『SPL 狼たちの処刑台』の感想(危険なネタバレあり注意)

《推定睡眠時間:0分》

なにはなくともトニー・ジャー、殉職! っていうインパクトですよ。あれはびっくりしたよなまぁなんとかして奇跡的に生還すんだろうって思うものトニー・ジャー。『マッハ参』のエンディングで「みんなが応援すれば彼はきっと帰ってくるだろう…」みたいなテロップさえ出ていたトニー・ジャーだもの。客入り次第で蘇んのかよっていうぐらいのトニー・ジャーが死ぬわけないだろ物語の中途でって思うもの。

あの悪役の臓器密売組織の人(クリス・コリンズ)と平警官のトニー・ジャーがアパートの屋上で闘う場面めっちゃ住人の子どもたちトニー・ジャー応援してたしな。
人が悪い演出だよーこれはー。タイの観客と世界中のジャーファンに向けてさぁみなさまお待ちかねトニー・ジャーの悪人ミンチでございます的なそんな盛り上げ方をしておいてだな、しておいてその直後に殺すこの仕打ち。

しかも落下死するときに『プロジェクトA』的に電線にちょっと引っかかったり布張りの屋根でちょっと跳ね返ったりしてジラすからあぁこれは地面に落ちるけど四肢不随とかで実は生き残って観客的にはその後出てこないからジャー死んだと思ってるけどエピローグの病院シーンとかで再登場してサプライズ生存確認、人間の強さは身体の強さで決まるんじゃない心の強さで決まるんだみたいな徳の高い説教を心身ともにボロボロになって生き残った誰かにしてやってトニー・ジャーに華を持たせつつ爽やかに終わるパターンだろうなって思ったら普通に死んでたからな。

いやびっくりしたわ。トニー・ジャー高いところから落ちたら死ぬんだっていう…いや普通死ぬと思うんですけど今までのトニー・ジャーは高いところから落ちても基本的に死ななかったと思うから、あぁそういうことあるんだって…。
『エグゼクティブ・デシジョン』をリアタイで映画館もしくは木曜洋画劇場体験した人もこういう感じだったんだろうな。人間は高いところから落ちたら死ぬっていう自然の摂理を見せて客を驚かすとかどういう映画だよって感じですが。

あと衝撃といえば舞台タイですけどアメリカンポリス系のトニー・ジャーっていうのもかなり意表を突かれましたね。ティアドロップのサングラスかけて陽気なジョークを飛ばすトニー・ジャーなどというペルソナが映画の世界に存在したのか。
だいたい前作にあたる『ドラゴン×マッハ』のあのドン底ジャーを引きずって見てるからなこっちは。そんなのもう嘘だろってなるよ。あと平警官なのに謎のスピリチュアルパワーを持っている(なんなんだ)

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このなんかこう軽いんだか重いんだかわからないような、明らかに事態は深刻なんだけれどもでもトニー・ジャーの出てくる場面全般とかその他諸々の細部になんか変な捻りと遊び心があってどよーんと沈んだ感じにならないっていうのはおもしろいところだった。

監督が劇画ノワール派のソイ・チェンから1作目の(そして『イップ・マン』オリジナル・シリーズの、『香港ゾンビ』の)娯楽派ウィルソン・イップに戻った影響だろうな。
お話的にはハードコアな2作目寄りも映像から受ける印象は1作目寄りっていうハイブリットの観。ようするに鑑賞中のこころの負担が前作に比して多少軽減された(その負担を感じたくもあったけれど)

あとやっぱアクション監督サモ・ハンですよね。どっちも一度しか見てないから偉そうに言えないがー、前作前々作は肉体をクローズアップして信じられないその躍動で魅せるっていう体技メインのリアル系(系もなにもリアルに身体能力がすごいわけですが)アクション路線だったじゃないですか。

でも今回はちょっと毛色が違うくて、たとえカンフーじゃないクンフーだとマニア諸兄に咎められたとしてもあくまでカンフーの表記を貫きたい感じの、アクションの場と場に関係する小道具をフルに活かして立体的に構成されたこれが香港カンフー映画だよなみたいな感じの、そういう様式美に溢れた遊戯性の高いアクションで攻めてきたんですよサモ・ハンとウィルソン・イップの『イップ・マン』コンビは。

愉快で賑やかな王道的香港アクションが善人も悪人も片っ端から志半ばで死んでいくノワール譚の悲惨を中和するんで俺みたいなお子様でもわくわく楽しく見れる『SPL3』だったわけですが、でもやられたなぁと思うのはこれが目くらましとして使われていたようなところで。

『SPL』、1作目も2作目もラストはやっぱレジェンド級カンフー超人たちの人類超越バトルじゃないですか。そのバトルが最高潮に達してウオーってなったところでエピローグに雪崩れ込むじゃないですか。
この3作目はそこ違ったよなクリス・コリンズとウー・ユエ&ルイス・クーのバトルがあって、でその後でルイス・クーの娘を間接的に奪って殺した真のラスボスで市長秘書のラム・カートンにルイス・クーは会いに行く。

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おいラム・カートンも闘うのかよマジかよってなるじゃん。ラム・カートンを闘わせるタイやべぇなってなるじゃん。
闘わなかったよね。ルイス・クー、闘わずしてラム・カートン撃ち殺して、娘の心臓を闇移植して生き延びた市長も撃ち殺して、娘が臓器密売用に攫われる遠因を作ってしまった自分も撃ち殺した。

いやぁ良い映画でしたよね。ルイス・クーは娘のために、ラム・カートンは市長のために、ウー・ユエは妻子とそしてトニー・ジャーのために本当は目をつむってはいけない何か、法とか職務倫理とか人倫とか…をたとえ一時のことであっても見なかったことにした結果、みんな揃って地獄堕ちしちゃってっていう話じゃないすか。結局それが悪の元凶だから敵と闘ってもしょうがないよねみたいな。

たぶんそれを肌で分からせるためにサモ・ハン印の香港アクションが活用されていて、楽しいなぁ楽しいなぁと見ているとその楽しさの裏側にべったりとへばりついていた復讐心とかヒーローが敵をやっつけるのを見てスカっとしたい客の無責任な攻撃性とかっていうのが、あの闘いのない暗澹ラストで露わになるっていうそういう映画だったと思うんですよこれは。良い映画だよね。真摯真摯。

そのようなわけで映画を見ていちばんハートに刻まれたのは諸々のアクションではなくトニー・ジャーでもなくウー・ユエでもルイス・クーでもラム・カートンでもなく、実は臓器密売人のクリス・コリンズがめっちゃ悪い友達と一緒に撮った、その許しがたい所業と劇的に反比例するスーパースマイルの写真だったりした。

こいつらも悪い人生のどこかで踏み越えてはいけない一線を見なかったことにした瞬間があったんだろうなと思わせて、他愛のない場面というか小道具ではあったがこれがとても良いかったわけです。
これがというか、こういうところが。

【ママー!これ買ってー!】


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わりとシナリオが似た感じの香港ノワール。似た感じというか狭い香港映画界のことなのでたぶん設定を使い回している(べつに『SPL3』だけじゃなく探せばもっとあるだろう)
ちなみに『SPL3』のラム・カートンは悪さに艶がありましたがこっちの悪いやつ(また女を誘拐するやつだ…)は生活臭ばふばふのニック・チョンなのであんまりそういうのはない。直情的なダンテ・ラム演出にはそっちのが合ってるから良いのだ。

↓1作目と2作目

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