ギャンブルこわい映画『凪待ち』感想文

《推定睡眠時間:0分》

内縁の妻・亜弓(西田尚美)とその連れ子・美波(恒松祐里)と共に彼女の実家のある石巻に転居することになった川崎の印刷工・郁男(香取慎吾)は心機一転明日からは違う自分だというわけで愛車のロードバイクをギャンブル依存仲間の同僚にくれてやる。これで競輪は卒業。石巻は競輪場も競馬場もないし。

この二人は職場の人間関係悪化に伴い一緒に退職届けを出すぐらい仲良しなのだが人間関係が悪化したのは何者かが会社の金を盗んで同僚に疑いの目を向けたからだった。
明示はされないが会社の金を盗んで競輪に使っていたのはおそらく郁男なんである。ロードバイク贈与は競輪依存脱出の決意でもあれば罪の精算でもあった。そこには自分が果たせなかったギャンブル長者の夢を託す意味合いも多少なりともあったんじゃないだろうか。

現代の石巻が舞台の人間ドラマであるからタイトルはダブルミーニングで人生の荒れた時期をなんとかやりすごそうぜ的なミクロな意味に東日本大震災を乗り越えて的なマクロな意味が覆い被さっている。
エンドロールの背景に映し出されるのは沿岸部の水中撮影、津波で流された震災の残骸が墓碑のように散在しており、石巻で郁男が巻き込まれまた巻き起こす小事件の下にはこの海中墓碑が埋まっていて、その人生は無数の死の上に成り立っているとわかる。

死と贈与の物語だった。死者は生者に生きることの債務を課す、死んだ者のために生きている者は生き続けなければならない。贈与は贈られた者に返礼の義務を課す、会社から金を盗みそのせいで同僚を追い込んでしまった郁男は彼に自分のロードバイクをプレゼントしなければいけないと感じたんである。
どちらにしても一種の呪いだろう。それが呪いとしての姿を現わすのは結局は石巻でもヤクザのノミ屋を介して郁夫がのめり込んでしまう競輪であった。贈られたら返礼をしなければいけない、ということは取られたら取り返さなければならない。その強迫観念が亡霊のように郁男に取り憑く。まさに自転車操業とか言おうとしたのを今必死に堪えました(無理でした)

それが救いとしての姿を見せるのは美容院を地元に開店、石巻での新生活の第一歩を踏み出した矢先に何者かに殺されてしまった亜弓がいつか行きたいと郁夫と美波に語っていたメキシコだかキューバだかの海の綺麗ななんとか島だった。
その世にも美しい光景を郁夫と美波はいつか見なければならない。亜弓の死は自暴自棄に足を突っ込んだ郁夫と美波の生を例のなんとか島に縛り付けて沈むことを防ぐが、それは他者を救うことで自らの魂を救うことなのである。

いやおもしろかったすねぇ。白石和彌監督の映画は『孤狼の血』と『麻雀放浪記2020』を観てうわもうこれダメだわ俺この人の映画完全に合わねぇわって思っていたところなのでなんだおもしろいじゃん、っていうか『孤狼の血』より全然ヤクザ映画だし『麻雀放浪記2020』より断然ギャンブル映画じゃん! の、サプライズ。映画そのものの良さに加えてギャップ加点でたいへんおもしろく見えた。

ギャップ加点といえば郁夫役の香取慎吾ですよね。なんか映画観る前に香取が香取がみたいな評判ばっか聞いちゃってそれでちょっと白けるところはあったんですよ正直。
だって香取慎吾が陰気なギャンブル依存のダメ男を演じたって別に意外性ないじゃないですか。パーセンテージにしたらどれぐらいかは知りませんが香取慎吾とかフラストレーションを抱えて他人とうまくコミュニケーションを取れない人の役ばっかやってるじゃないですか。

いやばっかってことはないだろう、それは香取慎吾が根暗な偏執変態殺人者を演じた『沙粧妙子 最後の事件』を最近観たばかりなのでだいぶそっちにイメージ引きずられてるだろう…とは思うがこういう陰にこもった演技が香取慎吾という俳優の真骨頂だと思っていたのでアイドル香取慎吾がこんなに汚れてびっくりみたいなことを言われても嘘つけお前ら知ってたろってなるんですよ。それで白ける。

でも実際観たら香取慎吾が香取慎吾の真骨頂を発揮しているわけだからそれは悪いわけがないよね。なかったんです。よかったです。暴れる場面での岡田准一とは別種の身体能力の高さと爆発力とか素晴らしいかったです。ジャニーズ俳優は肉体的にも強い。メンタルもフィジカルも強くなければ生き残れないジャニーズ事務所なんだろう。ジャニさんさようなら。

もうギャンブルなんてしないと誓った郁夫がギャンブルに気持ちが傾くとカメラもぎゅーっと45度に傾く。それが何度も何度も繰り返されるのでなんだかうんざりしてしまう。もうギャンブルなんてしない…の後になんて言わないよ絶対を付け加えた後、更になんて言わないよ絶対を付け加えていくような郁夫メンタルである。なんてダメな男なんだ。
でもそうやって客をうんざりさせたら成功だろう。郁夫を中心とした絢爛たる石巻ガッカリ人間ユニバース(川崎に離島あり)が生と死と贈与交換でぐるんぐるん回りながら少しずつ少しずつ再生のイメージを成していくあたり、感動的でしたね。

うんざりしないと人は変われないものです。私も最近マジック:ザ・ギャザリングのオンライン版を始めてしまい仕事が終わったらギャザ、映画から帰ったらギャザ、お風呂から戻ったらギャザ、こうやって映画感想を書く時間も盗んでギャザ時間に充てていたわけですが、やはり初心者はカード資産も対戦経験も違いますから上級プレイヤー相手に負けがこんできて早くもうんざり、辞めるつもりは全くありませんがちょっと冷静になろうとしているところですからドンピシャ、ドンピシャ加算で更に50点というわけでとってもおもしろ~い『凪待ち』でありました。じゃ、ギャザやります。

【ママー!これ買ってー!】


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ギャンブル映画の傑作にして破戒ノワールという怪ジャンル、小沢昭一の鬼気迫る転落坊主っぷりが最高。『凪待ち』脚本家の加藤正人はたぶん参照してるんじゃないすかね。

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