怪獣!破壊!死屍累々!映画『ゴジラ-0.0』感想文

《推定睡眠時間:20分》

『アトランティス=ムーの系譜学』という本を読んでいたとき、そこに掲載されている一枚の写真を見て「ゴジラだ!」と思った。その写真というのは東京湾南方に位置する海底火山・明神礁の噴火写真で、NHKが当時のニュースのアーカイブ映像を配信しているのでぜひを見て欲しいのだが(https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0026010071_00000)、明神礁は1952年9月に噴火、その規模はこの本に載っている取材記者の言によれば原爆雲を思わせるキノコ雲が高さ6000メートルにも達したほどだといい、噴火によって短期間のあいだ形成された新島からは無数の火山弾が飛び出した。海面に突然現れては巨大な噴煙と共に無数の火山弾を吐き出し、調査に向かった第五海洋丸と乗員31人をおそらくは巻き込んで(第五海洋丸はそのまま消息を絶った)そしてまた海の底へと沈んでいった明神礁はまさしくゴジラではないか。事実、1954年公開の初代『ゴジラ』にはまるで明神礁のようだ、という台詞があるというし、今見ても衝撃的な明神礁の噴火映像はさぞや当時の人々をびっくり仰天させたに違いなく、この明神礁こそが『ゴジラ』の着想源の少なくとも一つになったのはおそらく間違いないだろう。

こういうことを書いた方がいいような気がしたのは『ゴジラ-0.0』がインターネットで「反戦・反核映画」だとして称賛を集めている映画だからであった。ゴジラという存在を核のメタファーとして捉える批評は長い間されてきたし、いやあれは太平洋戦争の犠牲者の象徴なんだとか、ゴジラは皇居を避けているから云々とか、ゴジラを政治と結びつけて論じる言説の積み重ねを思えば、ゴジラ映画の新作を反戦・反核映画として評価するのは当然だろう。んがしかし、初代『ゴジラ』はさまざまなレイヤーのある映画だとしても、上に書いたように明神礁噴火という政治とは無縁の自然現象がその着想源のおそらくは一つであった。そうだとすればゴジラを政治的に解釈することは間違いとまでは言えないとしても、偏った見方ではあるだろう。

とかくわれわれは映画に自分の思想を勝手に押しつけがちである。自分はこう考えているのだから映画の作り手も当然そう考えているはずだなどと思い込んでしまうのだ。もしかしたら初代『ゴジラ』は花火のような映画だったのかもしれない。太平洋戦争の記憶を背景にしつつも、そこには何かしらの強い政治的意図などはなく、ゴジラが(明神礁のように)海からぬっと現れたら怖くて面白いとか、どかーんがちゃーんというデカい音と一緒に街が破壊されたら派手で面白いとか、それぐらいの気持ちで作られた娯楽映画だったのかもしれない。俺はゴジラ研究者では全然ないのでそのへんの判断は研究者の人に譲るが、ともあれ、ここには教訓がある。自分の目にそのように見える時に、映画の作り手は必ずしも「そのように作っている」わけではないかもしれない、のである。

ということで『ゴジラ-0.0』ですが冒頭からいきなりギドラ出現で松本の街崩壊、この時点で既に前作『ゴジラ-0.1』より好きである。だって怪獣は街を破壊してナンボだろう。もちろん世の中には着ぐるみサイズの平和な怪獣とかもいるわけだが、ゴジラシリーズの場合はやはり破壊、破壊、破壊するのが怪獣である。冒頭の時点で目に見える死傷者は数十人、その後もキングギドラ(ギドラが変身したのだ)が列島を蹂躙し街を壊し人を殺め、更には回想シーンで前作のゴジラ上陸の際の死屍累々、広島での原爆投下直後の死屍累々まで出てきて、今回は血と腐臭にまみれたブルータルな破壊編だ。前作がアメリカで公開された時に監督の山崎貴がスピルバーグに褒められたみたいな記事を読んだような気がするが、スピルバーグは残酷戦争映画の超大作『プライベート・ライアン』を撮り上げたハリウッドの元祖破壊王であるから、破壊王スピルバーグのお褒めにドンと背中を押された山崎貴が過剰なほど発奮してしまった結果がこの映画なのかもしれない。破壊王に、オレはなる!

さて破壊に次ぐ破壊の跡に待ち構えるのはキングギドラのご生誕である。ペンデレツキを思わせるサイレン風のキングギドラのテーマ曲は鳥肌もの(音楽:佐藤直紀)、そのキングギドラのテーマ曲が流れる中でのキングギドラ爆誕~ゴジラ復活までの流れは世界の終末を予感させてかなりサイコー度が高かった。ところがこのへん山崎貴の映画ということなのかもしれないが、キングギドラが日本中を飛び回り日本近海にはゴジラがうろついているという絶体絶命状況にもかかわらずその緊迫ムードが今一つ伝わってこないし、なんか一気に破壊祭りのトーンが落ちて凡庸な人間ドラマがダラダラと始まってしまった。

俺は怪獣過激派ではないので怪獣映画に人間ドラマはいらないとか全然思わないのだが、つまらない人間ドラマなら無理に入れない方が映画としては良いんじゃないかと思う。つまんないというか、個々のドラマは別につまんないわけではないんである。前作から続投の特攻崩れ敷島とゴジラ細胞を事故的に取り込んでしまったその妻、広島で被爆したことからアメリカに密かな憎悪を抱くようになったマッド博士、なんかいろいろあったらしいけど寝てたしよくわからん気鋭の気象学者、とかが人間ドラマパートの主要登場人物なのだが、これはその一つ一つを掘り下げればそれだけで充分一本の映画になるだろうと思わせるものである。逆に言えば、一本の映画にこれこれの登場人物を詰め込んだら、個々のドラマはどうしてもかなり薄味になってしまうだろう。この映画の人間ドラマの面白くなさは本来であればもっと一人一人ガッツリ掘り下げるべきところを、映画の尺にはめ込むために表面をなぞるだけでヨシとしてしまったことによるものではないだろうか。

これはこの映画というよりも山崎貴という映画監督がそういう風にしか脚本を書けないということなのかもしれない。カルト的な人気のある『ジュブナイル』なんかも俺はダメな映画だと思ってて、その理由というのが色んな面白い要素をちょっとずつつまみ食いしていたからだった。色んな面白いものを取捨選択せず片っ端から映画に入れたら全部薄味になってどこにも見所がなくなっちゃった。『ゴジラ-0.0』の場合は怪獣による破壊のスペクタクルという明白にして圧倒的な見せ場があるので『ジュブナイル』のようにつまらないわけではないけれども、映画の中で何を見せて何を見せないのか、という取捨選択の出来ていなさは『ジュブナイル』の頃からあんまり変わっていないのかもしれない。

俺だったら敷島はリストラするか出してもほんの端役にして人間ドラマは新キャラ二人に任せたいけどな。ゴジラやキングギドラと表面的には戦いつつも凄惨な被爆体験から心の底ではゴジラと共鳴し、ゴジラの放射能光線でニューヨークが壊滅する光景を夢想するマッド博士というキャラクターは、演じる田中泯の好演もあり(舞踏的な仕草が印象的)数多くの登場人物の一人として処理してしまうにはあまりにも勿体ない。それに比べればこちらも新キャラの気象学者(演じるは長澤まさみ)は背負っているものがほとんど何もないくらいに軽いけれども、軽いからこそ戦後の解放的な空気を感じさせてトラウマ的な戦争体験から脱せないマッド博士とは好対照を成すだろう。アメリカに対する復讐心からゴジラという巨大な力と危うく融合してしまいそうになるマッド博士をもう戦争は終わったんだ! 空を見ろ! もうB-29なんか飛んでいやしない……などと気象学舎が言葉でぶん殴る。そして二人は協力してゴジラ&キングギドラ討伐に赴くのである。こんな人間ドラマだったらかなり面白かったんじゃないかと思うのだが。

とまぁそんなわけで、破壊力の高さでは歴代随一だからとても面白いゴジラ映画ではあったのだけれども、観終わって思うのはおもしれー! よりももったいねー! なのであった。もったいねー! 専業の脚本家雇ってもっとしっかりシナリオを練ってたら怪獣映画至上の傑作になってたかもしれないのに! 映画を監督する才能と脚本を書く才能は共通するところはあってもやはり別だろう。近年のゴジラ映画では監督が脚本も担当することが多いような気がするが、監督が自由裁量でなんでも自分一人の思うとおりにやってしまうことは、必ずしも良い結果に繋がるとは限らない。平成ガメラ三部作が当時の怪獣映画のたぶん最高峰に達することができたのも、脚本と監督(と特技監督)をしっかり分業していたからなんじゃないだろうか?

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2 Comments
匿名さん
匿名さん
2026年11月7日 11:22 AM

怪獣パートは全体的に良く(結構無理くりな設定や展開はありつつも)、人間ドラマのパートで良かったのは、広島の惨状をリアルに描いたこと(黒焦げの遺体とか)と、復讐のためにゴジラをアメリカに上陸させようと夢想するシーン(田中泯の狂気的な顔にはゾッとしました)だと思いました。それ以外は長くてつまらないところが多かったですね・・・。前半のナルカミ作戦の志願パイロット2人にキャラクターつけたわりにはあっさり戦死して後半の展開には関係ないし。個人的に一番イヤだったのはラストの家族3人の部分で(「三丁目の夕日」感がすごい)、あんなに興ざめしてエンドロールを迎えるとは思いませんでした・・・。

ysk
ysk
2026年11月7日 11:45 AM

たしかに「怪獣は迫力あるのに勿体ない」が一番しっくり来ます。
色々詰め込みすぎ、一つ一つ丁寧に説明しすぎ、敷島が作戦に協力的じゃないからモタモタした展開が続くし、最後もしまりのなさを感じますね…

マイナスワン後に失業した敷島一家が松本に引っ越すも新天地でまたも怪獣に巻き込まれ、ひょんなことからマッド博士と合流するぐらいまとめちゃえばいいのにと思いました。

もし監督と脚本を分業できるなら推したい脚本家はいますか?(いろいろ観てみたいので)