借金完済記念映画『マッシブ・タレント』感想文

《推定睡眠時間:一回目70分、二回目20分》

最初にこれ観た時は70分ぐらい寝ちゃってたから面白いもクソもなかったのだがエンドロールに入ったらなんかしみじみしちゃったよ。長いなぁって。ニコラス・ケイジの主演作でエンドロールがこんなに長いの何年ぶりだろうなぁって。長いといっても別に普通のハリウッド映画と同じ程度の長さ分量でしかないのだが、ゼロ年代も後半に入ると主演作が軒並みコケた上に離婚かなんかで膨大な借金を背負ってしまい、以降メジャースタジオ外の独立精神に富んだ創造性豊かなつまり要は安い映画に借金返済のため出まくったニコラス・ケイジである。

安い映画というのは関わる人も少ないのでエンドロールが短い、ということは反対にエンドロールが(無駄に引き延ばしてるのでなければ)長い映画はお金がある映画ということであり、あぁ、ニコラス・ケイジ、なにも隠遁していたわけではまったくないがなんていうかこう、ついに陽の当たるところに戻ってきたんだ…と感慨深いのであった。ちなみに借金は昨年完済、この映画『マッシブ・タレント』はニコラス・ケイジ本人がプロデューサーに名を連ねている昨年の映画なので、借金完済記念的な意味合いもたぶんにあるのではないかと思われる。

だがそんなおめでたい作品にも関わらずなんか大味でマイルドで個性薄くあんまり面白くなかった。待てよしかしこれは70分寝ての印象、ということはもう一回見直せば…と翌日再び映画館に入るも今度は終盤に入るまで起きてたのにやっぱ大味でマイルドで個性薄くあんまり面白くなかった。あんまり面白くなかったのだが…再び俺をしみじみ感が襲う。そうそう、借金返済生活に入る前のニコラス・ケイジ映画ってこういう大味でマイルドで個性の薄いやつ結構あったよな。

90年代前半まではスターはスターでも個性派スター、アウトサイダーの雰囲気漂うコッポラ・ファミリーの異端児としてデヴィッド・リンチやノーマン・ジュイソン等王道からは外れているが強い作家性を持つ監督たちとよく仕事をして、90年代後半は『コン・エアー』や『フェイス/オフ』でメジャーなアクションスターになって、それがゼロ年代に入り…ぶっちゃけあんまり面白い映画には出なくなる。

この時期のニコラス・ケイジ映画なら『ウェザーマン』はかなり良かったんじゃないかと思うがこれは『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで知られる監督のゴア・ヴァービンスキー的にも異色作な渋い悲喜劇、作る以上はある程度稼げるものを狙っているにしても大ヒットみたいなのはハナから考えていないだろうし、実際そうだった。『ナショナル・トレジャー』とか『ゴーストライダー』とか面白いは面白いが結構どうでもいい感じの大味でマイルドな大作映画…つまりは金曜ロードショーで流れがちな映画というのが借金返済生活に入る前のニコラス・ケイジ主演作のメインだった気配なんである。

なんだかんだ作品選びのセンスは良いニコラス・ケイジなのでおそらく本人そういう金曜ロードショー的映画も結構好きなんだろう。万人が観れる映画っつーかね。アメコミのマニアとしても知られるニコラス・ケイジなので『ゴーストライダー』などは批評家の評価なんぞ知らんが趣味と実益を兼ねた主演作の最適解である。いいのかそれが最適解で。まぁ本人的にはそれでいいのかもしれないがしかし、しかしだ。予算はBもしくはC以下だが志はAあるいはS以上のB級カルト映画に借金返済期間中のニコラス・ケイジが多数出演し、それらはたぶん『ナショナル・トレジャー』の1000万分の1も観られていないと思われるが、数少ない観た客のそのまた一握りに多大なインパクトを残したのも事実。

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』や『ウィリーズ・ワンダーランド』、『オレの獲物はビン・ラディン』や『ヒューマン・ハンター』、『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』に『ドッグ・イート・ドッグ』に『ラスト・パニッシャー』にそして日本で「ニコケイ」プチブームを巻き起こすこととなった『コンテンダー』など、どうだこの午後のロードショーでしかテレビでは観ることのできない豪華ラインナップ! 全部の映画の予算を合わせてもたぶん『ゴーストライダー』の予算に届かない!

こういう! 安いけど! でも作り手の創意工夫とパッションと映画への愛が溢れた映画に! メジャー路線に戻ったニコラス・ケイジはもう基本出てくれなくなっちゃうのかなぁとか思うと寂しいよ…『ドッグ・イート・ドッグ』なんかは監督がポール・シュレイダーだから借金返済の都合がなくても出てかもしれないが他の映画、とくに『ヒューマン・ハンター』とか『ウィリーズ・ワンダーランド』なんか絶対借金返済生活に入ってなかったら出てないと思うぞ。

まぁそんなことはいい…そんなことを書いているうちに2000字に達しようとしているのでいい加減に映画の内容にも触れようと思うが…そうだなぁ、まぁだからニコラス・ケイジがニコラス・ケイジを演じる! っていうアイディアを存分に生かした感じの映画ではなかったね。確かにニコラス・ケイジ関連の小ネタなどはてんこ盛りだが、ネタの一つ一つがリアルな悲哀を感じさせ虚実皮膜のあわいを行く面白味があったジャン=クロード・ヴァン・ダムがジャン=クロード・ヴァン・ダムを演じる『その男、ヴァン・ダム』のような面白味は感じられない。

だいたいニコラス・ケイジはヴァン・ダムと違っていや別にヴァン・ダムがダメな人と言いたいわけでは無いけれども私生活が破綻してるわけでもなく出演料に限りをつければなければ出演オファーが途絶えたこともなく借金返済生活といってもそこらの賃貸アパートから電車で通勤してるわけでなくいやだからそれを言ったらヴァン・ダムも電車通勤はしてないんだがまぁそれはいいとして、なんだかんだハリウッドスターなのでニコラス・ケイジがニコラス・ケイジを演じたところでギャップがないっていうかなんていうか、これがたとえば私生活で警察のお世話になったことが一度や二度ではないメル・ギブソンがメル・ギブソンを演じますという映画だったら自虐的なネタも味わい深いものになったと思うが、ニコラス・ケイジが半ば自虐的に自分をイジってもニコラス・ケイジちゃんとした人だからそんなにさ、そんなにグッとくるところがないじゃない。自虐って言っても『ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄』みたいなリアルに失敗してる出演作には触れないわけだし。

じゃあそうすると何が残るってさ、これはニコラス・ケイジの大ファンの麻薬王のパーティに呼ばれたニコラス・ケイジが最初は営業のつもりでパーティ行くんですけど嫌々麻薬王の酔狂に付き合ってるうちに意気投合しちゃって、でもそこで麻薬王を追ってるアメリカの政府機関だかなんだかに麻薬王捕まえることができるの麻薬王に好かれてるお前だけだからスパイとして協力しろって言われて、友情を取るか正義を取るかで苦悩する。そこに上手くいってないわけではないけどギクシャクはしてる家族の問題なんかが入ってきて…というお話ですけど、その苦悩とか家族の問題とかっていうのが軽いんだよなぁ。

犯罪アクション映画要素のあるコメディですけど犯罪アクションとコメディの比重が1:9ぐらいだから本当はもっとサスペンスがあってもいいようなシーンでも緊張感がなくあんまり笑えないゆるい笑いどころにしてしまう。麻薬王も全然恐くないし、友情を取るか正義を取るかの選択もなんかちょっとズルい抜け穴で解決しちゃう。借金完済を記念するニコラス・ケイジおめでとう映画としてはカーチェイスあり銃撃戦あり家族愛あり風光明媚な観光地ありでおめでたい感じには仕上がってるとは思いますけど、もうちょっと弾けてくれても良かったんじゃないかと俺は思う。

ファンアイテムとしてはいいけどさ。だって麻薬王、「親父とは最後まで気が合わなかったが…あんたの『不機嫌な赤いバラ』だけは別だ。あの映画は二人とも素晴らしいって言えたんだ」とか言うんだもの。『コン・エアー』でも『リービング・ラスベガス』でもないんだよ。『コン・エアー』も『リービング・ラスベガス』も確かにイイ映画だが、そこで出してくるのが地味だが心に残る『不機嫌な赤いバラ』ってわかってるとしか言えないじゃないですか。あの良さがわかるヤツだったら麻薬売ってようがなんだろうが友達になるしかないよ。でもだからこそっていうかね、その友達になるしかない人が友達には絶対なれないような悪いことを自分の見えないところでしていたら…っていうハードボイルドな苦しさはもっとシリアスにやってほしかったな、演出的にも脚本的にも。

これはマニア向けじゃなくて万人向けの楽しい娯楽映画だから、しかしそういうハードなことはやらないわけです。それは良さであるとも言えるし悪さでもあると言えるだろうが…俺は物足りなさを感じましたねぇ。

【ママー!これ買ってー!】


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こんな邦題だがアクション映画では全然なく、あえて言えば近い映画は健さんの『幸福の黄色いハンカチ』。任侠映画の香りも漂う実に沁みる映画なんだよなぁこれが。何か失敗をしてしまった日に一人で酒飲みながら観たら泣くよ。ガン泣き。

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