平安オカルト探偵映画『陰陽師0』感想文

《推定睡眠時間:0分》

この映画、予告編は何回か映画館で見ているのだがとくに惹かれるものがなく、観ないでいいやと思っていたのだが、先日映画サイトで今週の封切り映画の情報を調べていたら監督が最初の実写映画版『エコエコアザラク』の監督であった佐藤嗣麻子と知り、一転して観なければならない映画となってしまった。俺と『エコエコアザラク』には因縁がある。あれはいつだったか、たしかコロナ禍に入る前後のことだったんじゃないかと思うが、京橋の国立映画アーカイブで1990年代の映画を特集したときのことだった。その上映ラインナップに『エコエコアザラク』があったのである。

Jオカルト映画の定番作ということで『エコエコアザラク』はずっと観たい映画だったのだが、少なくとも俺の探した範囲ではレンタルDVDはなく、配信もない。それが劇場で観られるということで俺は喜んでネットチケットを予約した。だが上映当日、どこへ行くにも必ず時間ギリギリになってしまうスタンドの憑いている俺はその日も劇場着の余裕がゼロ。国立映画アーカイブは上映開始後の入場を禁止しているため間に合わなければ『エコエコアザラク』を観ることはできない。俺は焦ったが、しかし勝算はあった。地下鉄の京橋駅を降りて国立映画アーカイブに向かう途中にたしかローソンがあったのである。その頃の国立映画アーカイブはコンビニでチケットを発券してから劇場窓口に行かないといけないシステムだったのだが、電車を降りて改札を出て国立映画アーカイブに向かう道すがらローソンでチケットを発券すればかなりギリで上映に間に合う。そう思って俺は小走りに地下鉄の階段を駆け上がった。

ない。ローソンが、ない。俺は愕然とした…かつて何度か国立映画アーカイブ(当時は国立フィルムセンター)に足を運んだ際には確実にあったはずのローソンが、しばらく通っていないうちに潰れていたのである。腕時計を見るがもはや時間は数分も残されていない。とにかくコンビニを経由しないと場内に入れてもらえないので慌ててコンビニを探すとわりとすぐ近くに別のコンビニはあった。ダッシュで発見して国立映画アーカイブの自動ドアをくぐる。腕時計を見ると上映時間を1分過ぎているように見えたが誤差かもしれない。警備員さんにチケットを見せるとはいどうぞと入れてくれた。安堵する俺。急いでトイレに行かなくちゃ…だがそこで、警備員さんからまさかの一声が上がった。「あ、上映時間過ぎてるんでご入場いただけません」。

そこに至るまでの過程を省いて結末を言うと俺は泣いた。その場に座り込み「エコエコアザラクが見たいんですよー!!! 見せてくださいよー!!!」と泣きながら叫んだ。「子供じゃないんだから!」と警備員さん。「子供ですよー!!!」と俺。ちなみにその当時すでに30歳は超えていたはずである。泣き、叫び、強行突破しようとダッシュして警備員さんに捕まり子供のように持ち上げられて入り口に戻される。なにも『エコエコアザラク』ごときでそこまで騒がなくても…とこれを読んでいるみなさんは思われることだろう。俺もそう思う。しかし、しかしである。ギリで間に合いそうだったところでローソン閉店という想定外にぶつかり、その後たった1分の時間オーバーで映画が観られない…『エコエコアザラク』がどうのというよりも、俺はその人生の不条理に泣いたのである。そうだとしても泣くことではないかもしれないが、そのときはもう泣くしかない気分だったのだ。

涙ながらに受付のお姉さんにこんなのおかしいじゃないですか…国の機関なのにコンビニでチケットを出すなんて…と言っていることは正しいかもしれないが状況があまりにも間違い過ぎている懇願をして俺は敗北を背負いその場を去った…それから半年もした頃、俺の涙の訴えがテレパシー的に偉い人に通じたのか国立映画アーカイブはコンビニ発券システムを廃止し、現在の劇場に直で行けばいいシステムになったから、こんないろんな意味で哀しい思いをする人は今ではいなくなっただろう(もとから俺以外にいなかったと思う)。『エコエコアザラク』はその後ビデオデッキを買ってきて渋谷TSUTAYAにあったVHSで観た。なかなか面白い映画であった。あとあのときの警備員さん泣きわめいてすいませんでした。

さて、その『エコエコアザラク』の佐藤嗣麻子が『陰陽師0』の監督である。予告編に惹かれなかったと書いたが何が惹かれなかったって普通のCGファンタジーアクションみたいになってたから。ところが佐藤嗣麻子を信じて映画を観てみるとこれが驚いたことにCGはたくさんあるがアクションは少しだけ、本筋は平安時代のホグワーツみたいな陰陽師養成学校で起こった殺人事件、そして更なる怪事件に学生の身分の若き安倍晴明(山﨑賢人)が雅楽家の平安貴族・源博雅(染谷将太)と共に挑むバディもののミステリーであった。そのトリックも含めて俺は大いに喜んだ。なぜならこれは原作(シリーズ)の夢枕獏の世界観というよりも京極夏彦の世界観であり、そして『エコエコアザラク』だったからだ。

京極夏彦の小説で京極堂はあくまでも事態の傍観者であり物語を積極的に引っ張ってはいかないように、この『陰陽師0』も安倍晴明は自分から積極的に何かをするということがない。安倍晴明といえば式神というイメージを持つ人が安倍晴明を知る人の97%のイメージだろうが、今回の安倍晴明は式神を使わず、それどころか占いは迷信であり呪い(まじない)は暗示や催眠術であると断じてオカルトを否定する近代型の合理主義探偵の如しである。これは佐藤嗣麻子版の『エコエコアザラク』もそうだった。舞台は妖しい欲望の渦巻くなんちゃら学園、そこに転校してきた黒井ミサは本当は黒魔術が使えるのだが、それを自分からアピールすることはなく、何者かの術によって学園が殺人トラップ満載の迷宮へと変化し校内に残された生徒達が一人また一人と消えていく中でも、黒井ミサは黒魔術パワーで状況を打開しようとはせず、術をかけた犯人は誰なのかを理性によって冷静に探っていくのであった。

こちらでも陰陽師学校の学生たちがどんどん死んでいくので言わばこれは平安バージョンの佐藤嗣麻子版『エコエコアザラク』、はっきり言って陰陽師のバトル映画だと思って観に来た大抵の観客はこの点かなりガッカリすると思うのだが、舞台となる平安京のセットがカビ臭いニオイが画面から伝わってきそうなほどしっかりと作られていて、光と影のコントラストを強調した照明やシネスコのアスペクト比を意識した広々として豊かな画面作りもあり、オカルティックな雰囲気は抜群、やってることはまぁ最後は派手派手のケレン味CGアクションになるとはいえ基本地味なのだが、画面の中にちゃんと異世界があると感じられるので、タイクツするどころかむしろワクワクである。

制作プロダクションは俺の中でCGの無駄遣い会社として悪名高いROBOTなのだが、凡作だらけのROBOT映画の中にあってこれは例外的な作品じゃあないだろうか。ROBOT映画の何がダメってなんかCGを売りにしてるくせにCGをリアルを拡張する道具として使ってるので画面が弾けず、その中途半端なCGが観てて恥ずかしくなってくるところなのだが、この映画はCGを完全に非現実もしくは超自然的なものを表現するために用いているし、それも蜷川実花の映画のように惜しげもなく大胆に使うので、そういう恥ずかしさがない。色とりどりのCG花の咲き誇る終盤のフレームだけの部屋など素直にキレーだなーと惚れ惚れしてしまった。ここにも、画面の中に現実とは徹底的に異なる異世界を作ろうとする姿勢が見えてグッとくる。

アクションがどうとかトリックがどうとかそんなもんはファンタジー映画やオカルト映画にとって二の次三の次でしかない。画面の中に「これは現実ではない。が、たしかに存在する」と感じられる世界を構築すること。最近の邦画では『わたしの幸せな結婚』がゆるふわなタイトルに反してそれを見事にやってのけた秀作だったが、この『陰陽師0』もまた異世界に生きる人間の感情の機微を詰めることでその世界に実在感を保たせていた『わたしの幸せな結婚』とは異なる大仕掛けなアプローチで、見事に画面の中に異世界を作り上げることに成功していたように俺は思う。それさえ出来ていればこの手の映画はもういいんである。もう勝ち。だってファンタジーとかオカルトなんて現実にはないから映画に求めているのであって、他の人は知らんが俺はそれさえ存分に観られれば満足なのだ。そしてそのためにはアクションがたくさんあるよりも、世界をじっくり見せていくミステリーのスタイルの方が都合がいい。

更にはその世界に蠢く陰陽師の博士たちがエロ妖しい北村一輝や平安顔が背景にフィットし過ぎている國村隼、そして元祖魔人加藤保憲の嶋田久作など「わかっている」としか言いようがないキャスティング。冷酷な安倍晴明=山﨑賢人と素朴な源博雅=染谷将太の掛け合いも面白く、染谷将太に関してはこちらも伝記ミステリーだった夢枕獏原作の『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』で空海を演じた過去もあるので、そのへんもまたオタク心をくすぐる感じでたいへん良き。群像劇的に話を進めて終盤で一点に収束・爆発させるシナリオも芯が通っているし、なんでもかんでも続編に繋げようとする昨今の風潮に抗ってこれ単体でしっかり完結させているというのも好感度高く、おめーどこから目線なんだよコラとは自分で思いつつ、お見事です! と、思わず言いたくなってしまう『陰陽師0』であった。おもしろかったわー。

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さかい
さかい
2024年4月23日 3:49 PM

獏さんの『陰陽師』シリーズは端からガン無視していたので、映画化すると聞いても「ふ〜ん。あっ、そう」レベルだったんですが。でも、このレビューを読んで速攻で転向。京極堂に國村隼、嶋田久作…この三つ巴ネームが並んでたら、あーた、こりゃ、何が何でも観ますわ。貴重な情報に感謝です。『エコエコアザラク』エピソード。泣けました。私も自分でも何であの時あんな事であんなにも乱心しちゃったのか、思い出すと胸がキヤキヤしてくる経験、ありますんで。

さかい
さかい
Reply to  さわだ
2024年4月24日 5:07 PM

いや〜一億総国民泣ける「いいエピソード」ですよー。(爆笑しましたケド)
このシークエンスを取り込んで、映画ヲタと受付けのお姉さんとのロマンス(もしくは警備員さんとのブロマンスでも可)
映画、出来そうですね!