涙のジェットコースター映画『余命10年』感想文

《推定睡眠時間:45分》

明らかにこの映画を指してまぁ定期的に出る意見ではあるがどうして女が難病で死ぬ映画はたくさんあるのに男が難病で死ぬ映画はないんでしょうねぇとかいうクソ嫌味ったらしいどう考えてもその意は「男どもの女差別」でしかないツイートが数百から千ぐらいはリツイートされているのを見たのだがいやおかしいだろ女が難病で死ぬ映画を好んで観に来てるのは基本的に女客なんだからなんでお前らのカルチャーまで男の悪みたいにされなきゃいけないんだよそりゃ男は悪ですよ男は悪で別に異存はないですけれども!

絶対こういう雑な意見を言う奴は難病映画を観に来てないんだよ。文句を言うならちゃんと自分の目と耳で客の反応を確かめてからにしろっつーの。難病映画の客層というのは女一人か女男カップルか女数人友達グループがメインで男単独で観に行く俺のような客は少ないしましてや男友達グループなどは皆無に近い。その声に耳を傾けると上映前は「泣けるかな~」とか「泣けるらしいよ~」みたいなのが圧倒的に多い。上映後は当然どこでどれだけ泣けたかという話になるが基本笑いながら話すのであんま真剣に泣いているわけではない。

何が面白いんやと思うがカジュアル泣きは女カルチャーの娯楽なのであり女が効率的かつ意識的に泣ける映画といえば女が難病で悲劇的に死ぬ難病映画なのである。これは日本特有とまでは言わなくとも世界的に見れば珍しいカルチャーなのではないだろうか(そしておそらくこのことは欧米的な自立した強い女性が活躍する映画やドラマが日本ではあまり多くないことと関係している)

さて効率的に客を泣かせるという点で『余命10年』は超優等生である。なにせこの映画ときたら半実話である。泣き系難病映画は数多あれど原作の著者が同じ病気を患っていて文庫化を前に逝去とかいうドラマティック背景を持つ映画なんかこれぐらいではないかと思う。なぜ女が死ぬ映画を(日本の)女客が好むのかと考えればその最も単純な答えは一時的な感情移入のしやすさだろう。リアルの観客=フィクションの主人公の構図だが、この映画の場合はリアルの著者=フィクションの主人公の構図がリアルとフィクションの境目を曖昧にしているため、とくに泣き系難病映画を好んで観るタイプの女客にとって感情移入のしやすさは段違いなのではないだろうか。

いわゆるくそリアリズム的なリアルのようなフィクションでは観客は基本的に感情移入を拒む。そんなものに感情移入しても嫌な気分になるだけで、観客はリアルだからとか自分に似ているから感情移入するのではなく感情移入したい対象に感情移入するのである。思わず感情移入したくなるような美化されたフィクションをしかしリアルなものとして観客に感じさせ感情移入させる仕掛けがこの映画は上手かったと思う。

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泣き系難病映画における感情移入のしやすさは逆説的だが感情の引き離しやすさでもある。労せずカジュアルに没入できる対象は労せず抜け出すこともできるわけで、ここでは難病と死がライド的に経験される。泣き系とはいえ難病映画なのに闘病の具体的な描写がほとんどないのは泣き系難病映画の特徴で、具体的な闘病は大抵健康体の観客の感情移入を阻害する。泣き系難病映画の人気の秘密はこのへんにあるんじゃないだろうか。要するに泣き系難病映画を観ることはジェットコースター体験と大して変わらないのである。

『余命10年』は実際ジェットコースターであって終盤20分ぐらいの泣きラッシュときたらもうすごいよ全員泣く全員。主人公と関わっただいたい全員がその最期の日々の至るところでグスグスと泣きだしもちろん死に際してもグスグスと泣く。だが号泣はない。派手な音楽の高鳴りもない。実質ジェットコースターだが品位を損なうことなく泣きラッシュを見せているのでジェットコースターに見えないというのはさすが映像派の藤井道人監督というところで上手いものです。涙のジェットコースターですよ~って見せ方されたら白けて泣けないもんね逆に。

余命10年の間に描かれるのは主人公の人生というよりも主に主人公の目を通したその周辺人物の人間模様。変わるものもあれば変わらないものもあって出会いもあれば別れもある。咲いた桜はいつか散る。このへん普遍的とも言えるが悪く言えば凡庸なので映画に感情移入べつにいらない派の俺としてはこんなもん何が面白いんだよぐらい思うが泣きライド目的の客ならこの凡庸さこそ感情移入のしやすさとして評価できるところなのだろうたぶんきっと。

会話は自然で嘘くささがなく演技も抑えたトーンで統一されて平凡人間の心の機微を丁寧に描写、ビデオカメラで撮影したプライベート映像の小道具的使用もなかなか効果的だったりして総じてよくできた泣き系難病映画だとは思うが当然ながらそれ以上のものはなにもないので、まぁ映画館で泣きたい人は観た方がいいんじゃないすか。なんか投げやりですがそりゃ投げやりにもなるよこんな映画の責任をツイッターの無名人にとはいえ男側に押しつけられたら。あのね! 言っておくが! これは当然日本人男の総意ではない俺個人の意見だが女が難病で死ぬ映画なんてこっちは別に求めてねぇんだよむしろ退屈だから廃れて欲しいって思ってるよそんなもん!

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江角マキコと豊川悦司が共演した泣き系難病映画ということで今の目で見ればこうなんというかちょっとしたキワモノ感が漂いますが内容的には奇を衒ったところがなく静謐なムードとポエティックな映像で見せる『余命10年』とはよく似たテイストの映画なので公開当時は普通にトレンディなものとして受け入れられたと思います。

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