《推定睡眠時間:15分》
相貌失認という人間の顔がうまく認識できなくなってしまう脳の病気があるがこの『青春ゲシュタルト崩壊』に出てくるのはそれをモデルにした青年期失顔症という架空の病気、他人の顔がようわからんくなる相貌失認に対してこの青年期失顔症は他人の顔は問題なくわかるのだが鏡に映る自分の顔だけが見えなくなってしまうという病気であった。この奇病(劇中ではわりとよくある病気の設定)に高校生活でのストレスから罹患してしまった主人公の渡邉美穂だったが…みたいな映画だが青年期失顔症は要するにアイデンティティ喪失のメタファーであって物語上とくに意味はない。
そりゃそうだよな他人の顔ならまだしも自分の顔なんか鏡を見るとき以外はそもそも見えないんだからそんな病気に罹ったところで大して困ることもなくドラマにならないよな…ってじゃあいちいちそんな設定にするなよ! なんなんだよ今公開中の『か「」く「」し「」ご「」と「 』といいこれといい特殊能力とか特殊病気とかをわざわざ作っておいてとくに展開に生かさない青春映画! 映画ってかどっちも小説原作らしいから小説! 普通おめー特殊設定はちゃんと有効に活用するものでしょうが! 絶海の孤島にある曰くありげな洋館に集められた男女数人がそこでキャンプとか恋バナとかをして誰も死なずに数日後に船で帰る物語があったら「いや殺されろや!」って思うじゃないの! 庶民派スーパーヒーロー映画の『ミステリー・メン』だってシャベルで人を殴る特殊能力を持つ労働者がちゃんとここぞという時にシャベルで人を殴ってたぞ!
なんとも芸の無い映画だが、まぁしかしこのやたら辛気くさく情緒的な作りを見れば、映画に芸を求める人などそもそも客としてカウントしていないのだろうなとは思う。人の頼みにNOと言えず、といって根明というわけでもないので、四方八方からのお願いにはいはいと応じている内にいろいろ溜め込んで学校に行くのが怖くなってしまった保健室登校女子が、同じ病気を持つ仲間や保健室の先生との交流を通して次第に自信を回復し自己を確立していくまで描くナイーブな映画である。そのナイーブに同調できるナイーブなお客さんに泣いてもらうのが目的の映画と思えば、誰かがなんか良いことを言う度に感動音楽が流れるだけの安演出も納得できる。駄菓子屋のお菓子をミシュランの人は食べ物としてまっったく評価しないだろうが、たとえ舌の肥えた人が評価しなくても酢だこさん太郎やうまい棒がおいしいのは間違いない。それと同じように、ただただインスタントに客を泣かせる演出も、求める人がちゃんといるわけである。
ということであまり悪くは言えないが、かといって良くも言えないので、結局あんま面白くなかったとでも言うしかない。うんそれは悪く言ってますね。でもあんま面白くないからなホントに…ポスターにヤング男子とヤング女子が二枚看板で写ってたからキラキラ映画かと思ったけど恋愛的なものも無かったし。恋愛の前段階ぐらいなものは一応あるのでプラトニックプラトニックが好きな人には刺さるかもしれないが、恋愛というのはなんだかんだ起伏に富んだドラマなので、それが無いとなると味付け的には相当薄い。青年期失顔症からの回復という大目的は一応あるものの主人公がそのために何かやることもなく、大きな出来事を経ずに保健室で毎日を過ごす内になんとなく心境が変わっていくという『夜明けのすべて』とかみたいな展開は、まぁ現実なんかそんなもんだろうから誠実さは感じられるとしても、プロットはかなり退屈である。要はキラキラ映画的な飛躍がここには全然ないのだ。キラキラ映画としては作ってないということだろう。
あまり刺激の強い面白い映画ばかり観るのも体に毒かもしれないから、たまにはこういう減塩映画もいい…のかなぁ?