『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』の感想

《推定睡眠時間:35分》

やわらかな木漏れ日に見守られていたいけな少女がふんふん鼻歌なんか歌いながらキノコ採集。遠くから大砲の音が聞こえてくる。ぼーん。ぼーん。僻地に戦乱を伝える唯一の情報はじーじーいう虫の鳴き声、ちこちこした鳥のさえずり、枯れ葉のかさかさに紛れ込んですっかり存在感を無くしてしまいました。
あぁメルヘンメルヘン。メルヘンしてます。ここは平和。南北戦争の火の手もメルヘンの森には及びません。じーじー、ぼーんぼーん、ちこちこかさかさ。なんか眠くなってきちゃったよ。なんか眠く…。

あんまりめざめさせてはくれない。あんまりめざめさせてはくれない(二回言う)。フォトジェニィな森の風景と自然光を多く取り入れた暗くて落ち着いた画作りがめざめさせてくれない。不安と安らぎの狭間を漂うゆらぁりアンビエントな劇伴がめざめさせてくれない。むしろ絶対に眠らせようとしている。
眠っていいんです。さぁ眠りなさい。ぼくはソフィア・コッポラの暗黙のメッセージを夢の中で聴きましたよ。だから90分ちょいの映画なのに35分も寝ちゃったけど画面を見ずして内容を見たと言えるな。戦争ともセックスとも無縁のメルヘンの森とはつまるところ眠りの世界であろうから…。

オリジナルの『白い肌の異常な夜』はストレンジなサスペンスの色合いが濃かったが、ようやく目を覚ましてからの印象だけで言うとこっちはおとぎ話です。
男は狼的な言い回しを体現な北軍負傷兵コリン・ファレルが羊の皮を被ってメルヘン城に潜入(拾われたのだが)。狼だからお城の人たちを平気で食ってしまう。戦争の現実を持ち込んでメルヘンバリアーをぶち割ってしまう。
これはメルヘンの一大事ということでお城の女王さまニコール・キッドマンが知恵を絞って狼を退治しようとするお話なのでー、赤ずきんちゃんとか三匹のこぶたみたいなもの。

おとぎ話といっても安心安全に脱臭漂白された流通版じゃないのでキノコ採集をしていた少女が木の根元で眠りこけていた男性キノコを拾うとかそういう土着的教訓的下世話暗喩あり。
この暗喩がなにを意味するかと言えば答えはひとつしかないな。つまり、毒キノコかもしれないから綺麗だったり面白い見た目をしたキノコを安易に拾って食べたりしてはいけない。

それ以外の解釈はたぶん考えすぎというものですからみんな素直におとぎ話はおとぎ話らしく見たらいいと眠りキノコ食ってあんまり映画見てなかった人はおもうよ。野生キノコには気をつけよう。

とまぁそのような映画であったように思うので一切気を張ることなく締まりのないお話に時折顔をのぞかせる脱力ユーモアでぼけっと笑う感じの鑑賞になった。
お部屋に監禁されたコリン・ファレルが怒り狂う場面とか。野獣みたいなうがうが叫びと一緒にがこんがこーんて物を壊したりぶん投げたりなすごい音が監禁部屋から響き渡るんですけどこれは漫画の音。そんなに壊す物置いてなかったじゃんあの部屋。おもしろいですね。

暴れ狼コリン・ファレルからお城女子を守ろうとするニコール・キッドマンの大袈裟ポーズも笑いどころなんじゃないすかねあれ。バァって両手広げて。守るぞ! っていう感じの。
技だよね。バリアー的な技のポーズ。鷹の目で獲物をねめつけながらのキッドマン・バリアー迫力あったよ。迫力ありすぎたから笑っちゃうんだよ。いや、そういうの狙ってると思うんですよね俺は結構、この映画は…。

欲望のめざめ。まぁ、めざめてはいたかもしれないが、めざめって別に瓜子姫レベルのめざめなんじゃないですか。つい天邪鬼に唆されて玄関開けちゃったっていう、あれと同じ程度のめざめ感。
出てきた瞬間にどういう役回りか分かってしまうので(おとぎ話だからそれでいいのだ)さして面白みのないエル・ファニングはともかく真面目教師のキルステン・ダンストの揺れ動く心情の表現はエロの機微を捉えている感じがして良かったのだけれども基本、あんま性がどうとかエロがどうとか葛藤がどうとかっていうめざめジャンル的なおもしろいところはなかったな。

だから女がどうとか男がどうとかっていうのも全然関係ないな。戦争がどうとかも関係ないし、政治的意味合いとかも別にないっぽいし。箱庭映画っていうか、絵本。絵本だなやっぱ。
ちゃっちいストーリーだなぁって思うけどそういうこと言ってもしょうがないんだよ絵本に。『はらぺこあおむし』のストーリー性の薄さを批判するやつがいたらそいつ単なるバカだよ。
『はらぺこあおむし』があおむしの心情を描けてないとか言うやつがいたとしても単なるバカだよ。だから『ビガイルド』も人間ドラマの部分マジで全然面白くないけどそれでいいんだよ!

見ながら寝ればいいよ。森の子守歌を聴きながらすやすや眠ればいいよ。みんなを安心して寝かせるために呼ばれたニコール・キッドマンだよ。ニコール・キッドマンが守ってくれると思えるから観客もゆりかごの中から出ることなくずっと眠っていられるのである。
それがおそろしいと言えばおそろしい映画なのかもしれないが、おそろしさとして見せることなく無責任にも純粋なおとぎ話に留まろうとするのは結構すごいことなのかもしれないともおもう。
好きか嫌いかと言われたらあんまり好きな映画ではないけれど。

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あのメルヘン城はその後どうなったのだろうと考えながら去来する『痛ましき無関心』はタイトルが既に批判的に機能してしまう。
戦火を逃れて終始濃霧に包まれた森の中の別荘を訪れた人々が延々つまらない会話とラブゲームに興じるだけの映画なのでなんか似ている。ぼやぼやした画作りとか単調な環境音が眠くさせるというのも似ている。
二本立てで寝たい。

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