マッサージ映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』感想文

《推定睡眠時間:30分》

今週は結構話題作っぽい映画の封切りが重なっててイーストウッドの『クライ・マッチョ』とかリドリー・スコットの『ハウス・オブ・グッチ』とか、それと比べると地味かもしれないですけど上田慎一郎の『ポプラン』とかトーマス・マッカーシーの『スティルウォーター』とかそういうのが色々あったんですけど、今日仕事帰りに何映画観ようかなーって考えてたら自然と足は『コンフィデンスマンJP 英雄編』に向かったね。

楽しみにしていたわけでは全然ない。むしろ前作を観に行ったときはまだ続くのかよとムカついたし『英雄編』でもまだ完全に終わりではなく場合によっては続きそうな気配を出しているところに軽くムカついているが、でも金曜夜に仕事で疲れた足と頭が望むのはこれなんだよな。だって考えなくていいじゃん『コンフィデンスマンJP』。よく日本映画のこれダメポイントっつって説明台詞とか感情の吐露とかが揶揄されたりするじゃないですか。あれね金曜夜はちょうどいい。土曜の昼に観たらバカじゃねぇのって思うけど金曜夜はちょうどいいよだって疲れてるから絶対寝るもん金曜夜の映画とか。『英雄編』映像でも台詞でも繰り返し何が起こったか説明してくれるからあれ寝てる間にどうなったんだろうっていちいち考えることがなくて助かったよ。

最近こういうことをよく考えるんですけど、「メディアはメッセージである」っていうメディア思想家マーシャル・マクルーハンのテーゼが誤植で「メディアはマッサージである」になっちゃって、それをマクルーハンが大いに気に入ってそのままの書題でコラージュフォトエッセイみたいの出したってエピソードがあるじゃないですか。今の観客が映画に求めてるのってマッサージだと思うんですよね。カタくなった脳みそをほぐしてくれて、夾雑物で溢れた心を掃除してくれて、バラバラになった感情をまたひとつに修復してくれて、「ととのう」という言葉もあるが、映画館を出たら心身ともにスッキリとできるような映画に観客は満足感を覚えて、そうじゃない映画はあれこれ理屈はつけるけれども結局のところはそうじゃないっていう理由で嫌われる。

『コンフィデンスマンJP』みたいなテレビドラマ映画はその過剰なテレビドラマっぽさが映画好き(と俺)からは叩かれるが、映画に癒やしを求める世の大半の観客にとってはそんなものマイナスポイントではなくて、むしろ逆に見慣れたものは安心感を与えてくれるわけだから、癒やし効果的にプラス要素でさえある。これキャパ500ぐらいの劇場で金曜最終回に8割ぐらい席埋まってたからな~。俺も疲れてるしみんなも疲れてる。疲れてるからこういう楽な映画が観たい。どいつもこいつも癒やされたいのよ、映画に。あれなんか理解示してる風に書いてたけど今ちょっと毒出たね!?

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そういうわけで内容的にはとくに書くことがないっていうか箸にも棒にもかからないいつものテレビスタア顔見せバラエティ映画っていうかな感じですがあくまでも映像マッサージとして観るなら確かにこれはドラマに加えて映画版も三作まで続いてキャパ500ぐらいの劇場で金曜最終回に8割ぐらい席が埋まるだけのことはあるなとか思ったりはした。まず明るい。陽光いっぱい。海外ロケの映像きれい。バカじゃねぇかと自分で書いていて思わず文句を言いそうになってしまったがマッサージですからこれは! 俺は行かないから知らないけれどもあれだろマッサージ店とか行くとたぶん壁とかに南国の海岸の写真とか絵とかかかってるだろたぶん! それと同じだよ! 『ただ悪より救いたまえ』で殺しに疲れたファン・ジョンミンだって居酒屋の壁にかかってる浜辺の写真に癒やされてたでしょうがうんそれは関係ないですねでも心情的には同じです!

それからどんでん返しの連続ね! 『コンフィデンスマンJP』といえば伏線もクソもない「○○かと思ったら××でした! と思ったら本当は△△でした! と見せかけつつ実は□□」以下エンドレスのどんでん返し! これもそうだなぁ大人の俺の頭はバカじゃねぇかもうちょっと気の利いた知的な仕掛けができねぇのかとまた文句を言っているけれどもだからマッサージなの! いいですか!? 俺は行ったことがないからわからないけれどもマッサージというのは押したり引いたり早くしたり遅くしたり叩いたり転がしたり…それはマッサージの描写として正しいのか!? まぁそれはともかくとして、『コンフィデンスマンJP』のどんでん返しって観客を本当に驚かせるためにあるんじゃなくて観客をリラックスさせるためのゆるい刺激なんですよ。マッサージで言ったらツボをぐいと押すやつって感じで。

なんか最近インターネットの頭の悪いオタクとかがやたら「伏線」っていうのを重視するじゃないですか。これは伏線ですねデュフフ的な。バカだよな伏線って観客にわかる伏線なんて伏線として失敗なんだからそんなもん伏線じゃないのにな。でもそれはバカなオタクたちが「伏線」に求めているものが思うに本当は伏線じゃないからで、こいつらも『コンフィデンスマンJP』的なツボ押しを求めてるんじゃないだろうか。マッサージ師がツボを押す時に「ちょっと痛いですよ」って言うのがこいつらにとっての「伏線」で、それを聞くと少しの痛みとその後の開放感をマッサージを受ける側は期待する。だから伏線でもなんでもないものを指して「伏線回収してないドン!」とか怒るどうしようもないオタクとかはまだ期待した刺激が来てなくて気持ちよくなれてないって言ってるわけですよあれは。

と急に変な方向に伏線もなく話が逸れましたがまぁだからね、いいんじゃねぇの! 映画っていうかマッサージですからこれは! マッサージ受けに行ってマッサージ師が小難しい哲学の話とか始めたらハァってなるでしょ! そりゃ大学の授業とかならそういう脳負荷の大きい話も面白いって思えるさ。でもマッサージを受けてる時はヒーリングミュージックとか陽光の降り注ぐ海外の観光地の風景に浸っていたいじゃない! ダー子とかボクちゃんとかいい大人が観る映画のネーミングとは思えないけどそのセンスを受け入れて童心に帰れば癒やし効果も上がるじゃない! 長澤まさみの顔面アップと安いコスプレがやたら出てくる映画だがそこまでの美人とは俺には思えない長澤まさみの顔面アップとコスプレの何がイイんだよと言えばたとえばこれが冨永愛みたいなガチのモデル美人だったらと想像してみればいいわけで冨永愛の顔面アップとコスプレショーだったら見惚れてしまってリラックスできないじゃない! 冨永愛さん大好き!

でも、こういう映画はあくまでもマッサージっていう認識はもっと世の中にあってもいいよな。『コンフィデンスマンJP』シリーズはマッサージとして気持ちよさがあるけど、映画として面白いわけではないんだよ。

【ママー!これ買ってー!】


Ai 愛なんて 大っ嫌い

見よこの冨永愛自伝のタイトルと表紙写真の迫力を! マッサージ感ゼロ! むしろマッサージを期待する甘ったれた連中どもを眼力だけでビンタして立たせる勢いだ! 邦画がマッサージ映画だらけになってしまうと冨永愛さんの居場所がなくなってしまうので冨永愛さんにビンタされたい人たちはマッサージ映画を批判すべきなのだ! 何の話!?

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