色々あったんだよ映画『ホモ・サピエンスの涙』感想文

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《推定睡眠時間:35分》

正味76分の映画でおよそ35分寝ているならそれもうほぼ観てないじゃんという感じなのだが『散歩する惑星』以降のロイ・アンダーソンの映画は画作りも構成もほとんど同じなので観ていないといえば観ていないが他のロイ・アンダーソン映画はどれも観ているからこれも観ているといえば観ている。ものすごい詭弁である。

でも実際『散歩する惑星』から先のこの人の映画をショット単位に分解してどれがどの映画でしょうクイズ的なのをやったらぶっちゃけわりとわかんないんじゃないすかね。屋外シーンはともかくハマスホイ風で統一された室内シーンはきつい。とくに寝室のショットは鬼門。やたら出るんですよ寝室が。ロイ・アンダーソンの映画たぶん全部寝室のシーンあるんじゃないか。インテリアに特徴がなくてしかも大体暗かったりするからもう…あとだいたいオッサンが寝てますよね。オッサンと寝室。アンダーソン映画を読み解く何かである。

まぁそんなことはいいとしてですよ。『ホモ・サピエンスの涙』、渋かったすね~。これは渋いわもう笑いとかも基本的にないもんな。ゆーても『散歩する惑星』以降のアンダーソン映画はユーモアっていうのが基調音になっていたわけじゃないですか。色んな人の何気ない生活の1ページを切り取ってきて、そこで起こる出来事は本人にとっては悲劇的だったりするんですけど、遠目に見たらちょっと笑っちゃうっていう。松本人志とかが好きなタイプの笑いですよね。

でもこれはそういうのがほとんどないわけですよ。じゃあユーモア取ったらペーソスだけ残るのかって言ったらペーソスもないっていうね。すごくない? 何があるって言ったら基本的になにもないんだもん。もはやネイチャードキュメンタリーの世界ですよ。地球という惑星がありました、人類という動物がおりました、その生態を見てみましょう、みたいな。

語り部は静止状態で空に浮いてるシャガールの男女みたいなやつだから人間の視点じゃないんですよね。だから悲劇も喜劇も何もなくてふーんこれが人間かーっていう感じになる。大変な生き物だなぁとか何様目線で思っちゃうね。考えてみれば『散歩する惑星』以降のアンダーソン映画というのはどれも設定に現実から半歩だけはみだす程度のSF性があったわけで、そこからどう思考を発展させていくかは人によりけりでしょうが、ひとまず人間の現実を俯瞰して相対化してみるところからSF的思考というのは始まるわけじゃないですか。

そういう意味で言ったらユーモアもペーソスも限りなくゼロに近づいたこの映画が『散歩する惑星』以降のロイ・アンダーソンの到達点っていうところはあると思いますよ。面白いか面白くないかは別として。

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で、『ホモ・サピエンスの涙』日本公開に併せて今年のぴあフィルムフェスティバルはロイ・アンダーソン特集っていうの組んでたんですけど、そこで日本未公開だった1975年の『ギリアップ』がプログラムに入ってて、たいへんレアな上映機会だから観に行ったんです。そしたらこれが特別仕様でロイ・アンダーソンといえばコマーシャルでカンヌの賞とか何度も取ってるCF界の巨匠だからって本編前にCF上映が付いてて、更にはわざわざ映画祭のために寄せた自作解説動画まで付いてくる。

その自作解説でアンダーソンがたしか言ってたのはこれは失敗作だというようなことで、その当時は私も主人公と同じようなことで悩んでいたから若気の至りの恥ずかしい映画だとか、なんか本人にとっては『ギリアップ』そういう映画らしいんです。これは感傷的なノワールで、この世の終わりみたいなホテルに流れ着いた無気力若者がそこで働く女に恋をして、でなんやかんやあって(こちらも寝ているので経緯不詳)女と一緒に最果てホテルを抜け出すためにホテルの地下をねぐらにするギャングの銀行強盗計画に加わるんですけど、まぁうまくいかない。で女はギャングの情婦的なポジションだったから…っていう感じでノワールに無情な方向にお話が転がっていく。

フィルモグラフィー的には長編初監督作でドキュメンタリータッチの恋愛映画『スウェーディッシュ・ラブストーリー』とそのおよそ30年後に撮られる大復活作にして長編監督三作目の『散歩する惑星』の間にあるので、映像スタイルはドキュメンタリー的な殺気を漂わせつつ『散歩する惑星』的な透徹した寓話の趣もありつつの折衷感で、当時のアンダーソンの心情が反映されているらしいパーソナルな作品であるところとか、興行的な大失敗から以後二十余年ものあいだ商業映画を撮ることができなったっていうキャリア上のターニングポイントになったところからしても、『ギリアップ』という映画は映画作家ロイ・アンダーソンを知る上でかなり重要作のようなんです、が。

もう『ホモ・サピエンスの涙』の感想でもなんでもなくなってますがとにかくですねそういう映画を少し前に観てたんで、あの何の意味もない生活風景の数々とか、あと抱き合ってお空の上から人間社会を眺めるシャガール風の謎カップルとかもそうですけど、その光景を観ていてアンダーソンはようやくこの境地に辿り着いたんだなぁっていう感慨があったというかですね、『ギリアップ』は映画の終わりで盗んだお金がパラパラとシーズンオフの寂しげビーチに散っていって大変な諸行無常感を醸すわけですが、その諸行無常を笑うでもなく悲しむでもなく(と言いつつちょっと可笑しいシーンは少しある)上空から眺めるのが『ホモ・サピエンスの涙』という映画で、ただキャプションのタイトルを考えながら絵の美しさを愛でるだけのアレゴリー活人画展覧会と見えてそこには決して表面には表われない作家の人生の悲喜こもごもと紆余曲折があったんだなぁと…まぁ、そういう感じ。

吹雪のなか雪原をただただ延々と歩かされる戦争捕虜たちの凄惨な絵に対置される最後の穏やかな絵、どこまでも続く道の途中で車が故障してしまった男が途方に暮れるっていうの、あれ良かったな。あの絵からは様々なものが立ち上がってくる。ままならない人生の象徴にも見えるし、偶然がもたらした人生の小休止の中にあるささやかな幸せを表しているようにも見えるし、そこには『ギリアップ』で一度は映画監督の道を閉ざされた、そしてそのことでCFの巨匠となって独自のスタイルと世界観を手に入れたアンダーソンの経験というのもやっぱり込められているんじゃないすかね。

【ママー!これ買ってー!】


さよなら、人類

単純な面白さでいったら前作の方が好き。わかりやすいシュール笑いがたくさん出てくるので。

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