忖度しない『ザ・シークレットマン』感想

《推定睡眠時間:?分》

寝た記憶はないが映画の記憶はすっぽり抜けているのでふしぎ。たしかに見た。たしかに数日前にちゃんと2時間見たはずで、映像としても脳に刻まれてはいるが、その映像記憶に内容量が感じられない。2時間見た実感がまったくない。
つまらない映画を見ている時に意識が白昼夢に傾くことはよくあるが、通例そんな白昼夢は後から映像として想起できずとも記憶の重みを感じることはできるというのが俺の場合である。だが今回はそれもない。
ふしぎ。なぞ。いったい俺の脳になにが起こったのだろう。まぁたぶん単純に、面白くもつまらなくもないから記憶に残らない映画だったんだろうけれども…。

リーアム・ニーソンが主演で『ザ・シークレットマン』の邦題はシークレットサービスものかと思わせるが立場的にはわりと逆。
ニーソンが演じるのはウォーターゲート事件の情報提供者ディープ・スロートだったので大統領を追い詰める側だった。
この人なら別に裏でこそこそしないで正面から物理的に追い詰めればいいのではないか…とかそういう軽口を叩けるような映画ではない。ガチです、実録系なので。

詳しいことは知らないが映画を見る限りではディープ・スロートの正体は割れていて、FBI長官エドガー・フーバーの右腕的存在だった(らしい)副長官マーク・フェルトという人。
映画はこの人が何故ゆえディープ・スロートになったかというお話になっていて、ニクソンの息のかかった新長官パトリック・グレイ体制下での情報提供の困難とその背任行為に対する葛藤をおもに描き出す。

脚本はスッキリと整理されていてエンタメ的伝達力が高いが演出の方はかなり渋め。スリルありありな題材っぽいが俗っぽい見世物にしないというか、あくまで重きが置かれているのはマーク・フェルトの揺れ動く心情。
権謀術数がどうとか疑心暗鬼がどうとか権力闘争がどうとか…みたいのは薄め。告発は一朝一夕にしてならずということで、大騒ぎのメディアと議会を尻目に淡々とディープスローターな日々を送るマーク・フェルトの幾歳月を静かに寄り添うようにして綴っていくから淡泊もいいところだ。

沁みる系と言えば沁みる系かもしれないが、春先でテンション上昇中の今の俺にこの沁みる系は響かなかったんだろうな。とにかく記憶が薄い。
こうやって大まかなストーリーもリーアム・ニーソンの表情に刻まれた深い悔恨も思い出せるのに何故かなんでか、とにかく全然見た気がしない映画だった。

まぁでもなんか、やっつけとは思わないけど急ごしらえの映画だったりはするんじゃないですかね。淡泊系っていうの考慮してもやっぱ薄い気がしたし、それ練られてないとかセンスがないとかじゃなくて、そういう目的の映画じゃないんだろうなっていうところがあって。

今トランプ政権のロシアゲート疑惑みたいのがメラメラ燃えてるわけじゃないですか。でそれ、就任直後ぐらいからずっとあって、その件で当時のコミーFBI長官にトランプ側が圧力かけたとかかけてないとか取り沙汰されて、結局解任されちゃったじゃないですかコミー長官。ていうことを字幕監修の小西克哉がラジオで言ってたんですけど。

そうするとこの映画で描かれる状況ってかなり今っぽいですよね。政権の子飼いがFBI長官に任命されてスキャンダルの追及封じられちゃってみたいな。
それで主役がディープ・スロートでしょ。現代のディープ・スロート出てこいやっていうたぶんそういう映画だよね。あるいはウォーターゲート事件で戦った人を思い出そうよっていう。
映画としてのおもしろさとかっていうよりも政治的なメッセージを伝えることが最優先なんだと思ったし、だからCMみたいに映像が頭をスーッと通り抜けちゃって、質量を伴う記憶として固着しなかったんじゃないかとも思ったな。

基本こういう作りの映画あんまり好きじゃない。記号化された登場人物はメッセージを伝えるには好都合かもしれないが、でもそれなぁ、見てておもしろくないしなぁ。
それに実在人物を主題に合わせて記号化してしまう危険性っていうのは絶対あるんで。とくにたかだか数十年前の出来事をメッセージのための寓話にしてしまうとかフェイクニュースと紙一重だろっていう、そういうことは考えるよやっぱ、こういう映画を見ると。

文句ばかり言ったので面白かったところを述べてバランスを取る。暴君フーバーの右腕的存在だった忠実なるFBI局員マーク・フェルトがディープ・スロートの仮面を被った動機の部分、リーアム・ニーソンの抑えた演技が効いていてすげー良かったですよ。
たぶんこのへんは作者の願望混じりの想像なんだろうな。結局俺たちだってニクソンと同じ事ずっとやってきたじゃねぇかよっていう罪悪感がマーク・フェルトを動かした。

『大統領の陰謀』と違って軽薄で何も考えていなさそうな新聞記者に持ち出し厳禁な捜査情報を淡々と垂れ流すマーク・フェルトは相手の顔なんて見てはいない。自分のためにしか言ってない。
ディープ・スロートの告発はマーク・フェルトの告解だったのだってわけで、その場面だけはこの無味乾燥な正しい政治映画の中で唯一重みを持った記憶として頭に残ってる。

【ママー!これ買ってー!】


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一応の実録告発映画も監督がオリバー・ストーン。『ザ・シークレット・マン』と違って映画的なおもしろさがどうしても前に出てしまうからそれはそれで、実在の存命人物を描くにあたって問題ないのかという気もする。

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