案外跳ねない映画『逆転のトライアングル』感想文

《推定睡眠時間:0分》

いつからか半ばジョーク混じりに登場人物がゲロを吐く映画は良い映画なんて風に映画好き界隈で言われるようになって思わず確かにと頷きたくなってしまうのだが世の中にはゲロを吐かない傑作映画もたくさんあるわけだからこれはゲロ吐きのインパクトが見せる錯覚なのだろう。この映画『逆転のトライアングル』も日本版はシャレオツだが海外版のポスターの一つは金満夫人がシャンパンのゲロをぶっ吐いているだけという豪快なもの、錯覚だとしてもゲロ映画ならさぞ面白いのだろうとつい思ってしまうわけだが、案の定というか実際観ると面白いは面白いけどそこまででもないのだった。

なんかね、豪華客船に金持ちがいっぱい乗る。で「なぁに仕事なんかしてるの! 人生を楽しみなさい! そうだ、今から泳ぐなんてどう? 今からクルーみんなで泳いだらきっと楽しいと思わない?」「いやあの、お言葉は嬉しいんですけど仕事がありますんで…」「私の言うことが聞けないわけ!?」「…泳ぎまぁす…」みたいな迷惑千万な傲慢をかます。船長はすっかり酒に酔って部屋から出てこない。嵐が近づいてくる。さぁどうなる、どうなる…どうなる!

とそこでこれは変則的な三部構成の映画なのだが第三部にあたる無人島漂流編に入ってしまう。なるほど船上が舞台の第二部はいい。金持ちの愚かさをノンストップで見せつつ嵐と海賊の接近で地獄絵図を予感させる。その予感は例のポスターになっている金満夫人の黄金色のシャンパンゲロで頂点に。ゲロはゲロを誘発しディナールームは至るところ金持ちどもの超高価なゲロまみれ、更にトイレも荒天によって逆流し船内がウンコ水版の『シャイニング』みたいなことになってしまう! でもそれで船内の人間関係とか序列がぶっ壊れて金持ちどもが酷い目に遭い一方のクルーたちはそっちはそっちで序列が上になった途端に人権もクソもない鬼畜な本性をさらけ出してうへへうげぇと笑いゲッソリするのを期待したら「それから数時間後」みたいなテロップが出て無人島漂流編に入ってしまう。

この無人島漂流編がなかなかどうも。いや別に面白いんだけれども第二部が展開的にも絵面的にもインパクトあったものだからそれに比べるとどうしてもトーンダウンを感じざるを得ない。だって無人島漂流話なんてよくあるでしょう、古今東西。日本映画だったら『マタンゴ』とかさ。だからもうそこで何が起きようが目新しくないし、実際には第二部から予想されるよりも遙かに穏当でつまらない展開を辿る。金持ち版『蠅の王』でもやればまだ面白いもののその程度の過酷展開もないんだよなぁ。

無人島編に入ってからは絵面が平板になるのも厳しい。この映画の監督リューベン・オストルンドの前作『ザ・スクエア 思いやりの領域』は現代アートを扱う美術館が舞台だったから色んな面白い空間が作れてたんですけど今回はそういうの、ほとんどない。とくに無人島編が全然ない。なんか自然には発生しないような変な(舞台装置を含む)状況を作るのは得意だけど既にある自然な状況や空間を生かして面白い展開とか画面を作るっていうのがこの人はたぶん苦手なんじゃないだろうか。だから展開だけじゃなくて絵面も人工物に覆われた第二部の豪華客船編の方がキレ味鋭い。

『ザ・スクエア』と比較するならあっちにあったユーモアと表裏一体の怖さっていうのがこっちには見られなかったのもちょっとパンチの欠けるところだったよな。モンキーマンっていうのが出てくるじゃないですか、『ザ・スクエア』。類人猿になりきるパフォーマンスをするアーティストの人。あの人が金持ちディナーの席でパフォーマンスをしてさ、最初は金持ちどもみんなあぁやってるやってるとジミー大西みたいに思って笑いながら眺めてるわけですけど、そのうち興奮したモンキーマンが女の人の髪を引っつかむと「エッこれパフォーマンスだよね…? まさか本気じゃないよね?」って笑いが引きつる、それをスクリーン越しに観てるこっちも同じようにハラハラしてイヤな汗が出る。

そういうね、どっちに転ぶかわからない緊張感、笑っていいのかいけないのかわからない不安感、ディナーの場で暴れ回る人間猿とかいう異常な光景のもたらす非現実感…悪夢感…とか本当ないのよ『逆転のトライアングル』。だいたい全部予定調和で風刺といってもなんというか安全な風刺に留まってしまった気がするな。だって金持ちって悪いでしょう。金持ちに善人なんかいるわけないって世の中の99.5%(残りの0.5%は悪の自覚のない金持ち)の人が理解しているところで「金持ちって悪いですねぇ愚かですねぇ」って嘲笑ってみせたところでそりゃそうだろとしかならないだろ。それをひっくり返して実は貧乏人だって大半が愚かな悪人なんですよみたいなことを見せるのが鋭い風刺ってなもんで。

そんな感じかなぁ俺の『逆転のトライアングル』感想。面白かったけど、前作がなまじ強烈な映画だったものだからその後ではさすがに…なんですよね。なんかちょっともったいない。

【ママー!これ買ってー!】


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内容的にはまったく関係ないが豪華客船が舞台で「トライアングル」のタイトルを持つ映画ということで。監督は悪夢的な地下鉄ホラーの秀作『0:34 レイジ34フン』を手掛けたクリストファー・スミス、こちらもなかなか悪夢的です。

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