人の子よみな森へと還れ映画『ハムネット』感想文

《推定睡眠時間:5分》

この映画を作ったクロエ・ジャオといえば現代ハリウッド屈指のニューエイジ派監督であり昨年の東京国際映画祭における呉美保とのトークでは月経中はクリエイティブになれるから月経が大好きというなかなか火力の強い発言を残しているが、どうしてその時に東京国際映画祭の関係者は実現させなかったのかと悔やまれるのが日本が誇るニューエイジ監督・河瀨直美との対談であり、日米を代表する女性ニューエイジ派監督のスピリチュアル・トークは非常に価値あるものになったはずなのである。

明らかにクロエ・ジャオと河瀨直美が趣味嗜好興味関心を共有している監督であることは河瀬直美が自然との融和を志向して自然分娩を行ったことからもわかる。なぜならこの映画『ハムネット』、主人公アグネスは森と深い繋がりを持ち母から受け継がれたという数々のウィッチクラフトを駆使する魔女の如し人物として描かれ、出産に際しては外が嵐で荒れ狂っているにもかかわらず「この子は森で産む! 森へ連れていけー!」と絶叫するほどハードコアな自然分娩派なのである。

それは森で産まなければこの子は死ぬという魔女の直感によるものだったが、実際その後、事実はどうあれ映画の中の論理としては森で産まなかったためにアグネスの子供は死ぬのであり、そして映画の最後ではアグネスが根城にする森の中のうろ穴、それは形状的に女性器のメタファーと考えてまず間違いないのだが、疑似的に再現されたその穴の中に死んだ子供の魂が還って行くのをアグネスは目撃、我が子の魂が森と一体化したことを確認し我が子が死んでからと言うもの狂乱そして茫然自失の廃人状態にあった彼女はようやく救われるのだ……とこういう展開になる映画が『ハムネット』であるから、自然分娩を推奨するだけでなく森と人間の一体化を奈良で実践し続ける映画監督である河瀬直美とこれほど近しい存在がいるだろうかという人物がクロエ・ジャオなのだ。

そんなわけだから映画の冒頭からして森、森、森である。アグネスの夫はかのシェイクスピア、ということでシェイクスピアが『ハムレット』を書くに至った背景にはどんなドラマがあったのかという『恋に落ちたシェイクスピア』『もうひとりのシェイクスピア』のようなシェイクスピア異聞ものだが、都会の風景風俗はまったく登場せずひたすら森を撮りまくるというのがおそらく他のシェイクスピア異聞映画と比べた時の際立った特徴じゃないだろうか。その森の映像には心が洗われるようだが、それにしてもずいぶんぬるぬるしていて映画の映像っぽくないように感じられたので、もしかすると24fpsではなく30fpsで撮影されているのかもしれない。アメリカ森林派の監督といえばテレンス・マリックを忘れてはいけないが、そういえばマリックの『名もなき生涯』も同じ違和感を映像に感じたので、森林派の監督は森の美しさを可能な限りくっきりとスクリーンに映し出すためにこういう選択をしがちという説がある。

そうしたクロエ・ジャオの強い森志向とシェイクスピア異聞という異種混交はしかしどうもあんまり上手くはいっていないようであった。たしかにシナリオの水準ではジェシー・バックリー演じるアグネスはかなりとてもクロエ・ジャオ的なニューエイジ人種なのでいかにもクロエ・ジャオの映画っぽいのだが、これまでクロエ・ジャオの作風というとリアリズムであり、アメコミ超大作の『エターナルズ』でさえリアリズムのタッチを崩していなかったが、そのリアリズムのタッチとおそらくこの映画の原作の持つ劇的なダイナミズムがハマっておらず、リアリズムの映画として迫真性があるわけではないし、かといってドラマティックに盛り上がるわけでもないというどっちつかずの結果になっているように見えるのだ。

クロエ・ジャオの関心は人と自然の関係性にしかないのでシェイクスピア異聞でありつつ劇中劇の演劇シーンなんか精彩を欠いているとしか言いようがないと思うのだが、製作のクレジットを見るとスティーブン・スピルバーグの名前があったので、おそらく製作側としてはスピルバーグ映画のようにドラマティックなものを要望したのではないだろうか。自分の関心範囲を出ないように監督がその要望をクリアしようとしたところ、二兎を追う者は一兎をも得ずでどうにも気の抜けたような映画になってしまった、というあたりがいかにもハリウッド映画としてありそうな線かもしれない。ジェシー・バックリーのオーバーアクトなどはその象徴のようにも思える。

つまらない映画というわけではないにしても、『ノマドランド』や『エターナルズ』を撮った監督の最新作と考えると、ちょっとこう物足りなさが残る、そんな『ハムネット』であった。『エターナルズ』なんかMCUで一番好きな映画なのでもっとやれるじゃろジャオ、って感じになるんである。

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