ライズボローの芝居を観ろ映画『To Leslie トゥ・レスリー』感想文

《推定睡眠時間:0分》

最近アメリカ映画でこの人の芝居はすごいなぁと感じることが少なくなってゆーて若手~中堅の役者さんでもジェシー・プレモンスやジェシカ・チャステイン、ロザムンド・パイクやケイレブ・ランドリー・ジョーンズやサリー・ホーキンスみたいな人間の重層性や多面性をひじょうに巧く、ひとつの表情で三つ四つの感情や思惑を同時に感じさせるような表現のできるこれぞ役者という演技派もいるにはいるし、オークワフィナやバリー・コーガンみたいな引き出しは多くないが一度観たら忘れられない強烈な存在感を放つ個性派の人もいるにはいるのだが、なんかさ、扱い小さくない? 映画を作る方も映画を観る方も。

アメリカ映画の中心地ハリウッドなんか今や大ヒット作の続編ものとリブートものとアメコミものしか作らないわけですよ、それで大ヒット続編ものとリブートものはとにかく顔顔顔眉目秀麗筋肉筋肉筋肉のスター主義ですから演技派個性派の出番なんかありません、アメコミ映画はそれと比べれば演技派個性派の出番は多めですがヒーローマスクで顔を覆ったりスーパーCGバトルのためにダイナミックに芝居が加工されたりそもそも画面も展開も目まぐるしく動くので芝居なんか観てる暇ない。

いや、ハリウッドが作るジャンルがもう一つあった。偉人伝記ものです。最近だとこれはハリウッド映画というかアメリカ資本も入った多国籍映画なので本当はハリウッド映画ではないのだがここではその点スルーするとして『スペンサー ダイアナの決意』はダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートの芝居を観る映画だったな。しかしここでクリステン・スチュワートが、というかアメリカ系の伝記映画およびその観客が役者に求めるものは、演じる役柄にどれだけ似てるかというそっくりさん大会なのであった。むろん実在人物に外見や仕草や全体的な雰囲気を似せるというのは高度な演技力が必要なことで、『スペンサー』のクリステン・スチュワートの演技も見事だったのだが、そこに役者の個性や独創から生まれる芝居の面白さがあるかといったら、無いとまでは言わずとも…相当少ない。

そのような意味で役者の芝居を観る映画、というのは今ではもうハリウッドで求められていないし、アメコミ映画の超特大人気っぷりからすれば観客も求めていない。まぁそんな中だからこの『トゥ・レスリー』みたいな低予算インディペンデント映画はひときわ輝いて見えるのかもしれない。予算のない人間ドラマ、シナリオは悪いものでは全然ないが、というか古典的でむしろ好きだが、強烈なフックがあるものではない…となれば映画を引っ張り観客の目も引きつけるのはやはり役者の芝居である。とにかくこの映画については主演アンドレア・ライズボローの芝居の面白さに尽きるんじゃないだろうか。

アンドレア・ライズボローという役者さんは不思議な人でトレードマークは表情を歪めた時にできる額の三本皺。この皺のおかげで平常時は三十代に見えるが顔面状況によっては八十代のおばあちゃんにも見えるという芸域の広さを実現しているわけだが、ハリウッドとくれば誰もがボトックスだアンチエイジングだといってむしろ皺を無くす方向に今も昔も向いている中でライズボローは皺をむしろ武器にしている…もうこの時点で面白いじゃんライズボロー。今はハリウッドで活動しているが元々はイギリス映画界の人なので文化が違うんだろうなそもそも。余談ながらハリウッド映画界で個性派として重宝される役者さんというのはだいたいがイギリス映画界出身である(ハリウッド俳優というのはつまらない芝居しかできない人が多いのだ)

アートスプラッターの『ポゼッサー』では性別不詳の暗殺者、『呪怨』のアメリカ版最新作『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』ではタフな刑事、『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』では森に棲まう正体不明の魔女のような人、そしてこの『トゥ・レスリー』では19万ドルぐらいの宝クジ当選金を酒で溶かしたテキサスのアル中シングルマザーということでどんな役でもどんと来いなカメレオン役者ライズボローだ。今回もアル中シングルマザーの複雑な心の機微と心境の変化をその三本皺を生かした立体的な芝居で見事に表現しておりいやぁ、この人は本当に良い役者さんですねぇ。なんでもっと話題にならないのかと不満なくらいですがまぁ世間はね口ではなんですかなんか進歩的なことを言いますし人間は顔じゃないよぐらい言いますが本音ではイケメンイケウーメンばかりスクリーンに求めるものですからライズボローみたいな顔がめっちゃ良いわけじゃない技巧派の役者など求めてないのですよクソ! お前らライズボローの巧さをそもそもわかってないだろう! わかりなさい!

とそんなわけでライズボローの巧みな芝居を観ているだけで幸せというライズボロー劇場な『トゥ・レスリー』ではありますがアメリカ底辺の懐事情と生活習慣をリアルに描き出す演出もなかなかのもので、そうであるからこそ最後に待ち受けるささやかな善意と幸福がじんわりと沁みる。何に似ているかといえばフランク・キャプラの渋い人情ドラマ『波も涙も暖かい』に似ているのだがキャプラの人情ドラマに似ているぐらいなのだから今の映画に慣れた人にはいささか古すぎる映画だろう。でもそれはアメリカの底辺なんか今も昔も大して変わっていないということなのかもしれない。

なにはともあれこのような映画に能書きなど不要。ライズボローの見事な芝居を観れば長々とわかったような感想を垂れる気もなくすというものだ(だから俺は一週間ぐらいこの感想を書く気になれなかった)。これはよい映画、よい芝居でした。

※俺にこの映画が刺さったのは今も大して変わっていないが以前は風呂なしトイレ共同和式の木造アパートに住んでコンビニ夜勤をやるという貧乏生活を送っていたせいもあるかもしれないとはちょっと思った。嫌な毎日と将来の不安を忘れるためにとりあえず酒を飲んで寝て土日は競馬をやって負けてそれを忘れるために酒を飲むぐらいしか人生の楽しみがない独り身のオッサンとかいう漫画みたいな人は貧乏アパートの隣人にもコンビニの夜の客にもそう珍しいもんではなく、そんな人がもし宝クジもしくは競馬で大当たりを出したらと考えればきっとレスリーと同じように数年後には酒に溶かして更なる貧乏に陥っているだろう。これは遠い世界の人の話でも映画の中にしか存在しない話でもなく、目を向けていないから見えないだけで、みんなのご近所さんの話なんである。

【ママー!これ買ってー!】


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主演フランク・シナトラの黒い交際疑惑を逆手に取ったかのような芝居が効いたキャプラ晩年の佳作。タイトルほど甘い話じゃないです。

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