恋愛履修必須映画『パストライブス/再会』感想文(多少ネタバレあり)

《推定睡眠時間:50分》

キラキラ映画も含めれば意外と現代の恋愛映画も映画館で観ている俺なのであるがなにせ交際にまで発展した恋愛の経験が今までに1回もないものだからスクリーンの中の恋愛模様を眺めるその視点はもっぱら客観的なものでありフームここのシーンはこのような画作りで工夫をしていますねとかナルホドさきほどの台詞は後のこの台詞と照らし合わせることで真意がわかるようになっているのですねとかこの役者さんはまだ演技が硬いが独特の雰囲気があって今後に期待ですねとかあたかも批評家の如し、いやむしろ山崎のパン工場のラインで次々と排出されるパンを成形不良がないか検品するが如しであり、感情移入とかはそういう視点や感覚は完全にない(他のジャンルの映画でも大抵ないが)

そのためA24のこの『パストライブス』、なんでもアメリカのインデペンデント系映画祭で上映されるやたいそう評判となり、アメリカ映画としては低予算でテーマもスケールも小さい小品であるにも関わらずアカデミー作品賞にもノミネートされるほどの快進撃を見せた「ハマる人続出!」系の恋愛映画なのだが、1個もハマるところなかった俺には。恋愛映画は残酷である。現実と地続きの恋愛映画はその鑑賞体験を通して観客の人生を容赦なく炙り出す。この映画にハマれる人は体験人数が多いとかそういうことではなく質的に豊かな恋愛や人間関係をこれまでの人生で持ててきた人なのだろう。俺はひたすら映画とゲームと本ばかりの人生だったのでそういうの全然ない。そう考えると鑑賞者の人生経験を問わずに楽しい時間を提供してくれるホラー映画とはやさしいものだ…。

まぁだからこれに関してはねぇな感想とかが。あえて言うなら監督が韓国系というのが関係しているのか韓国恋愛映画の佳作『建築学概論』とわりと展開や空気感が似ていた。なんか幼い頃にお互いに好き合っていたけれども事情あって離ればなれになってしまった男女が大人になってお互いに恋人なり仕事なりがある中で再会してあの頃を想う…みたいなところがそれっぽい。『建築学概論』に比べるとこちらはもう少し抑制されたというか、露骨にエモいシーンは少なく、同じA24映画のコゴナダ作『コロンバス』を思わせる淡泊さ、クールさが特徴的。その中から静かに滲み出る慕情や郷愁が切なくてエモいという感じであった。

ひとつひとつのとくに面白くもない会話がやたらと長いので寝ちゃうとはいえよく計算されて丁寧に撮られた映画であることは疑いない。しかし、個人的にそれ以上のものとは全然ならなかったのは、やはり俺の人生経験の乏しさ故だろう。ともかくこれは違う世界の話だなと思ってしまうので興味深く観察はしたが気分的には盛り上がれなかった。そもそも展開がどうこう以前に主人公は母親が画家か音楽家で父親が小説家で学校では常に成績上位というエリートであり、小学生の頃に韓国からアメリカに渡ったのもやむにやまれぬ事情からではなくアートな両親がより多くの機会と評価を求めてのことだった。

この設定の時点であ、違う世界の話だな、と思う。アメリカに渡ってからも望んだ評価を両親が得られたかはともかくも主人公の方は順調に環境に適応しアメリカのどっか都会でやさしい恋人と満ち足りた生活を送っている。『花束みたいな恋をした』とかもそうだったが、金にも仕事にも住居にも健康にもセックスにも困ってないやつが恋愛で悩む映画なんか俺からすればラファティのSFよりもSFである。これはもう異星探検記である。異性ではなく。

まぁ、俺は家賃3万の風呂なしトイレ共同の木造アパートで住宅確保給付金を役所からもらいながら暮らしてたので(最初の4年ぐらいはクーラーも買えなくてなかったんだぞ)、そういう目から見ればエイリアンの日常生活を観察するSFですが、現代日本の一般的な人の目から見ますとこれはきっとエモい胸がぎゅーってなる映画だと思われます。そうならなくても良く出来た小品ではあるが、存分に楽しむにはやはり相応の恋愛経験が必要。観客に恋愛経験を求める恋愛映画…やはり、恋愛映画はホラー映画よりも残酷、これこそまさに『愛は死より冷たい』だな! ガハハ! ガハハ…。

あとこれネタバレになるかもしれないですけどこれがフランス映画だったら普通にあの二人セックスしてまた今度こっち来たら会おうなってやってその時もまたセックスするから別にエモい感じにならないと思うので、このエモさを生んでるプラトニック・ラブの志向はアメリカ文化圏の映画に特有のものだなとか思ったりした。最後だってなんであんな今生の別れみたいになるんだろうね。長い人生なにがあるかなんてわからないのに。日本映画もメジャー作は大概そうだが、物事や人生の見方がとても近視眼的で主観的。だから大したことないものが大事件みたいに見えてしまう。アメリカ映画はなんていうか、青いんだ。アメリカは青さを好む国なんだよ。そこも、貧乏なのに、まぁ貧乏だからこそとも言えるが、ヨーロッパかぶれの俺にはハマれないところでしたね。

※俺が寝てる間にあの二人がセックスしてた可能性もあるのでそうだったらごめん。

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パン毒
パン毒
2024年4月9日 12:59 PM

“運命の出会い”とか”縁”がテーマでこういう色合いの作品って最近のアメリカ映画とかだと少ないイメージ(なくはない)なので、低めの温度感で淡々と進んでく感じが丁度よくて自分は全体的に楽しめました。
ただ終盤のbarのシーンはいい場面なんですけど、見ててちょっと居心地悪く感じちゃいましたね。二人で会話してる場面で夫が完全に蚊帳の外になってる所とかもう少し何とか出来るだろと思っちゃいましたよ。