《推定睡眠時間:20分》
老いた父と中年に差し掛かった娘のうんたらかんたらという映画は大抵おもしろいもので、たとえば『ありがとう、トニ・エルドマン』とかがそうだし、今週か来週あたりに公開されるヨアキム・トリアーの新作もなんかそういうやつらしいが、この『旅の終わりのたからもの』もまぁざっくりそういうジャンルの映画といって差し支えないだろう。ニューヨークで雑誌記者をやっているユダヤ系の娘とその父が1991年のポーランドを旅するロードムービーである。
この旅、父の方はあくまでも娘と交流するためのものだと思っているが、実は娘の目的はホロコーストの記憶を辿る今風に言えばダークツーリズム。たぶん雑誌で自身のルーツを絡めてのホロコースト記事を書いているので取材旅行なのであった。最初から向いている方向のズレていた父娘は旅の中でいったい何を見出すのであろうか?
そんな映画だが正直なところ「またか」ぐらいしか感想がなかったなぁ。微妙に不仲な父娘の旅が「またか」ならその父がホロコースト経験者で旅するうちに娘が父の心の傷を知っていくみたいな展開も「またか」、などと書けばずいぶん人情がない気がするが、でもなぁ本当に「またか」な映画で……良く言えばウェルメイド、悪く言えば陳腐、といったところ。これといって目新しい要素はないし目を引くような場面もない、明るい廃墟としてのアウシュビッツを捉えたところはよかったけれども……とそれぐらいしかパッと思いつく印象的なものがない。といってドキュメンタリータッチというわけでもなく、オフビートというわけでもなく……。
いまひとつ盛り上がらないのはおそらくこの父娘がそんな仲が悪くないためじゃないだろうか。娘は父を煙たがることもあるが本心から嫌っているわけではないことはそのやりとりを通して最初から見えているし、ケンカをしたその次のシーンでは早くも抱き合ったりして仲直りしてしまうので、どうにもそこに心の機微であるとか複雑なドラマといったものが生じない。それならば映画を面白くするための第三項として父娘(と運転手の人)以外の人物でも入れればいいのにと思うし、ていうかちょっとだけ入れはするのだが、それもまたあくまでも父娘のドラマなきドラマの添え物としてしか扱われておらず、これといって面白さに寄与しない。
ひねくれた見方をすればそのへんが逆に面白いと言えなくもないかもしれない。1980~90年代のポーランドは深刻な経済危機にあったそうで、劇中にも食うものがないからと食料品だけでなく家にあるアイロンを主人公に売りつけようとする半分ホームレスみたいな人が登場するのだが、ニューヨークで何不自由ないと思われる生活を送っている主人公とその父はそうした貧しい人たちに何の関心も示そうとしないし、自分たちは豪華ホテルで遊んでばかりいる。明確にそう言われるわけではないが、その行動にはポーランド人に対するこの父娘の敵愾心や復讐心があるように見え、父娘がポーランドの貧しい人たちに背を向けて自分たち二人だけで楽しくやっているその姿からは、おそらく作り手が狙っている暖かみよりも、冷たさのようなものが感じられてしまう。
やっぱ他者に関心を持とうとしない世界の狭い人が作る映画って基本的に面白くないんじゃないすかねぇ。いや、そんなことを言ったら初期のティム・バートンとかはどうなるんだみたいな話にもなるが、いずれにしても言えるのは、これはそう良く出来た映画ではとくにない、ということじゃあないでしょーか。