《推定睡眠時間：0分》
『SPY×FAMILY』という漫画もアニメも観たことがない俺にとってこのコンテンツの印象はあまり良いものではなかったのだが、それはひとつに数ヶ月前よりTOHOシネマズで始まった上映前マナー広告のスパファミ版に出てくるアーニャが舌足らずなアニメ女児声で喋る典型的な現代日本アニメ的キッズだったからで、現代日本アニメ的キッズの何が悪いと言われそうだが、アニメを普段観ない俺からすればこれはなんというか客に媚びすぎていて気持ち悪い。
もうひとつは渋谷駅前のモヤイ像がこの前通ったらアーニャ仕様になっていたことであった。これまたモヤイ像がアーニャ仕様になって何が悪いと言われそうだが、モヤイ像を持ってるのが国なのか企業なのかは知らないが、ともかくモヤイ像といえばハチ公像と並ぶ渋谷のひとつのランドマークであり、ランドマークには所有者を問わず公共性というものが一般的に考えればあるわけである。その公共的なものがスパファミという純粋な商業コンテンツに金の力でねじ伏せられたわけで、これはやはり気持ちの良いものではないだろう（少なくとも俺にとっては）。
というわけでこのスパファミ映画はあまり観る気がなかったのだが時間が空いたのでまぁいいか上映時間100分ぐらいだろうし飽きたら途中で寝ればいいし、と映画館に入ったらあれ面白い。面白いしそんなにイヤな感じもない。むしろどちらかと言えば肌に合うかもしれない。というのもこの映画版スパファミ、原作漫画とかアニメ版の方はどうか知らぬが、まるで下品要素を抜いた『映画クレヨンしんちゃん』。最近のしんちゃん映画は下品要素がすっかり抜かれてしまっているので、こうなるとほとんどしんちゃん映画と違いがない。
中盤まではギャグを交えた家族旅行、このへんテレビアニメ版のスペシャル回のような安定感で、ギャグもシチュエーションもとにかく王道にしてベタ、ベタにして王道。スパイの夫、殺し屋の妻、超能力者の娘アーニャと未来予知犬のボンドといったキャラクターたちがそれぞれの持ち味を活かした軽いギャグを披露しながら旅行を満喫して観客の俺もぶらり旅気分、草創期より映画はヴァーチャルな旅行の側面を持っていたわけだから、旅行感を観客に与えるというのはまったく娯楽の王道である。
終盤は悪い軍人が戦争を起こそうとするのをファミリーが力を合わせて阻止するアクション活劇になるが、あんまり本気のアクションとかサスペンスはなく、一応のシリアスな展開の中でもアーニャが体を張ったギャグをちょいちょいねじ込んでくれるのでゆるゆると気楽に観られる。最初は表情が漫画的にコロコロ変わる程度だったアーニャのしんちゃんっぽさはこの段になると本格化し、ウンコウンコと連呼しながらウンコの天国を妄想するとかむしろ最近のしんちゃん映画に出てくる良い子のしんちゃんよりもしんちゃん感があった気がする。ちなみにアーニャのウンコネタは場内のキッズ観客たちによくウケていた。やはりウンコギャグは時代を超えてキッズのハートを直撃する鉄板ネタである。
アーニャが例のマナー広告から俺が想像したようなロリ萌え的なキッズではなく元気いっぱいの奔放キッズであった点は嬉しい誤算でアーニャかわいいよアーニャだったのだが、それ以外の点はすべてにおいてとにかくウェルメイド、太古の昔よりジャンプ漫画で繰り返し刷られてきたいつものアレである。繰り返し描かれるのはそれが読者にウケるからなので面白いのは間違いないが、面白いだけでとくに思うことはない。実写のホラー映画やアクション映画のようにはアニメに対してB級と言われることはほとんど無い気がするが、これはB級映画としか言い様がないものだろう。B級映画とはすなわち観ている間は楽しいが脳みそをスルーしてしまうので記憶に残らない映画。それはB級映画の難点ではなく美点に違いない。
でもひとつだけ思ったのは、なんだかんだみんな家族が好きだよね、ということ。スパファミの家族は偽装家族なので厳密には家族ではないがまぁそんなことはどうでもよろしい。紳士で頼れる父、おしとやかだが最強の母、元気印のかわいい娘。こういう模範的にして健康的でいささか前時代的な家族像なんかツイッターをやったり社会派映画ばかり観ていると世界中で個を抑圧するものとして嫌われているような印象を持ってしまうものだが、映画館は老いも若きもいっぱいだったしみんな楽しそうにしてたので、日本国の世間一般がイメージする家族というのはきっとこんなもので、そしてそんな家族が多くの日本の人は好きなんである。
そんなもんなんだろうな世の中というのは、なんか知らんが。まぁ、どうでもよし。アーニャがかわいい。それが俺の映画スパファミ感想のすべてである。
