金持ち大卒仲間で空虚な哲学論議映画『トゥ・ランド』感想文

《推定睡眠時間:0分》

知らない人なのだがこの映画を作ったハル・ハートリーという監督は1990年代ニューヨーク・インディーズの監督だそうでそう言われてみればなるほどたしかにそれっぽさが満載、なにせこれはとってもお金のかからない映画である。まず会話劇だしセット撮影とかはなくずっとアパートの一室とかコンビニとかで撮っている。出てくるのもおそらく無名かそれに近い役者たちのようだしストーリーは他愛なくなにかしらの演出的なチャレンジや大きな仕掛けといえるものは一つもない。実際にそうかどうかはともかくとして、近所の仲の良い人たちを集めてとりあえずカメラを回してみた、みたいな感じである。ケヴィン・スミスの『クラークス』とか観ながら思い出してた。

だがそんなインディーズ精神というのはお金もコネも将来の展望もなさそうな人がやるからこそ輝くものである。はたしてハル・ハートリーなる人物が今どのような生活を送っているかは知らないが映画の主人公はハリウッドでラブコメを撮ってたそこそこ人気の映画監督ということで幾分かはハートリー成分が含まれているんだろう、こいつが弁護士かなんかの勧めで遺言書を作成しようとしたことから噂が噂を呼んで「えっあいつ死ぬの!?」みたいな展開になっていくわけだが、人気のあるハリウッドの映画監督で顧問弁護士みたいなのがいて遺言書をわざわざ作ろうとするぐらいだからお金にはまったく困っていないらしい。

お金に困っていない人間の会話劇ほど世の中に面白くないものはないよな。よな、と自信がなかったので思わず共感を求めてしまったが、少なくとも俺はそう思う。「えっあいつ死ぬの!?」から始まった物語であるからなにやら死とはなんぞや生きるとはなんぞや信仰とはなんぞやみたいな哲学問答がわりと出てくるがどうでもええわいそんなもん。そういう話は食うに事欠いて明日死ぬかもしれない人間が話すから面白いし本気で人に物事を考えさせたりするのである。

おめーその気になればハリウッドでラブコメ撮って億単位で稼げるじゃねぇーかふざけんなよ哲学ぶるなとか思うし、こいつがいわゆる中年の危機というやつでお墓の清掃の仕事を始めようかなぁとか言ってるのもムカつく。自由に仕事を選べる立場の人間が生の実感とかなんとかを求めて清掃の仕事をしようとするとかナメてんのか。しかも清掃の仕事がしたかったらタウンワークに常時無数に掲載されてるんだからやろうと思えば明日から現場に入れるのに、こいつと来たらわざわざ教会の前のお墓の清掃に拘るのである。金持ちのくだらない道楽としか言いようがないだろう。

もしこれがハル・ハートリーが20代のお金のない時に撮った映画とかだったらもっと面白く観られたかもしれない。でもこれは大監督とは言えぬまでもそれなりの地位に収まっているらしいアメリカの中堅監督の撮った映画なのである。ここには何一つ切実なものがない。世界に対する眼差しもない。お金に余裕のあるアメリカの都会の大卒たちがただ気の合う仲間たちと賢い感じの会話をするだけというこの空虚は、メンタルに負担をかけるものが一切存在しないちょっと頭の良いゆるゆるした空気を楽しめるという点で面白がれる人は一定数いるだろうが、残念ながら俺はそちら側には入っていないので、こんなもんは観ても素直に軽くムカつくだけだ。

ただし、ここに描かれる都会のお金のある大卒たちのごくごく狭いコミュニティは昨今よく言われるアメリカの政治分断の片側を意図せずして映し出してしまっているかもしれず、その意味では面白く観られる映画かもしれない。都会のお金のある大卒たちが死とはなんぞや生とはなんぞやとなかなか趣味の良いアパートの一室の中で退屈に論じているその外で、今日も貧乏人はクスリを打って暴力犯罪に手を染めホームレスは寒波で死んでいく。そんなアメリカの歪みが作り手の意図を超えて見えてくる映画であった。

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