スマホを捨てよ旅に出よう映画『TOURISM』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

海外旅行には一度も行ったことがないし国内旅行も数えるほどしか行ったことがない。とにかくお金がない。月々の収支がマイナス。プライマリーバランス完全崩壊。従ってチャレンジングな自己投資に手が出せず目下のところ生存のための緊縮財政路線を爆走中。そうこうしているうちにも歳を取り検査だなんだで医療費が増えていく。企まずして日本という国を体現している。

そんなミスター貧困ジャパンにとって都内の銭湯巡りはささやかな旅行の代替物。いいよね銭湯。虫の息と思われた公衆浴場市場は経営者の代替わりとそれに伴うデザイナーズ銭湯化や海外からの観光客への積極的アピールでにわかに活況を呈しており、その流れに乗れない昔ながらの銭湯はここいらが暖簾の下ろし時と言わんばかりに閉店が相次いで寂しい思いもあるが、とはいえ手軽に観光気分を味わえるという意味では昨今流行しているデザイナーズ銭湯の方が…というのも正直なところではある。

さて渋谷-恵比寿のちょうど真ん中ぐらいにある改良湯といえば日用銭湯の最高峰。湯船の種類こそ少ないがカランの一つ一つにタオルとか洗顔クリームを置ける台が付いていて隣のカランともそこそこ距離があるので身体を洗いやすい、壁で仕切られた立ちシャワーは三台設置の豪華さで日用銭湯によくあるシャワー待ちの時間皆無、サウナあり水風呂ありもポイントも高いがゆったりとした脱衣所には洗濯機が二台、お風呂に入りながら服まで洗えるという隙の無さ。

なにがすごいってこの改良湯、ちゃんと小綺麗なコインランドリーも別に併設してるんである。にも関わらず利用者の利便性向上のために脱衣所に洗濯機を置いてしまう余裕っぷりに資産家のノブレス・オブリージュを見る。某えもんとか某MZは見習ってほしい。
だが驚いたのは、先日ここを訪れてみるといつの間にか完全リニューアルを敢行、間取りも一新して俺の知ってるあの改良湯の面影など探す方が難しいデザイナーズ銭湯に化けていたことだった。むろん、脱衣所に洗濯機などない。

まるでリゾートだ…南青山の清水湯も似たような銭湯設計だからまぁなんかデザイナーとか同じで、清水湯の活況を受けて(ここはとにかくいつ行っても芋洗いで落ち着けない)、来年オリンピックもあるし渋谷-恵比寿もますます訪日外国人増えるからってんでリニューアルに踏み切ったんでしょうね。
どうせ金なら湯水の如く注ぎ込める。新しくデザインしたロゴ入りのオリジナルTシャツまで新設のカウンターで売っちゃってもうなんだか、悲しいような、嬉しいような、悲しいような…いや嬉しいけどね! やはり改良してこそ改良湯! その名に恥じない超絶大改良っぷりに俺は…大丈夫これ『TOURISM』の感想です。ここから『TOURISM』の感想になります。

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それでその新生改良湯に浸かってたら学生二人が湯船のへりに腰掛けてダラ湯しながら話してる。なんでもその片方がヨーロッパ周遊とアメリカ横断? 旅行に行くらしい。海外旅行はおろか飛行機にも乗ったことがないので相場がわからないがその学生が言うには80万ぐらいかかる。「30万はバイトして貯める」「残りは?」「50万は親父に前借りする」

…銭湯ごときで旅行気分を味わっている人間の前でなんてことを言ってくれるんだ君たちは。さすが渋谷・恵比寿・青山・代官山の中心に位置するデザイナーズ銭湯は客層が違う。脱衣所でヤクザが相撲評論をやっていたり認知症でかつ耳の遠いジジィが誰彼構わず同じ話を振っていたりするような銭湯とは違う。改良湯の立ちシャワーには決してウンコは落ちてないだろう。前にあったんですよ近所の日用銭湯に生ウンコが落ちて…いいから『TOURISM』の話をしろ。

金満学生の無邪気な金持ち自慢にやるせない思いを抱えつつだったら庶民は映画で旅行だということで風呂上がりに渋谷ユーロスペースに直行、というのは『TOURISM』を観た経緯としてはぶっちゃけ嘘なのであるが(金満学生は嘘じゃない)リュミエール兄弟の昔から映画と旅行は切り離せないのでつい話を作ってしまう。

リュミエール兄弟は世界各地にカメラマンを派遣して紀行映画を撮らせたが、映画黎明期には窓の外がスクリーンになった客車型のシアターなんていうゲテモノも登場しており、ある意味これは4DX等のアトラクション型シアターの先駆け。映画は今も昔も庶民の簡便な旅行装置なのである。

それにしてもこの映画のポスター、キマっている。キマったおねえさん二人がカメラにガンくれているし英語ばっかりだし一番上には「A DAISUKE MIYAZAKI JOINT」の文字。それスパイク・リーとかが使う表記だろう。
こんなものはバッキバキにキマった映画にキマっている。そう思っていました観るまでは。観たらそうですね、『ピューと吹く! ジャガー』み、あったな。そんな映画だったの! シネフィルっぽい人たちがなんか難しいことを語っているしポスターがバッキバキだから色んな意味でこわい映画かなぁと思って後回しにして損したよ。

『TOURISM』はたのしいえいが。それこそお風呂上がりにピュ~っとタオル片手に観に行ったらよろしい。ピュ~っと行けるほど上映してないすけどねメイン上映館っぽいユーロスペースでもレイト1回とかだったから。

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なんかこういうお話でした。ニーナとスーという20台超前半ぐらいの地方暮らしの女の人ふたりぐみがいる。平和そうな男の人とルームシェアしてそれなりに良い感じの現代生活。少なくとも生活に追われて血を吐く感じではない。ぼくこないだ2回下血したのでマジやべぇと思って病院で大腸カメラ入れてもらいましたが何も問題見られないのでストレスですねって言われました。ニーさんスーさんはそういうのとは無縁です。若さがほしい。

だが生活に追われて血を吐く感じでは確かにないが毎日が超たのしいかというとわりと微妙。こんな感じで漫然と朽ちていくのかなぁ、みたいな不安があるかどうかは知らないが、いつもどこか表情の曇ったニーさんスーさんであった。
とそこにチャンス到来。どういうアレかは不明だがニーさん世界中どこでも行けるスペシャルなペア旅行券に当選してしまった。ペアなので同居人のTSUTAYAとBOOKOFFのダブルワーカー男は行けないがまぁこいつはいいだろう、本人も俺はいいから行ってきなって言ってるし。元十年選手TSUTAYAアルバイターとしてはなにかこみ上げてくるものがあるがニーさんスーさんの知ったことではない。

というわけでニーさんスーさんシンガポールに到着。はじめてのシンガポール! はじめてのウーバー! はじめてのマーライオン! はじめてのイオンみたいなショッピングモール! はじめてのシンガポール旅行はぶっちゃけ微妙であった。
とりあえず留守番してるTSUTAYAとBOOKOFFの人にお土産を買ってやろうとするふたり。早くない? でもこういう時に買っとかないと忘れるし。
なんてことをマーケットで話していると突然、スーさん消失。これは困ったニーさん英語ができないし現地の言葉もわからない。とりあえずスマホで連絡をとポッケに手を突っ込んで気付いてしまう衝撃の事実。スマホが…ない。

たったひとり異国の地に放り出されてしまったニーさんは迷子になりながらホテルを目指す。果たしてニーさんはホテルに帰ることができるだろうか。スーさんとは再会できるだろうか。スマホは無事帰ってくるだろうか。TSUTAYAとBOOKOFFの人はお土産を手にすることが出来ただろうか。そこは描かれていなかったが俺の経験則から言うとあのふたり絶対にお土産を忘れてるしなんならTSUTAYAとBOOKOFFの人の存在自体をちょっと忘れてる。

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『TOURISM』なんてタイトルなんだから旅行の映画と思いきや旅行の映画には違いないが旅行に行く前の日常パートがもう面白い。なんだか日常系ギャグ漫画の世界。こんな場面なんて大笑いだ。
ペア旅行券が当たったのでさっそく世界地図を壁に広げてどこに行こうか会議を開くニーさんスーさん。場所はグーグルルーレット(ぐるぐるルーレット?)で決めよう。スマホを覗いたままぐるんとベッドを寝転がるスーさん。出ました○○です。「え、どこ?」「うーん」

○○がどこだったのか忘れてしまったがアンゴラとかだっただろうか。すかさず横で本を読んでいたTSUTAYAとBOOKOFFの人が口を挟む。あ、そこはね、危ないよ紛争中だから。ずっと紛争やってるのよ。もうね、行ったら帰ってこれないよ。「えー、やばいじゃん」「じゃやめよ」
スマホを覗いたまま再びぐるんとベッドを寝転がるスーさん。出ましたホンジュラスです。「ホンジュラスは…南米っぽいな」「あ、いいじゃん南米」
なんとなく決定ムードになりかけたところでチラッチラッとふたりを見ながら横で本を読んでいたTSUTAYAとBOOKOFFの人が口を挟む。あ、そこはね、危ないよ殺人発生件数世界一位。もうね、行ったら帰ってこれないよ。「えー、やばいじゃん」「じゃやめよ」

なにこれ。超ウケる。『ピューと吹く! ジャガー』の旅行に行かない旅行回じゃん。ハブられたハマーさんじゃんTSUTAYAとBOOKOFFの人。映画の半分くらいこういうノリだからそれは笑ってしまいます。
残り半分はもう少し真面目で、それは俺が改良後の改良湯の湯船に浸かりながら改良前の改良湯について考えていたこととちょっとだけリンクしていたように思う。グローバル標準化されることで消えていく土地の記憶。観光地化されることで失われていく旅の経験。改良された改良湯はリゾートになったが、地域の中で商う日用銭湯だった頃の改良湯の方にむしろ旅情を感じたのは、知らない人間の生活世界に局外者として単身入って行くことこそ旅だからだ。

『TOURISM』はそのような失われゆく土地の記憶と旅の経験を取り戻そうとした映画だったように思う。というか、失われたように見えて、旅立とうと思えばいつでも旅立てることをゆるりと示した映画だったのかもしれない。
団地の間を高架鉄道が駆け抜けるシンガポールの風景は荒川・足立の沿線風景と見分けが付かない。けれどもそこにスマホの電源を切って迷い込んでみればそれぞれに独特な見たこともないような無数の人間と生活が、他者の(あるいは幽霊の)世界と旅があるに違いない。安部公房の如しだ。

登場人物にインタビューしていったりするメタフィクショナルな手法はスパイク・リーの影響っぽくもあるが、その越境性と日常性の混淆や即興志向からすると羽仁進の『午前中の時間割り』を思い起こさせたりもする。アート系AV作家の抜けないタイプのドキュメントAVみたいなところもなくはない。ジャガーさんと羽仁進と作家系ドキュメントAV。変な映画である。変で面白いかった。

付記:
あと良かったところは市街地を走行中の車を背後からだらーっと追うんですカメラが、何度か。それがなんかすげぇ良かったなぁ。交通は都市の生命活動。そこから生の人間よりも生き生きとした人間の生活が見えてくるようでなんだかしみじみ。ちょっとジャック・タチの世界観っぽいし。

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映画出演はこれ一本のみのアナーキー素人少女・国木田アコの魅力がすごい。

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