ヨゴレどもに愛を映画『大いなる自由』感想文

《推定睡眠時間:0分》

この映画は刑法175条の言葉に象徴される戦後西ドイツの同性愛弾圧事情を描いているがニューシネマ期の傑作刑事ドラマ『破壊!』には街の権力者に楯突いてしまったことで刑事課から風俗課へ回されたエリオット・グールドとロバート・ブロックのザ★70’sな刑事二人組がゲイバーに潜入して摘発したりハッテン場と思われる公衆トイレの見回りをさせられるというシーンがあったなと観ていて思い出した。西ドイツにおいて同性愛行為に罰則を設けた刑法175条は1969年に改定されたが条文は当然違うとしても同時代おんなじような反同性愛法は他のキリスト教圏の西側諸国でも広く存在していたらしく、今まで『破壊!』のゲイバー摘発場面を観てはなんで摘発されてんだろうと素朴に思っていたが、あれは要するにそういうことのようである。

広く存在した、と過去形で書いてしまったがこれは西洋中心の見方であり、イスラム諸国は現在でも概して同性愛に厳しくムチ打ち刑に処されたりすることも国によってはあるそうだし、アフリカのどこという国かは忘れてしまったが独裁的な政治体制を取るなんとか国では同性愛者は死刑という極端な反同性愛法が近年制定されたらしい。ウクライナ侵攻以降一段と反欧米の姿勢を強めるロシアではプーチンの演説の中で同性愛は西側のプロパガンダであり病気である、などと言及され、ロシア連邦構成国のチェチェン共和国で横行しているらしい公権力による非合法的な同性愛者狩りを描いたドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ』というのも公開されたのはわりと最近のことである。

『大いなる自由』は西ドイツの敗戦直後から復興期を経て刑法175条の改訂された1969年までを描く物語であるからこういう映画を観ればふぅんたいへんな時代もあったものだなぁとのんきに思ってしまいがちなのだが、「刑法175条」は全世界的に今もバリバリ現役、どころかアフリカのなんとか国のように新たに制定する国さえあるというわけで実はこれはぜんぜん過去の話ではないようだ。別にそれは映画と直接関係することではないのだが、なんというか、映画の補足情報として頭の片隅に置いておきたい感じではあった。

さていつものように長い長い前置きが終わりましてここからは映画の感想でございますが冒頭からゲイのオアシスであるハッテン公衆トイレの隠しカムによる映像が流れまして汚いオッサンが汚いオッサンのモノをしゃぶっただのしゃぶられただのしごいただのしごかれただの見せ合っただのというハッテン★リアルな映像がズキュゥゥゥンと来まして大いに気に入る。おお! そうだそうだこれだこれだ!

世はBLブームなどと言いますが男の見るポルノがほとんど例外なく現実からかけ離れたエロファンタジーであるように女の(主に)見るBLもまた現実からかけ離れたエロファンタジーであることは自明の理にもかかわらず、同性愛者を汚く描いたらネットで叩かれるとでも思っているのか現今の日本では実写でもBLに準拠して綺麗な同性愛者が綺麗な同性愛セックスをしてばかり! というかそもそもあまりセックスをしない! もちろんオッサンがオッサンのチンコをしゃぶったりだってしない!!!

かような付和雷同型偽善ジャパンの単に流行に乗ってるだけのふ抜けた同性愛映画なんかに比べて『大いなる自由』はなんと潔く言い訳がましくないのだろう。そうである、世の中の人間の俺推計で8割は汚らしいのである。そして汚らしいセックスをしとる。だが汚らしいからなんなのか。汚らしいセックスをしていたらなんなのか。いかに汚い人間でも当然ほかの綺麗な人間とまったく同じ権利があるはずだ、というのが少なくとも西洋およびそれに倣う法体系を持つ国々の建前である。だが人間とはあさましいものだから汚い風貌をした人間や汚いセックスをしている人間はそうでない人間に比べて劣っているし多少ひどい目に遭ってもまぁしょうがないぐらい無自覚的に思ってしまう。

汚い公衆トイレでひっそりと行われる汚らしいハッテン描写から始まるこの映画はそんな「普通の人」たちの顔面に挑戦状を叩きつける。あんたヨゴレ人間でもちゃんと人権は保障されますって言ったよなぁぁぁぁぁ!? 我々観客はこうして、この映画に試されることになるわけだ。冒頭のハッテン映像は裁判所に提出された証拠資料であり、これを根拠に主人公である同性愛者のブタ箱リピーターは裁かれるわけで、その映像を覗く観客は裁判官と同じ視座に強制的に立たされる。さてあなたはどう感じたか。主人公の過去などはその後じっくり明かされていくが、まずは無色透明な状態でこの汚ぇハッテン風景を観て下さいというのがおそらく監督とか脚本家の狙いだろう。反同性愛法の心理的な根拠となるものは、たぶんきっとそこにあるんである。

なんとも挑発的で野心的な映画だが、しかしそんな仕掛けの上で語られる物語はむしろ保守的といっていいほどの純愛物語であった、という点は人によって評価が異なるところかもしれない。なるほど主人公はハッテントイレで売りをしていたしイイ男を見つけたら金銭の授受がなくてもしゃぶったりしゃぶられたりしていた。しかし本当に欲しかったのはチンポではなく愛だった…本当はその手でチンポを握るよりも愛する人を抱きしめたかったのだ…!

キラキラ映画とか難病映画とか大好きなので俺はイイ話と思うたが結局そこに着地するのだったら汚いハッテンはやっぱよくないなやめようみたいな話になるじゃんそれでええんかよというツッコミはあるんじゃないだろうか。いや観客の大半はバカだからないかもしれないけど、日本全国に一人ぐらいはそう思う客がいてほしい。そうでないとなんだか救われない気が俺にはするのだ。誰が救われないのかはわからないのだが。

そうした議論をひとまず措けば、意表を突く構成、ドキュメンタリー風の硬質な映像、監獄を立体的に表現するに留まらず人物の内面にも踏み込む音響、そしてなにより主人公を含めたムショの面々の見事なやさぐれ芝居と、かなりイイ映画であることは間違いない。おもしろかったです。

【ママー!これ買ってー!】


13回の新月のある年に ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督 4Kレストア版 Blu-ray

西ドイツのゲイといえば(範囲が広い)ご存じライナー・ヴェルナー・ファスビンダーですがそうかーファスビンダーも警察の目をかいくぐってゲイ活動をしていたんだなーと思ってフィルモグラフィーを見たら初監督作『出稼ぎ野郎』が1969年の作。それ以前から劇団員とか諸々やっていたというが刑法175条の改訂がその創作活動の枷を外した面もあるのかなとか思うとなんだかしみじみ。

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