金持ち必見映画『ニューオーダー』感想文

《推定睡眠時間:15分》

パン! と発砲音に続いて悲鳴が上がったところで目が覚めたので状況はよく掴めていないが俺が寝ている間になにやら大変なことになっていたようだ。オールナイト明けでまともに睡眠がとれていなかったので冒頭に置かれた金持ちパーティの場面で即入眠、まぁどうせ金持ちの優雅な生活なんか見ても別に面白くないから…と観客の俺としては呑気に思うわけだがどうやら拳銃を撃ったのは金持ちどもの使用人、「テメェらいつもこき使いやがってよ!」とブチ切れていたので興味がないからと眠ることもできずいつも間近で金持ちパーティなんかを眺めているとこんな風に憎悪もため込んでしまうのだろう。そこまで興味がないものは意識的に見ないようにするというのは平和に暮らすための知恵なのかもしれない。

それにしても使用人蜂起を見ていて思ったのはそりゃそうですよってことで、俺はマンション清掃とかオフィス清掃のバイトをやっていたことがあるのだが、担当現場が金持ちマンションだろうが金持ち高層ビルだろうがその建物内ではたらく人々の最下層に位置する清掃人なんてわざわざ言わないでもわかるだろうが経歴などはまったく重視されないものである。そのうえ清掃バイト・パートなんてこれといった技能も職歴も体力もあとやる気も基本的にない(あっても困る)中高年ばかりが流れてくる常時人材不足業界であるから俺みたいなヤングパーソンともなれば履歴書も見ずして即決というのはよくある話だ。

まったく危ないなと思う。もしも俺が金持ちを憎んでいて金持ちに危害を加えるために清掃人として金持ち建築に潜入していたらどうするのだろう。マンション清掃にしてもオフィス清掃にしても作業は一人が基本であり、しかも住民や従業員の目につかないようになるたけ人のいない時間帯に行うわけだから、たとえばマンションならばゴミステーションのゴミを漁り個人情報や生活パターンを抜き取るなど造作もないことだし、オフィスならばポケットにこっそり刃物の類を忍ばせて重役の首筋に突きつけるなど朝飯前だ。ってそんなことやったことないですけど!

これはパラドクスだ。金持ちが金持ち生活を謳歌するために下層搾取を放置していれば、金持ち生活の土台にヒビが入ってしまう。もし日常清掃のお仕事が時給3000円とかの超高給であったら優秀かつモラルのありまくる人々が求人に殺到して上に書いたみたいな危ない輩(俺)が入り込む余地はなくなってしまうだろう。もし清掃会社が今の倍の単価で金持ち建築のお仕事を請け負えば従来の一人現場が二人現場三人現場となってよりきめ細やかな作業が可能になると同時に結果的にセキュリティも向上するだろう。

道徳とか慈善の話なんかではないんである。金持ちは金持ち生活をちゃんと守るためにこそ下層の人々に配慮したりしっかり金をバラまいたりすべきなのだ。さもなければ…というのがこの『ニューオーダー』であった。

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さて蜂起したのはどうやら使用人だけではなかったらしく金持ち屋敷には汚らしい格好をした有象無象がなだれ込んできて略奪したり破壊したり暴行したりとやりたい放題、貧乏人の一人としてそうだそうだもっとやれどうせ相手は金持ちなんだから別にいいよと応援してあげたいところだったがこいつら壁にかかってるピカソみたいな絵をスプレーで台無しにしてやがったので応援する気持ちも同情心も完全に失せた。金持ちはどうでもいいがアートはどうでもよくない。それが高いとか安いとか関係なくアート破壊をする奴はろくでなしである(ダダイストを除く)

こんなシーンを見せられればもう先の展開はわかったも同然だ。アートを大事にしない愚民どもにまともな統治などできるはずがないので暴動はやがて軍を伴ってクーデターにまで発展するのだったがそれで世の中がよくなるどころかむしろ暴動前より遥かに悪化、金持ちを引きずり下ろすのも中途半端に終わり金持ちからむしり取った金はモラルなき軍人どもがせしめて暴動主体であった貧乏人は軍政下で外出が制限され飲料水の確保にさえ困るようになってしまった。これじゃあなんのための革命かわかったもんじゃないですねぇ。

世の中損をするのはいつも善人と相場が決まっているがこんな状況ならなおのことってわけで良い金持ちと良い使用人がいちばんの被害をこうむることになる。あぁ見るも無残聞くも無残、まったく酷い映画だなぁ…と、意外と素直に思えなかったのはこんな人でなしテイストの格差社会寓話映画が最近はわりとあり、個人的な直近では近々めでたく一般公開されることが決まったウクライナ人監督ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの『アトランティス』『リフレクション』なんか作風が結構似ていた。こちらは格差社会ネタではなくドンバス戦争で荒廃した社会を描いたものだが、端正なフィックスの長回しで凄惨な現実をどこか寓話的に滑稽に捉える点、社会の崩壊が人間関係に及ぼす悪影響を描く点が近かったりする。あと現代アートを取り入れてるところとか。

『ニューオーダー』にしても『アトランティス』『リフレクション』にしてもそれぞれメキシコとウクライナという経済的にそう豊かではない国で製作されたアート映画でありカンヌやヴェネチアといった三大映画祭で高い評価を得ているが、なんか、そう思ったらああこれが今のヨーロッパ映画界でウケる作りなのかなって気がしちゃって、なんとなく興が乗らないっていうか、映画の内容に対してじゃなくて映画の作り方に対して痛ましさを感じてしまった。自由に楽しんで作ってる感じがないんだよな。こういう映画がヨーロッパ映画界は欲しいんでしょみたいなさ、そういう打算がどこまであるのか知りませんけど、その図式がどこか見えてしまう。経済的に貧しい国のアーティストが自由な映画作り環境を手に入れるために豊かなヨーロッパの国で売れる商品を作ってるっていう図式。

格差社会を描いた映画がそういう図式にはまり込んじゃうっていうのも皮肉だよな。はまり込むっていうか俺にはなんとなくそう見えたっていうだけだけどさ、そこにやっぱり苦さはあったよ。どうなんすかね、当のヨーロッパ映画界の人たちはある意味でのこのアート搾取を自覚してるんだろうか。してなかったら自覚してほしいよ、なんせアートをぞんざいに扱う連中はろくなことにならないっていうのはこの映画を観ればわかるわけですから…。

【ママー!これ買ってー!】


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というわけでこちらも三大映画祭ウケする系の格差社会ブラックコメディ。乾いた笑いしか出なくておもしろいです。

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