粋ニューヨーク映画『トムとジェリー』感想文

《推定睡眠時間:8分》

なんかサブタイトルとかナシのいわば正伝的映画版なのでトムとジェリーがアメリカを飛び出してケンカしながら世界旅行でもするのかなと思ったんですが舞台はマンハッタンの一等地に位置する老舗高級ホテルということでそりゃネコとネズミにしたら大きな舞台ではあるだろうが人間サイズで見たら随分スケールちっちぇえのであった。

そんなスケールの小さい人生なんか歩みたくない! というわけで田舎を飛び出してニューヨークにやってきた主人公のクロエ・グレース・モレッツだったがいきなり成功できるはずもなく待っていたのは都会っぽいは都会っぽいがキャリア的にも賃金的にもあまり実にならないチャリンコ宅配とかのバイト。焦るクロエは一線を微妙に越えてしまう。他人の履歴書を奪って口八丁手八丁で諸々ごまかしつつ学歴至上主義的な高級ホテルの面接をパスしたのである。ジェリーの反撃とかも現実的に考えれば倫理的に結構えぐいものが多いがクロエも倫理的に結構えぐい。

さてこのホテルに勝手に新居を定めたのがみんなだいすきなジェリーです。なんか壁の裏側とかにこっそり住むなら最悪まだ許せるが金も払ってないのに堂々と自分用の部屋を人間部屋と人間部屋の間に作ってしまい客のふりをして部屋係には小さく切ったタオルを用意させたりするのでなかなか許しがたい感じである。当然ホテルも激おこ。ネズミが出たとあっては高級ホテルも形無しなのでクロエが対策係に任命される。

入社直後に早くも来てしまった出世チャンスにクロエおお張り切り。ネズミといったらやっぱネコでしょカワイイからバズりそうだしってなわけでトムを相棒として起用するのであった。ホテルではもうすぐ話題のセレブカップルの結婚式が行われる。果たしてクロエは首尾良くジェリーを追い出し結婚式を成功させ自らもセレブの仲間入りを果たすことができるのだろうか。ジェリーは安息の地を見つけることができるのだろうか。トムは夢のビッグステージに立つことができるのだろうか…。

それにしてもこのニューヨーク、粋な感じで描かれているがその内実は生き馬の目を抜く苛烈な競争社会。憧れのビッグステージに立つために全裸+キーボードひとつという背水の陣を既に突破してしまっている装備でマンハッタンに降り立ったトムであったがひとまずストリートから始めようとセントラル・パークで盲目のふりをして演奏をしているとジェリー乱入、トムの演奏に合わせて踊るだけだがカワイイので客はジェリーに夢中という仁義なき鬼畜パフォーマンスにキレて当然だしキレる権利しかむしろないトムがキレかかると「あいつ盲目のふりをしていただけだ!」「ただのピアノが演奏できるネコじゃん!」と客にソッポを向かれてしまうのであった。その後、ジェリーのせいでキーボード粉砕(ひどい)

ただピアノが演奏できるだけのネコとか完璧に世界が獲れる存在なのにこの扱い。高品質のエンタメを日常的に摂取し過ぎてちょっと目と耳と脳が肥えすぎているニューヨーカーである。そもそもこの映画の中のアメリカはトムとジェリーのような知的などうぶつに関しては人間と同じような扱いを受けていて働こうと思えば労働契約さえ結べるのできわめて平等かつ平等だからこその完全実力主義の競争社会といえる。こどもアニメなのに冷静に考えるとかなり殺伐としたお話である。

でもこどもアニメではあるんですがガチのこどもにはちょっと難しいんじゃないかという感じはしたな。別にエロとかグロとかバイオレンスとか…バイオレンスはまぁ定義次第ではあると言えるが一般的な意味ではそういうの無い。ドタバタ劇。スラップスティックというやつ。トムとジェリーも基本的には言葉を話さないのでその意味ではわかりやすいが、二匹を取り巻くホテル関係っていうかクロエ関係のお話がね、ここがなんていうかハジけないんですよ、ちょっと陰りのあるティーンドラマっぽくて。

それはそれで面白かったんですけどトムとジェリーとの食い合わせが必ずしもいいとは言えないよな。そもそも実写とアニメの融合っていう手法自体がこの映画ではあまり活かされていない。狭いし、舞台。っていうかあんま絡まねぇし、トムジェリと人間。絡んでも当たり前のこととして絡んじゃうからワンダー感ねぇし。トータルで面白い映画ではあったがトムジェリの実写映画でなんでこの内容になったのかぶっちゃけよくわからない感じである。

とはいえトムジェリのしばき合いのえげつない楽しさ(実写になったことでもはやジェリーがアイロンでトムを殴るみたいな暴力行為が笑いにならずストレートに痛くなってしまい、逆におもしろい)とどうぶつ的かわいさに加えてクロエちゃんのほんのり成長ドラマが付いてくるんだと思えばたいへんお得かつ眼福。野心家のクロエちゃんが制服を着てサバサバお仕事をする姿はかっこいいなぁ~。ホテルのキレ散らかし料理長は『ハングオーバー』でお馴染みケン・チョン、最近すっかり嫌な上司役が板についてきてしまったマイケル・ペーニャがクロエちゃんの出世街道を阻む嫌な上司役と脇役も芸達者で固めて抜かりがない。

基本的に殺し合うけど最後の一線はギリで超えずに仲良く協力。表面的には冷たいがいざという時には結構やさしい。普段はクールを気取りつつもお祭り騒ぎが実は大好き。という、そんなニューヨークの粋も香る映画でしたね。いやまぁ、それをトムジェリでやるんかいみたいなのはないわけではないですけれども。

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実写+カートゥーンの映画といえばやっぱこれでしょ。

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