《推定睡眠時間:30分》
凶悪武装強盗団にジャックされた寝台特急にはなんと凄腕のソルジャーも同乗していた! ソルジャー1人VS武装強盗団40人の戦いが今、はじまる! ……とこんなあらすじを聞かされればいやそんなの特急ジャックの武装強盗団をセガールが単身壊滅させる木曜洋画劇場&午後のロードショー御用達映画『暴走特急』じゃねぇかと思わざるを得ないしハリウッドリメイク早くも決定と言われたらいや尚更『暴走特急』じゃねぇかハリウッドで映画化したら!
『暴走特急』とか『沈黙の戦艦』とか『パッセンジャー57』とか『エグゼクティブ・デシジョン』とかね、あと『コン・エアー』ね。凶悪犯でいっぱいの何らかの乗り物に偶然乗り合わせてしまったタフガイが武装集団を一人で全員殺すという物騒で野蛮な映画がかつて1990年代のアメリカでは1988年の『ダイ・ハード』が特大ヒットを記録してしまったことにより雨後の竹の子の如く量産されたわけですが、ハリウッドがすっかりその手の野蛮映画から手を引いたら同じようなコンセプトの映画がグローバル市場進出に精を出すインド映画界から出てきてそれがハリウッドに輸入されるのだから、娯楽映画の歴史というのはおもしろいもんである。
しかしそんな一人で俺以外の全員殺す映画の軌跡ほどこの映画『KILL 超覚醒』自体は面白くない。描写はいい。アクションもバイオレンスも本格的で実に痛そうな殺しが炸裂しまくり頬が緩むのだが、問題はセッティングで舞台は寝台列車、ということで狭くて同じような景色の中で延々と殺し合いが繰り広げられることになるのだ。『暴走特急』はビュッフェとか倉庫とか様々なバトルステージが列車内に用意されていたのでバトルにもステージごとの工夫があったし列車の最後尾ぐらいから武装集団のリーダーが鎮座する運転室へと向かっていく展開には『死亡遊戯』的な面白さもあった。
ところが『KILL』にはそうしたなんていうかな横の広がりのようなものがないのです。ただひたすらに狭い狭い寝台特急の車内で破壊神と化した主人公のソルジャーが武装強盗を残酷にぶっ殺していくだけ。いくら描写が過激といってもさすがにこれでは飽きてくる。せめて運転室の攻防とかトイレを使った攻防とか屋根の上での攻防とかあってもよかったし(屋根は少しだけあった)、『エグゼクティブ・デシジョン』のように武装集団に見つからないようステルスしながら一人一人仕留めていく展開にしたら寝台特急という狭い空間をもっと生かせたんじゃないかと思うのだが、なぜかこの映画ではそうしたベタかもしれないが映画を面白くするための工夫が放棄されてしまっているのだ。
破壊神の主人公に対して敵が弱すぎるというのもどうなのか。一応敵のリーダーは憎たらしいキャラ付けはされているがこの強盗団しょせんは一族で強盗稼業を営む言ってみればインディーズの強盗である。いつものようにちょっと小銭を稼ぐつもりで寝台特急をジャックしたらやべーやつが乗っていたというわけだが、やはりアクション映画というのはちゃんと敵が強くないとハラハラ感が出なくて面白くないんじゃないすかね。まぁ『暴走特急』のようにアメリカ合衆国を脅迫するぐらいのプロ強盗団とまでは言いません。インディーズ強盗団でも構わないのだが、インディーズならインディーズで野生の強敵を連れてきて欲しいものだ。
たとえば金がなくて路頭に迷ってた男を鉄砲玉要員としてスカウトしてきたら実はそいつがスーパーサイヤ人並の戦闘力を持っていたとか。こいつが興奮して見境なく暴れたことでさっさと金盗んで下車する計画が狂って強盗団と破壊神主人公が死闘を繰り広げるハメになるとかだとちょっと面白い展開ではないか。このへんインド映画らしいところなのか強盗団は一族とあって仲間が一人死ぬたびに泣いて悔やむのだが、一人死ぬごとに怒りパワーでリーダーがどんどん強くなっていくとかそういうギミックがあってもよかったかもしれない。ていうかそれはかなり見たかった光景である。
インドの娯楽映画にしては短い100分台の上映時間とかスマホのテキストメッセージが英文になってるとかそういうのを見るにたぶんこれは最初から海外市場を意識して(かつての)ハリウッド映画みたいなバイオレントかつグローバルに通じるアクション映画を志向した作品なんだろう。でもまだ試行錯誤って感じだな。シナリオはもっと練れるだろうと思うし、殺し合いメインなのでインドカルチャーが序盤の絢爛豪華な結婚式ぐらいしか出てこないという思うに海外市場を意識しての脱インド化も、この映画の場合は魅力とならず、単にインド映画固有の面白味を消してしかいないように見える。だからこそバカみたいな企画不足で瀕死状態のハリウッドがリメイク権を獲得したとも言えるが、長期的に見ればそれは決して名誉なことではないんじゃないだろうか。
とはいえ、ひたすら狭い寝台特急の車内でのバトルはあくまでも擬斗とはいえなにせ狭いのでイスだの壁だのなんかよくわからん出っ張りだのにやられ役の役者たちがぶち当たりまくり本当に痛そうっていうかあれ絶対痛いと思うから見応えあり、血もとにかく出まくって今年最出血候補かもしれないというほどで、力作には違いない。凄惨なバイオレンスやスプラッター描写が本体と思えば『暴走特急』というより今年はじめぐらいに劇場でやってた『血戦 ブラッドライン』とかにハマる人向けの映画なのかもしれない。ということでそういうのが面白い人には面白い映画だと思いまーす。