たぶん世界で一番明るい無人島漂着映画『HELP/復讐島』感想文

《推定睡眠時間:0分》

どこの記事で読んだのか、なにかしらの科学雑誌のニュース欄とかだったような気がするのだが、現在の社会でADHDと呼ばれる性質を持つ人は狩猟採集生活の時代においては重要な役割を果たしていたので重宝され、そのために現在でも遺伝子の名残としてそうした性質が残っているのだという。その仮説が正しいか間違っているのかは専門家ではないので判断しようがないのだが、この人は正直厄介だけど置く場所され変えれば輝くんだろうけどな~みたいな人というのはたくさんいて、この映画の主人公もそんな一人。

この人は自己啓発本マニアの『サバイバー』(素人が無人島でサバイバルするアメリカのリアリティ番組)ファン、悪い人ではないのだが上昇志向が異常に強く空気がまったく読めないのでかなり会社内では浮くキャラである。ところが。そんなオフィス空間では持て余され気味なこの人が飛行機事故により無人島に漂着したら劇的ビフォーアフター、自己啓発本で培ったスーパーポジティブシンキングと『サバイバー』鑑賞で得たサバイバル知識を完全フル活用して超快適野生生活を送り、普通なら『キャスト・アウェイ』のように悲嘆に暮れたり狂ってしまったりするところ、この人はむしろこの無人島こそが自分が本当に輝ける場所ではないか! とギンギンになってしまうのであった。

それだけならイイハナシダナーな気がしないでもないのだが、一つだけ問題発生、この無人島には主人公の勤務する会社の社長にして前社長のドラ息子も漂着していたのだ。といってもこの社長、主人公の脅威ではまったくない。ベア・グリルスの如しサバイバルを繰り広げ凶暴イノシシさえ自作のヤリを手に狩りに行く主人公と違って社長は潔癖症で行動力がなく身体もメンタルも貧弱でそのくせ要求だけはデカいという野生生活においてはかなり使えない子供のような人であり、会社内とは立場逆転、主人公はこの社長の生殺与奪の権をガチガチに握ってしまっているのだ。

問題というのはあまりにも快適かつ充実感のある生活なのでこのまま無人島で暮らし続けたい主人公とは対照的に社長は半泣きでもう帰りたい! とばかり言うことである。帰りたくない主人公と帰りたい社長。そのすれ違いは徐々に大きくなり、やがて……というのがサム・ライミ監督最新作のこの『HELP/復讐島』なわけで、「パワハラクソ上司と無人島で~」なんて日本の宣伝キャッチコピーと邦題から想像されるような立場が弱く可哀相な部下の復讐譚ではなく、これは痛快サバイバル・コメディ・サスペンス。無人島環境に異常に強すぎる主人公の言動とそんな主人公に勝ち目のない戦いを挑んでどんどん衰弱していく社長の悲運を笑う映画であった。

無人島で社会の上層と下層の立場逆転という発想でいえばリューベン・オストルンドの『逆転のトライアングル』が最近の作例だが、いやぁ、作る人が違うと同じようなネタでもここまで変わるもんですねぇ、『逆転のトライアングル』はなかなかシビアなところのある映画だったが、『HELP/復讐島』はシビアさマイナス100。はたしてこんなに暗さがない無人島漂着映画がかつて存在したであろうか。安村でもないのにとにかく明るくそしてバカ。すべてが過剰でマンガ的に誇張されているので血もぶっしゃあと飛ぶし人も何人かは死ぬが痛みとか悲しみとか皆無である。飛行機墜落の際に社長の取り巻き連中が全員バカみたいに死ぬところとか漫☆画太郎みたいで爆笑。てか漫☆画太郎みたいなシーンがある映画は例外なくすべて面白いな。

マンガだからキャラクターのカリカチュアっぷりもすごくマトモな人がほぼ一人も出てこない映画なのだが、そんな中でも主人公がいちばんナチュラルにどうかしているというのは斬新である。思えばサム・ライミの映画って主人公がだいたいどうかしてるよな。『死霊のはらわた2』のアッシュとか『ダークマン』のダークマンとか、主人公なのに正義のヒーローとかじゃなくて、一般社会では厄介者として扱われてしまう代わりに特殊状況では異常生存能力を発揮する、みたいなパターンが多い。それだけならオタクの願望充足とも言えるがこの映画の場合は主人公のヤバさをアメリカ社会風刺に着地させていたところが上手かった。

自己啓発とサバイバルと上昇志向の塊な主人公はアメリカ人の狂った理想型なわけで、この三種の神器はアメリカ新自由主義社会を駆動する必須アイテム、その意味では主人公も被害者というか、アメリカ新自由主義社会に過剰適応した結果がこの姿とも言える。晴れやかなブラックユーモアのラストが見せるのは「これがアメリカだ!」というあっけらかんとした開き直りだ。まぁしょうがないな、これがアメリカならしょうがない。普通の監督ならそのラストはちょっと苦くなると思うのだが、サム・ライミが監督するとまったく苦くならず爽快ささえ感じてしまうので、主人公もどうかしているが、本当にどうかしているのはこんなストーリーの映画を痛快バカコメディとして撮ってしまうサム・ライミなのかもしれない……!

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