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『ミニオンズ&モンスターズ』というタイトルで予告編にはベイビーヨーダならぬベイビークトゥルーが映っていたので今度のミニオンズはクトゥルーもの! の予想は半分当たりで半分外れで、このベイビークトゥルー(実際にはベイビーというわけではなく封印されている間に萎んでしまったかなんからしい)の眷属はハワードとフィリップスという二人合わせてヤンマーだ式の命名なのでクトゥルー神話ネタであることは間違いないのだが、それ以上に強いのは映画史あるいはハリウッド成分だった。
なんたってオープニングのタイトルバックの頭に出てくるのは『NOPE』でも印象的に用いられた騎手が馬を走らせる連続写真。正確に言えばあれは映画ではなく動物研究か何かのために撮られたらしいのだが、その馬&ジョッキーと一緒にフィルムに紛れ込んだミニオンズが走る。お次はお馴染みリュミエールの『工場の出口』『ラ・シオタ駅への列車の到着』、そして『水をかけられた散水夫』。『工場の出口』や『ラ・シオタ駅への列車の到着』ではミニオンズも控えめな存在感だが、最初期のコメディである『水をかけられた散水夫』では、これわかんない人はYouTubeにあるだろうからそれ見てもらいたいんですけど、散水夫のホースをミニオンズが踏んでそれで水が出なかったという気の利いた歴史介入。
こんな風にミニオンズが映画史を駆け抜けて、そしてプロローグにあたるハリウッド博物館(天井には『フライング・ハイ』の絡まった飛行機の模型が吊されジョージ・ルーカスはアクリル箱みたいのに入れられて生きたまま展示されてます)ではそこに堂々と飾られたミニオンズの像を指して学芸員さん「ミニオンズこそはハリウッドを救ったのです!」。と、いうことで、いったいミニオンズがどんな風にハリウッドを救ったのか、時代は主に1920年代の『ハリウッド・バビロン』期へと遡る。そこで明かされたのはこれまで誰も知らなかった衝撃的なハリウッド史であった!
それにしても、映画オマージュというのは昨今やたらと自作に入れたがる映画監督がいるが別に入れたところで偉いことなんかないし、大抵の場合はとくに面白くもない。結局のところ大事なのは映画オマージュそのものではなくその見せ方であって、そういう意味で言うとこの映画の映画オマージュはオマージュの鑑、タイトルバックもそうなのだが仕えるべきビッグボスを探してハリウッドまでやってきたミニオンズが街中で見せる大ドタバタの中に織り込まれた数々のサイレント喜劇オマージュ……チャップリン『モダン・タイムズ』、ロイド『要心無用』、キートン『文化生活一週間』等々は軽妙洒脱でまったく楽しい。
名画から名画へイタズラ心いっぱいにリズミカルに渡り歩いていくそのセンスは『ルーニー・テューンズ』などのカートゥーンに加えてサイレント喜劇を現代(当時)に蘇らせたフランスの喜劇王ジャック・タチの諸作も思わせるところで、このシリーズを制作しているイルミネーションはフランスのアニメスタジオだから、フランス喜劇の系譜も感じて余計に嬉しくなる。そういえば監督のピエール・コフィンはミニオンズの声も自分でやっているそうで(これだけの大きなコンテンツではふつう考えられないことだ!)、その意味でも自分で出演して自分で監督するタチのようなサイレント喜劇人に通じるものがあるんじゃないだろうか。
こうしてハリウッドにやってきたミニオンズたちだったがハリウッドはチャンスと堕落の地、偶然にもハリウッドメジャーの重役の目に留まって映画デビューを果たすことになり、するとこれが大評判となってミニオンズは一大スタアへ、大豪邸を構えて連日ゾウさんとかを呼ぶ無駄に豪奢なパーティを開きこの世の春を謳歌するのであった……が、そこにトーキー到来。周知の通りミニオンズは人間語をほぼ喋れないので台詞が言えず、『市民ケーン』のような映画を撮っているのに本来「バラのつぼみ」と言うべきところで「poo」(ウンチ)と言ってしまう始末。
スタジオからお払い箱にされ豪邸も売り払い、あまりにも早くミニオンズの春は終わったが、そんな中で映画作りに夢を見た少数のミニオンズたちは憧れの怪獣映画を作るべく行動を開始するのであった、というのが『ミニオンズ&モンスターズ』のストーリーだが、映画が好きな人ならこのへんグッと来てしまうんじゃないだろうか。サイレントからトーキーへ移行した際のハリウッド人種の苦闘は『雨に唄えば』に描かれたが、実際サイレント時代は大スタアだったのにトーキーではその持ち味が活かせず一気に過去の人となった役者というのは少なくなく、サイレント喜劇のスタアたちもトーキー後に活躍できたのはチャップリンぐらいのはず。
裏『雨に唄えば』といえる『サンセット大通り』ではトーキー後に凋落したサイレント大スタア役者&監督のグロリア・スワンソンとエリッヒ・フォン・シュトロハイムがほぼ本人役を演じて話題となったが(キートンも「サイレントの亡霊」としてカメオ出演)、日本で言えば入江たか子がその手の役者で、入江たか子と言ってもおそらく今の人は(俺も今も人なのだが)ピンと来ないと思われるのだが、この人は華族出身の女優ということでまさに高嶺の花、サイレント時代の大スタアであったのだが、トーキー後は徐々に仕事が減り、『怪談佐賀屋敷』で化け猫を演じたことで化け猫女優としてカムバックを果たすものの、当時の化け猫映画はキワモノの類いであり、逆にキワモノ女優としてギャラは下がり仕事の幅も狭まりやがて引退するという不遇の人であった。
トーキー以前以後のハリウッド人種たちの哀歌というのは近年でもディミアン・チャゼルの『バビロン』のようにやたら重厚っぽいトーンで描かれることが多いような気がするが、この映画ではその過程がだいたい10分である。ミニオンズを通してハリウッド哀歌を笑い飛ばしてしまうそのアナキズムはしかし、それこそがサイレント喜劇の流儀だったわけで、トーキーの生真面目さに対するサイレントの時を超えた抵抗のようだ。考えれば考えるほど泣ける映画だナァ。一切観客を泣かせようとせずにハリウッドの栄枯盛衰と今では語られなくなった悲話を楽しく軽妙な笑いをくるんで見せるその作り手の意思に、あるいは映画愛に、泣けるこなく泣かされるのである。
と、そんなことばかり書いているが、これはあくまでもミニオンズの映画であり、ミニオンズといえばスラップスティックである。後半はもちろんベイビー・クトゥルーや呼び出したでけぇ眷属がハリウッドを大破壊、負けじとミニオンズたちも戦って、そこに映画作りに賛同せず悪人を探して別行動を取っていた方の大多数のミニオンズも加わるという感じなのだが、ハリウッドのバックステージ話に時間を割きすぎたのか、このへんの面白さはミニオンズの過去作に比べるとやや力不足だったかもしれない。
とくにドートとかいう宇宙人の先遣隊を自称するロボットのパート。映画作りに賛同しなかった方のミニオンズはこいつを一応のボスとして着いていくのだが、キャラは薄味であんま面白くないしこいつと婦人参政権運動をやってる人との恋愛のくだりなどもとくにドラマとして発展するわけでもでけぇクトゥルー眷属とのバトルに寄与するわけでもなく、ドートの出てくるパートは間延び感が出てしまったし、このパートに脱線することでミニオンズとベイビー・クトゥルーたちとの関係性なりバトルなりの盛り上がりが弱くなってしまったようにも感じられたので、ドートのパートは全部削除してミニオンズみんなでベイビー・クトゥルーに着いてって眷属を召喚した方が盛り上がったんじゃないかなぁとか思う。そこでミニオンズの大半はヤッターこれこそ仕えるべき理想の大悪人だーって喜ぶけどクトゥルーたちを使って怪獣映画を作ろうとしてる少数のミニオンズはこいつらが言うこと聞かないから対立して、とかまぁそんな感じで。
といっても、そう肩肘張って論評するような映画でもない。ミニオンズのシリーズはなんといってもサイレントのスラップスティック喜劇なのだ。気楽に笑って大アクションに驚いてそれでおしまい、それ以上はとくになし、でもちょっとしかイイ話っぽさはあるかもよ、という感じで、実は今までみんなが観ていた映画は……というミニオンズらしいイタズラ心溢れるラストも実に気が利いた、今年も相変わらず楽しいミニオンズなのでした。
※ミニオンズたちがモンスター映画を撮ろうとするのはこれがユニバーサル映画だからである。ユニバーサルといえばユニバーサル・モンスター。それもまた作り手の愛の感じられるところ。
「ミニオンズ」見ましたが、過去作に比べたら退屈なところが多かったです・・・。クライマックスとエンドロール中のアニメは楽しかったですが、ヴィランが出てくるまでが長いのと、ヴィランのキャラクターが過去作に比べてパンチが弱く、新キャラのドートもなんか面白くないキャラでした。うがった見方かもですが、前半の一つ目の怪物(サイクロプス?)とのエピソードは、同じユニバーサルが『オデュッセイア』やってるから?ドートというキャラは年末公開のアベンジャーズに出てくるDr.ドゥームのイジり?とか思っちゃいました。ラストの入れ子構造の種明かしみたいなのも、そんなに効果あるのかな、と思いました。同じ上映回で観てた親子連れの反応も微妙な感じでしたね・・・。
サイクロプスはどうかわかりませんが、ドートは『地球の静止する日』のパロディだそうです。今回は映画ネタがとにかく非常に多くて、俺はそれが楽しめたんですが、あまりまとまりのある内容でもないですから、全体的な面白さで言えば『ミニオンズ』『怪盗グルーのミニオン大脱走』の方が良かったと思いますね〜。
ご教示ありがとうございます。ドートが作中で「ブリキでできてる」みたいなこと言っていたので(吹替版で観ました)、ネットでよく知られる『宇宙忍者ゴームズ』(ファンタスティック・フォー)の「悪魔博士」(Dr.ドゥーム)の「ブリキだぞオメェ!」ネタを連想しましたが、そっちだったんですね。映画の古典作品はまだあまり観ていないので、当方がわかる小ネタが少なかったです(参照・引用作品で観ていたのは『モダン・タイムス』『市民ケーン』『カサブランカ』くらい)。そりゃあ子どもたちの反応がイマイチなわけですね(笑)。