予想外映画『東京2020オリンピック SIDE:A』感想文

《推定睡眠時間:10分》

上の予告編は英語タイトルで検索して出てきたもので映画館で何度も何度も繰り返し見せられた下の日本版予告編と比べると使っている映像は概ね同じでもナレーションの有無や使用楽曲の違いで受ける印象はだいぶ違う。実際の映画に近いのは上の予告編の方なのだが、それでもまだ映画本編とは距離があり、ここからイメージされるような陶酔的な気分には全然させてくれない。なぜなら劇伴ほとんどなし。そして競技風景はなんとサブ的な扱いで部分的にしか映されず、映画のメインとなるのはあくまでも選手やその家族や知人などの競技場の外での姿となのであった・・・。

映画は雪を被ったどっかの川沿いの桜の木を映して幕を開ける。そこに伴奏もなく心細い鼻歌のような君が代が載る。いやに寂しい。スポーツ全般に興味がないのでオリンピックなんか一度も見たことがないし今後も見る気がない俺でさえこの静けさには面食らってしまう。シーン変わって森喜朗が開催延期を発表したりする風景。新コロパンデミックで人が消えた世界各国の都市の風景。オリンピック反対デモの風景。聖火が灯るセレモニーの風景。そしてそのシーンの直後に映し出される新コロ中等症患者の風景と、その治療に尽力する医療従事者の風景、インタビュー。

説明もなく淡々と綴られるのはオリンピックではなくオリンピック東京2020大会の開催された世界の風景だ。二部作のドキュメンタリー映画だが前編にあたるこの『SIDE:A』自体も二部構成になっており、序盤はコロナ禍の世界に、それ以降はアスリートを中心にその家族や知人など様々な人にスポットライトが当てられるのだが、それらを通して浮かび上がるのは世界の分断である。そしてそれをオリンピックで乗り越えよう! ともならない。みんな別々に生きていて別々の考えがあってたまに交わることもあるかもしれないが、みんなで一致団結して何か大きなことができるなんてそうそうないし、そんな場合には必ずその大きなことの犠牲となる個人がいる。

・・・これ本当にIOC公式のオリンピック映画かね! いや、だって開会式で話題になったドローンショーの映像にまたもや新コロ病棟の風景を繋ぐんだよ! こんなの商業オリンピック批判以外の何物でもないじゃん! それで各競技の中で映像的にいちばん力が入ってるのは競技場の外で行われるサーフィンでそのシーンだけは叙情的な劇伴とをつけて感動的に盛り上げるんだよ! でっかい競技場にみんなで集まってメダルの取り合いをするなんて愚かだと言わんばかりに! メダルの授与シーンとかもないしね! 競技は映るけど勝敗はほとんど映らないし! そこじゃねぇんだよみたいな! 勝敗どうでもいいんだよみたいな勝利至上主義に対する静かにして痛烈な批判! いやすごくないかオリンピック公式映画でこれって!? 琉球空手の人の演武は華々しくメディアで取り上げられたが、そのことに対する沖縄の高齢者の人たちの複雑な心境をインタビューで引き出したりもするしね!

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でも監督の河瀬直美的にはこれはおかしなことでもなんでもないわけで、この人はニューエイジ・リベラルなので元々こういう映画を撮る人なんすよね。件のサーフィンの場面でサーフィン関係者の人が「我々は無数にある銀河の中のたった一つの銀河に住むちっぽけな存在に過ぎない・・・」みたいなことを言うんですけど、河瀬直美の世界観って基本これで、一人一人が大自然の怒りも恵みも受け入れて謙虚に生きていきましょう、同時に人間はみな一人一人かけがえのない存在なのだから、群れとして人間を見るのではなく人を見るときはあくまで個人として、一人一人みんな違った人生を歩んできたことへのリスペクトを込めて人を見ましょう接しましょう・・・っていう感じなので、近代オリンピックみたいな自然征服的でかつ人間を大量動員することで群れにしてしまうイベントには基本的に否の立場。だけど、そこに集まって来る様々な「人」には関心があるしリスペクトもある。オリンピックのセレモニーを喜ぶ人もオリンピック反対の声をあげる人も平等に撮る。

まぁ上映反対運動まで起こってしまった映画ですけど皮肉なのはさ、そういう運動をする人って基本的にはリベラルとか左派じゃないですか。でもこの映画が捉えるもの、関心を注ぐものって多くはリベラルとか左派のイシューなんですよね。なんせ最初に取り上げるアスリートはシリア難民の人で、この人の口からはシリア脱出からオリンピックに至るまでの苦難が語られるし、アメリカ代表で砲丸投げなんかに出た黒人女性アスリートはアメリカ国旗に背を向けて黒人差別撤廃を訴える。だからオリンピックをやる意義があるんだ! とも主張しない。

無体育会系の俺のメンタルに一番響いたのは出産を経てマラソンに出た人のエピソードなのだが、そのパートはオリンピック的祝祭感が皆無に近いこの映画の中でもとりわけ祝祭感が薄く、マラソン競技が単なる町のマラソン大会にしか見えないし、アスリート本人にもそれを見守る家族にも大舞台に立っているという緊張感は感じられない。この人はメダル候補でもなんでもない無名の人だからメディアは取り上げないし本人だって新聞の一面を飾るような成果を出せるとは思ってない、っていうか途中で棄権してしまう。

ここにはこの人の人生の断片が日常的なタッチで映し出されているが、オリンピックは映し出されてはいない。ズタズタになった世界に生きるさまざまな傷ついた人間個人(コロナ患者も含め)に河瀬直美はカメラを向ける。だからこの映画は寂しいし悲しい。それができるのなら蹴った人とか殴った人にもカメラを向けたらよかったのにと思わずにはいられないが、それはともかくとして、オリンピック映画なんかレニ・リーフェンシュタールのやつぐらいしか見たことはないが、これは相当独特で挑戦的なオリンピック公式映画だったんじゃないかと思う。

※日本柔道の強いらしい選手が出てくるのだが、その強さを映すのではなくどうしても勝たねばならぬという周囲からの重圧に耐えかねて(と思われる)吐露した「怖かった」という言葉(関係者の弁)を映すのも印象的だった。

【ママー!これ買ってー!】


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見比べてみるのも一興。

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4 Comments
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匿名さん
匿名さん
2022年6月5日 8:46 PM

映画も見る気にならんけど、このコメントもムダに長い。どっちも人に見られることをもう少し考えて作ってください。

onscreen
2022年7月7日 9:01 AM

<相当独特で挑戦的なオリンピック公式映画

鼻歌で始まるオープニングといい(その後唄にはなるものの)
満開の桜に降り注ぐ雪といい、個性出しまくりでしたね!