本当はコワイ『クライ・マッチョ』感想文

《推定睡眠時間:20分》

テキサスだかの牧場主っぽい男からメキシコで作った息子の誘拐的奪取を頼まれたイーストウッドが何の仕事をしているのかえらいでけぇ邸宅に住む件のメキシコの母親に会いに行くと「知ったことか! あの子は怪物なんだ!」と吐き捨てるように言われていたのでそりゃあいったいどんなおそろしい…と思っていたらその後イーストウッドが闘鶏場で発見した誘拐的奪取ターゲットの息子、怪物どころかなんというかぽってりとした感じのどちらかと言えば素直でかわいらしい男の子で肩すかしを食らうのだった。

というか、映画全体が肩すかしである。イーストウッド信者というわけではないし前作の『運び屋』も軽妙洒脱なB級ヒューマンドラマで巨匠云々の映画ではなかったのでこれもそんな大したことはないだろうとは思っていたが大したことのなさが予想をちょっとだけ超えてきた。見せ場がないというか。むしろあえて見せ場をスルーしているようにも見えて、それは『運び屋』もそうだったのだが、こちら『クライ・マッチョ』の方は『運び屋』にあったスカしハズしの面白さもないのでかなり虚無い。映像とか演技への執着もほとんど感じられない。

そういえばこれイーストウッドの新作なのに批評家絶賛的な声は全然聞こえてこなかったなぁ。聞こえてこないのにはそれなりに理由があったんですねぇ…で片付けてしまってもまぁいいのだが、でもこの平板で深みのない作り、絵本みたいでちょっと面白かったよな。だってこれマッチョっていうのはイーストウッドがアメリカへ連れて行くメキシコ少年の飼ってる闘鶏の名前なんですけど、銃を持った悪党が襲ってくるとかピンチになるとこいつがコケーっと飛んできて悪党をやっつけるんだよ、それも二回も。ある? そんなこと現実に…。

でメキシコの母親っていうのも変なキャラで、少年は母親が男を取っ替え引っ替えしてることにめちゃくちゃ嫌悪感を抱いてるんですけど、このメキシコの母親の性欲ときたら凄まじくなんと御年91歳のイーストウッドをベッドに誘う! しかもイーストウッドが誘いを軽く断ると貴様よくもこの私に恥をかかせたなとめっちゃ怒って部下をけしかける! ないでしょこれも現実に、現代劇で。ファンタジーですよ。時代設定が数十年前とはいえイーストウッドが「わしゃあ昔はカウボーイでのう…」と過去を語り出すとメキシコ少年がキラッキラと目を輝かせてじゃあ行く行くぼくアメリカ行くカウボーイになる! って態度を豹変させるとかさ。

そうやって見ると面白いけど怖いんだよな。なんか、あの不思議な造形の少年にイーストウッドの子供時代が投影されてるみたいな気がしてくるじゃないですか。メキシコの母親にはイーストウッド自身の母親に対する畏怖が反映されてるみたいじゃないですか。闘鶏場に警察の手入れが入ってもその場に居合わせたイーストウッドは箱の影に隠れるだけでなぜか誰にも見つからず、メキシコ少年も同じようにして別の箱の影で難を逃れる。どこかハリボテめいたその円形の闘鶏場は俳優としてのイーストウッドの代表作の一つ『続・夕陽のガンマン』に登場する決闘場・サッドヒルの縮小版のようにも見える。

ステーションワゴンと併走する馬の群れとか表面的には牧歌的で美しいシーンもあるけど、その下に透けて見れる黒々としたものが観客の映画への没入を拒む。だって考えてごらんなさいな、あのメキシコ少年をイーストウッド自身が考えるヤングイーストウッドだとすると、あいつイーストウッドを「お前にレイプされたって警察に言うぞ!」って脅すんだよ。そこにはイーストウッドのいったい何が反映されているのだろう。黄金色の大地を疾走する馬の群れは果たして現実の光景か?

考えているうちになんだかどんどん怖くなってくるじゃあないですか。これを寓話とするならリアルに三途の川の見えてきたイーストウッドがこの世とあの世の境界としてのアメリカ/メキシコ国境を越えて黄泉の国に行ってさ、そこでイザナミみたいに怪物化した母親からかつての自分を奪還してアメリカの父親に渡すっていう…奪還するのがイーストウッドなら奪還されるのもイーストウッドだからイーストウッドがイーストウッドを作ってイーストウッドの円環が閉じるっていう、そういう映画なんじゃないかこれは。

『クライ・マッチョ』とか言うからあのイーストウッドがマッチョを捨てるの…? って観る前は思ってましたけど、だから、マッチョ否定ではないんだよな。男を誘惑して骨抜きにする怪物としての女を拒絶してそこから自分の分身としての男子を奪い取って男親に託す展開はむしろ、男たちのファンタジーの中でマチズモを守り抜こうとしているように見える。かつてのイーストウッド映画を特徴付ける要素だった女嫌悪とマゾヒズムは最近の映画では影を潜めていたが、それが老境に差し掛かって寓話の形で、寓話だからこそむしろ以前よりも鋭くストレートに噴出したとも言える。

マゾヒズムはともかく女嫌悪の作風が今のハリウッドで高い評価を得るとは思えない。「新しい血が必要だ」と映画の中で老いを理由にカウボーイを解雇されるイーストウッドの姿には現代ハリウッドへの怨嗟も滲んで、これをメキシコの新しい血と装って自分の小さな分身をアメリカに流し込む物語と捉えれば、『クライ・マッチョ』は今のハリウッドを自分の居場所とは感じられないイーストウッドの密かな復讐劇であり、幽霊映画であり、呪いがけでもあるのかもしれない…ドゥーン!(奇跡体験アンビリバボーなどのオカルト番組で心霊写真に写った幽霊がアップになったときの効果音)

【ママー!これ買ってー!】


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本当は怖い男の映画といえばこれ。

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