舞台として想定しているらしい『約ネバ』は原作を踏襲して台詞のあるキャストは全員日本人にも関わらずそのまま英語名、孤児院公用語も英語なので手紙なんかも英文というそのままっぷりで、映画の人である町山が映画ならここを変えないと観客は納得しない! と拘った部分は、俺の観測した限りでは見た人の誰も気にしていなかったから、ぶっちゃけ映画を観たいというよりは漫画の実写化が観たいのだと思われるこの映画の客層的にはどうでもいいようなのだった。

同じことは言語以外の事柄についても言えるんじゃないだろうか。たとえば、映画ならAという事実を最初の方で何気なく見せておいて終盤にBの伏線として活用することで面白味が生まれるとかあるじゃないですか。同じテクニックは漫画でも使えないことはないとしても週刊連載だと回と回の間が空くので、伏線作っても読者忘れる、しかもその伏線がすぐに面白くなるわけではないから悠長に伏線ばっか置いてらんない。打ち切りになったら伏線もクソもないですし、だいたいそんな精緻にストーリーを組み立てる余裕なんか週刊連載の漫画家にないですからね。編集者の直しもあれば人気が下火になって方向転換だってあるわけですから。

だからその回その回の十数ページで完結する見せ場、一応完結しつつ次に繋がるような見せ場をどう作るってどう読者を引きつけるかっていう近視眼的な小手先テクニックが週刊連載の漫画は重要になってくるわけで、映画版『約ネバ』の心情を独り言として全部言う(いやマジで全部独り言で言うんだよ。しかも周囲に聞こえる声量で)台詞なんかも、そのシークエンスだけ見れば観客は物語が理解できるから次の展開を先読みして楽しめるっていう…たぶんそういう週刊連載的な理屈でそうなってるんですよね。

観に来るのは映画が好きな客じゃなくて週刊連載漫画が好きな客だから週刊連載の論理で作ろうという…数少なかったかもしれない映画が好きな客の俺としてはこのへん結構いや正直に言うとめちゃくちゃ辛くて早く終わらないかと上映中腕時計を三回見たが、そういう意味で、単純に完成度が低かったりするのとはちょっと違うつまらなさだったというか、週刊連載漫画的な映画としてはむしろよくできていたんじゃないかと思った。

まぁ、だから、それが子供騙しっていうことなんだよ。

※あとこれも「鬼」が出てきたんですけどなんなの? ジャンプに鬼ブーム来てるの?

【ママー!これ買ってー!】


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俺こういうやつの子供向け版だろうと思って観に行ってるからね。そりゃギャップでかいっすよ。

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