《推定睡眠時間:60分》
『サンゲリア』のせいでサングといえば血の意と刷り込まれているのでこの青い血の歌……? とか思ってしまったがこのサングは言うまでもなく血ではなくsingの過去分詞だそうであるから、落ち込んだ時に歌った歌、というような意味がたぶん正しいんだろう。この「ソング・サング・ブルー」、劇中では主人公の持ち歌だがニール・ダイアモンドの代表曲らしく、主人公はニール・ダイアモンドを神と仰ぐインディーズの歌手ということで座右の銘のごとく「ソング・サング・ブルー」を歌っているらしい。
しかしそのニール・ダイアモンドがわからない。なんでもアメリカでは国民的歌手ということなのだが世間一般に比べればそれなりにアメリカ音楽を聴く方だと思われる俺は名前も聞いたことがなかった。なんか聞いたことあるなと思ったがそれはニール・セダカとルー・ダイアモンド・フィリップス。セダカはともかくルー・ダイアモンド・フィリップスに至っては歌手でさえないわけだが、とにかくまぁそれだけニール・ダイアモンドはアメリカ固有のドメスティックな歌手ということだろう。歌われる楽曲も主人公は主にそっくりさん歌謡ショウとカラオケバーのステージで日銭を稼いでいる人ゆえ、いわゆる懐メロであり、アメリカの中高年以外にはなかなか文化的に伝わりにくそうな映画である。
でその主人公がそっくりさん歌謡ショウで同業者の中年女性と意気投合、お互いに子持ちだがアメリカなのですぐさまセックスをして一緒に暮らしついでにライトニング&サンダーみたいなポケモン感のあるユニットを結成するものの、アメリカなので主人公はアル中が祟っての心臓病、妻の方もよくわからないがいろいろあって精神科病院に入院と散々な挫折人生っぷり、それでも二人とその家族はめげずに頑張るというのがこの映画のお話。
ここまで書いてとにかく思わされるのはめっちゃアメリカ。アメリカといってもごく一部の上澄みのアメリカとビンの底の方に溜まった澱のアメリカが大雑把に分けてあるだろうがこの映画は澱のアメリカである。もうみんな人生設計が下手で後先考えないで行動するし感情表現が下手で怒鳴り合ってばかりいるし不摂生で身体を酷使。これが俗に言うプア・ホワイトかぁとか思わされるところでそんなシーンはないがたぶんこの映画に出てくる人は8割トランプ支持者だろう。
そんな人たちの陽の当たらない人生を懐メロと一緒に飄々と。妊娠だの病死だのというかなりの大イベントもまぁ人生そんなもんだろとサラリサラリ流していく作りはなかなか滋味がある。たとえばの話だが『プラダを着た悪魔』みたいなアメリカにはこの人たちは同じアメリカといっても決して行くことができないのだが、じゃあそれが悲惨一辺倒なのかといえばそうでもないよね、貧乏なアメリカの暮らしにもそれはそれで愛があり夢があり何より歌があるじゃないの、とそんな具合でアメリカの澱の部分を暖かい眼差しで見守るのがこの映画だったんじゃないだろうか。
俺自身もそうだがグローバリズムとは無縁のこのドメスティックなアメリカ暮らしは他の国の人にはあんまよくわからんもんだろう。でもそれでいーんである。他の人にはあんまりよく分からないかもしれない幸せや喜びの形がこの世にはあるのだということをやんわり見せつけるこの映画は、人間は一つの幸せや喜びに向かって行くべきだと考えがちな先進的な価値観を持つ映画よりも、貧しくも豊かと言えるかもしれない。