顔面耐久70分映画『あなたの顔』感想文(ネタバレある)

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《推定睡眠時間:0分》

『あなたの顔』というタイトルの映画なので映画が始まると顔です。顔。おばさんの顔。ただひたすらにおばさんの顔を固定カメラの長回しで10分弱。う~んこうやって見ると人間の顔というのはやはり左右非対称なんだな~。絵描きなりCGアーティストなり美術畑の人がよく言うことではあるが豆知識として覚えておくのと実際に見てわかるのとでは違う。日常生活の中で人の顔を10分弱もまじまじ見つめる機会なんてないからなかなか新鮮な気づきだ。

そのうちおばさんは退屈になってきたのか眼球をぐるぐると動かしはじめる。顔は常にカメラの方を、という指示が出ているんだろうな。目だけを動かして何を見ているのかわからないが、ずっとカメラを見つめるというのは簡単そうでいて演技訓練をしていない我々一般人には難しいことだろう。視線の先に何もなくたってとりあえずカメラから目を逸らしたくなる。人の顔を10分弱も見つめ続ける機会が無いのと同じように、人に10分弱も見つめ続けられる機会というのもそうあることではないだろう。芸能とかのお仕事をしている人ならともかく。

それにしても長いな。本当に長いな。こう長い間おばさんの顔だけを眺めていると…ちょっとエロスを感じてしまう。衝撃的だ。これは衝撃的である。カメラに映るおばさんの顔にエロ要素は皆無。にも関わらず仄かにエロい。勃起を誘発するたぐいのアグレッシブなエロスではないが…しかし確かにおばさんの顔はエロいのである。このエロはどこから生じるものか。やはりこう、覗き的な関係性からではないだろうか。観客はおばさんの顔をひたすら見続ける、だがおばさんは観客の顔を見ることができない、その視線の不均衡。

ここにはカメラと観客の被写体に対する視線の暴力があるのではないか…などと考えてしまったら今度は顔が不穏に翳る。だが場に緊張感が漂い始めたところで突如おばさん破顔一笑、膨れ上がった歯茎が『遊星からの物体X』のごとく露わになったのでびっくりしてしまった。飽きるほど見たと思ったおばさんの顔にまだこんな知られざる一面が!? たかが10分弱おばさんの顔を見ただけのお前がおばさんの何を知っているんだと思うがこれも覗き効果だろう、おそらく人は他の人と対面している時はその人が仮面を被って、人が見ていないところでは人は仮面を脱ぐものと思い込んでいるのだ。

そんなわかりやすい素顔は本当にあり得るんだろうか。これを書きながらPCディスプレイに脳内仮想カメラを据え付け自分の顔を想像してみる。作っている。今、確実に「書いてるぞ」的な顔をしている。注意がどこかへ飛んで目だけPCの横の方に逸れたりしている。何を書くか迷うと手を止めて頬杖をつき…このときはもうめちゃくちゃストレートに「悩んでるぞ」という顔をしている。なんか一人で超恥ずかしくなってしまったが、素顔に関する洞察を得られたのでまぁ良しとしよう。今、「賢いぞ」という顔をしている。

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さて笑っちゃったおばさんにカメラの後ろに構えた監督ツァイ・ミンリャンは「笑っちゃう?」とか聞く(AVのインタビューコーナーかっ)。おばさん答える。だって面白いからね、今撮影してることと映画に映ることは違うから。大意だがそんなことを言う。おばさんがその言葉で何を言わんとしているのか具体的には掴めなかったが、それはなにか人間の顔、素顔と仮面の関係に触れているようで示唆に富む。そこらのB層おばさんと思いきや存外知性派のおばさんである。

でもなんでそこらのB層おばさんだと思ったんだろうか。映画が始まって10分弱、おばさんはただ無言でカメラの前に座っていただけだし俺もその顔をただ見ていただけだ。プロフィールも状況説明もなにもない。にも関わらず人は顔でその人を想像する。人が人の顔を見て勝手に作り出す架空の人とはいったい何か…思考の隘路に無駄に迷い込んでまた「賢いぞ」「悩んでいるぞ」という顔を浮かべる前に引き返すが、もう、なんだか、そういうわけで、ただ顔を撮ってるだけなのに画面の情報量と問題喚起力がものすごい映画である。控えめに言って超おもしろい。顔撮ってるだけなのにサスペンスありコメディありエロスありヒューマンドラマありの一瞬たりとも目の離せない空前絶後の顔エンタメである。

最初のおばさんはあまり喋らない人だったが(あるいはそこは映画に使わなかったのだ)どうもミンリャンは「あなたのことを話して下さい」みたいなお題をそれぞれの顔の人に出してるらしい。年季の入った顔を中心に色んな顔たちが出てくる。親都合で無理矢理別れさせられた初恋の人と数十年後にスーパーメロドラマチック再会を果たした顔、新婚旅行で訪れた日本でパチンコ中毒になった顔(なんかすいませんでした…)、黙ってハーモニカを吹く顔。

顔たちの語る人生はそう言われればそんな顔に見えたりもするし、そんな顔に見えなかったりもする。語らないことでその顔から人生を想像させる顔もある。見ることとは不思議なものだ。身の上話だけ聞けばきっとこの人の人生はこう、あの人の性格はどう、と素直に思ったりするに違いないが、身の上話を聞きながら顔をずっと見つめていると印象がゲシュタルト崩壊を起して、口に語られた物語と顔の語る物語が同じ物語でも別々のものに見えてきたりする。筋肉を鍛えて話をするために、と突然舌の出し入れ運動をはじめる老婆顔は口と顔の付かず離れずの関係をよく表していたかもしれない。

それにしてもあの老婆顔には笑ったよな。完全に不意打ち。笑ってはいけないシリーズだったら絶対アウト。あんな急に舌運動されたらさぁ。でもそれを見て笑っていると老婆顔の口の方は自分は年寄りだから筋力を維持するためにこういうのを日常的にやってるんですと少しも可笑しくないもっともなことを言う。言われなければ笑っちゃう。言われると笑えない。笑顔の主要素は口の形にあるのに笑いを封じるのはその口なのだからおかしなものだ。笑いをコントロールしようとするのが口なんだろう。

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笑いといえば睡眠顔がこの映画最大の笑いポイントだった。この顔は画面に現れたその時から目をつむって銅像のようなのである。睡眠顔と書いたが最初は眠っているかどうかわからない。何か熟考しているように見えなくも無い。そう見れば威厳のある立派な顔だ。果たしていつ口と目を開くのだろうか、その口と目をいつ開くのだろうか。固唾を呑んで画面を見つめていると少しずつ、少しずつだがその顔、前に傾いていく。もしかして眠っているんじゃないだろうか…じゃないだろうかっていうかちょっと寝てるな…いやこれ完全に寝てるな!

そのうちイビキまでかいてついにはカメラの前にガクっと折れた顔、その衝撃で目を覚まし何事もなかったかのように背筋を伸ばしてキリッとした目つきでカメラを見つめるが、お前寝てたじゃんと心の中では全力ツッコミである。たかだか年寄りが寝ているか起きているかということだけでこうまで見ている人間を翻弄し笑いに導く…こっちが勝手に翻弄されて勝手に導かれているだけの可能性もあるが、顔の持つ力に恐れ入るばかりだ。

撮影は台北にある中山堂というイベントホール(日本統治時代に建てられた歴史あるものらしい)で行われたらしく、映画の最後には無人の中山堂内部の定点観測ショットが置かれている。照明は灯っていないが日光が窓から差し込んで明るい。そこが、画面を注意深く観察していないと気付かないぐらいの速度で、徐々に徐々にカメラの絞りを上げて暗くなっていく(これは顔インタビューの場面でもこっそり用いられている)

坂本龍一の静謐なアンビエントも高まってきてあぁこのまま暗転してエンドロールに入るんだな、と思っていると今度は気付かないうちに画面が明るくなって心なしか坂本龍一の音楽も遠のいたような気がする。なんだかカメラまでウトウトと眠りに入りかけているような感じであるが、カメラというか中山堂という場の眠りなのかもしれない。そのゆるやかな明度変化は様々なものを連想させる。個人の人生の浮き沈みであるとか、生と死の円環的な連鎖であるとか、中山堂の歴史を思えばヒドくなったりマシになったりを繰り返した台湾現代史であるとか。

それが何を意味するものかはわからないが、ともかく中山堂の顔の微細な変化を捉えようと俺の目は画面のあちこちを行き来して、そこで、この目の動きは冒頭のおばさんの目の動きなのではないだろうか、と頭に浮かぶ。今度は俺の顔が覗かれる側になったのか。俺の顔が寝る番になったのか。なんだか荘子のような話だ。見て見られて、こうして顔は繋がって行くんじゃないだろうか。それが人間の関係なんじゃないだろうか。

不思議で親密で深刻でバカバカしくて哲学的なようでいて意味が無さそうなようでいて、なんとも形容しがたいがとにかく、面白い映画だった。

【ママー!これ買ってー!】


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形容しがたいと書いたばかりですがなんだか既視感があったので記憶をまさぐったところ松本人志プロデュースの怪企画『働くおっさん人形』でした。『あなたの顔』はツァイ・ミンリャンの『働くおっさん人形』です。

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