《推定睡眠時間:0分》
肥えたオッサンがなにやら荷物を運びながらフランス田舎の村祭り会場を歩くのをカメラはこのオッサンの後ろについて捉え観客はオッサンと共に村祭りの様子を眺めることになるのだがそのオッサンが来ているのは薄汚れて穴の開いたランニング。やがてオッサンが目的とする屋台に辿り着くとそこには酒を求める地元の汚い若者どもが集まっていて酒だ酒だととにかくやかましい。そのやかましい連中の先頭に立っているのがこの映画であるところの高校中退ヤンキー主人公で周囲のバカどもはやがて「脱ーげ! 脱ーげ!」のコールを開始。『佐々木、イン、マイ、マイン』という邦画に同級生のバカ男子どもが佐々木コールを始めると調子に乗ってパブリックな場で全裸になってしまう全裸少年男性が出てきたが、バカな男子高校生はパブリックな場で全裸になれるやつを英雄視するという謎すぎる風習は洋の東西の問わないらしく、高校中退主人公がテーブルの上によじ登ってすっぽんぽんになるともう周囲のバカみんなものすごい盛り上がりよう、ここでタイトルが出るわけだが映画の舞台がどういう世界か一目瞭然なこのアヴァンタイトルを見れば『ホーリー・カウ』という映画が完全に信頼できる映画であることは丸わかりだ。もうこの時点で俺はこの映画が好きである。
舞台となっている地域がフランスのどのへんかは知らないが見る限りでは栃木。電気とガスはさすがにあるがカラオケもディスコもなく若者たちは村のメイン通りで開かれている路上ディスコ&カラオケ大会で地元のジジィババァに混じって踊ったり酒を飲んだり遠征してきた他の村の若者とケンカしたりしているのでかなり吉幾三の『俺ら東京さ行くだ』に迫る世界である。田舎なので未成年が酒を飲んでもタバコを吸っても飲酒運転しても無免許運転してもケンカで怪我をさせても罪にならない(※なります)。普段の娯楽が酒かセックスかケンカしかないので年に一度ぐらい開催される合同村祭りでは無免許者たちが改造車を横転させて誰がいちばん派手に自車をぶっ壊せるかというある意味『ファイナルファイト』みたいな世紀末の催しが一大娯楽として持て囃され老若男女大歓声。これは栃木だろう。栃木をバカにするな!
で主人公の高校中退ヤンキーはその栃木でシングル父親の飲酒運転事故死により経済危機、まだ小さい妹もいるし自分はいいけど妹はせめて小学校に通わせてやらんとな…という兄貴心により近くの大きな村にあるチーズ工場に働きに出るのだが高校中退ヤンキーなのでソリが合わずにすぐ退職。しかし主人公は学ぶ。どうやらチーズ作りコンテストというのがあってそれで一等賞を取ると賞金がたくさんもらえるらしい。高校在学者ならいやでもそう簡単にはいかんだろうと冷静に判断してしまうだろうがその壁を無思慮により突破してしまうのが高校中退ヤンキーの強みである。かくして主人公は生活のためにめちゃくちゃ短絡的にヤンキー仲間とチーズ作りに乗り出す。材料はないけどまぁ有名ファームから牛乳とか盗めばいいよなガハハ! そんなもんうまく行くわけないだろうがッ!
あらすじはまるでダルデンヌ兄弟映画のようだが脱ーげコールからの全裸イエーイでタイトルが出る映画なのでダルデンヌ映画のような辛気くささとは無縁である。たしかに洗練された学のある都会人の目で見れば主人公の置かれた状況は人生どん詰まりの貧困でしかないかもしれない。けれどもそんな田舎の貧困ヤンキーにもそれはそれで日々の楽しみとか人生の豊かさがあるのだというおおらかな眼差しがこの映画のとても良いところ、貧困や田舎を啓蒙のための単なるネガティブな記号としてではなく生活者のリアルで捉えているので、こんな終わったような状況でもユーモラスだし、それに合間合間に差し挟まれる霧のたなびく森林地帯の風景はうっとりするほど美しい。そこには都会人の忘れがちな生きることそのものの喜びがある、とでも言えばそれはそれで都会人の迷惑な上から目線なのであるが、ともかくこの映画には田舎らしい適当な「まぁ、なんとかなるっしょ」があってグッとさせられるのだ。
全裸コールで全裸になっちゃうお調子者かつ牛乳窃盗犯の主人公にしっかり深みがあるのもこの映画のええやんポイント。仲間の前ではヤリまくりだぜ~みたいに気取っているがベッドインすると毎回勃たないのでおそらく童貞。他の村のヤンキーを見つけると真っ先にケンカをふっかけるので狂犬かと思わせつつチーズ工場で鍋掃除の仕事をもらうと「そんなちゃんとやらなくてもいいよ」と工場長に言われる熱心さで鍋を磨き上げる。そして地元のおばあちゃんの言うことは素直に聞く。盗んだバイクならぬ牛乳でチーズを作って一攫千金を狙うダメさであるがそのチーズ作りにかける情熱は大したものだし、方向性が間違っているだけで根は悪いヤツじゃない。完成したチーズを食べた紳士が言う「出来は悪くない、だが熟成が必要だね」という台詞は同時に主人公への監督からのメッセージにもなっているわけだ。
この映画、新人監督ルイーズ・クルヴォワジエの長編デビュー作だそうですが、なんでもかんでもすぐの結果であるとか「正しさ」が求められる忙しなく非人情な都会の現代人のハートにヒットしたのか、本国フランスでは予想外のスマッシュヒットを記録したらしい。酪農女子がケンカの仲直りにパブリックな場でおっぱいを見せるぐらいいろいろとゆるいフランスの栃木の高校中退ヤンキー成長物語。フランスは洗練と知性の国と信じる人には受け入れられないかもしれないが、俺にはとっても沁みましたねぇ。