《推定睡眠時間:15分》
何年も前の話だと思うがなんでもアメリカかどこかでChatGPTに死体の隠し場所を相談した殺人犯がいた、みたいなニュースがおそらくそのときまだChatGPT出たてということもあってセンセーショナルに取り上げられたが、そのニュースを元ネタにしていると思しいこの映画は『#マンホール』の脚本を手掛けたアイデアマン・岡田道尚が脚本を、監督は『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』が話題を呼んだJホラーの新鋭・近藤亮太が務めた、なんだかフレッシュな感じのサイバー風味サスペンス。
女子高生の原菜乃華が勉強を教えてもらおうと担任教師を家に呼んだら襲ってきたので(と思うが寝ていたのでよくわかっていない)抵抗していたらなんか硬いもんに当たったりなんかして教師過失致死、事情が事情なのだしさっさと通報していれば実刑はつかなかったんじゃないかと思われるが普通の人は人を殺してそんな冷静になれるわけがないのでこれは困ったと原菜乃華は頼れるお兄ちゃんの重岡大毅を呼び出してこれどうにかしてくれと相談、しかし相談されたところでさすがの頼れるお兄ちゃんもこんな状況は初めてで……そうだ! ChatGPT的な対話型AIに小説のアイデアを考えてくださいとかなんとか言ってこの死体をどうにかする方法を考えてもらおう! というわけで『見える子ちゃん』に続いてまたもや原菜乃華受難シリーズである。
いやぁ面白かったすね。こんなの出オチじゃねぇかみたいなタイトルですがこれがなかなかどうしてしっかり地に足の付いた正統派のサスペンス、最近の日本のサイバーサスペンスなんていうと『スマホを落としただけなのに』(※全然落としただけではない)とか『Cloud』とかになると思うが、前者はスマホを落としたら大変だという話と見せかけてクセの強すぎる怪人たちが跋扈するもはやコメディのよう映画、後者はツイッターなどで殺意を集める転売屋を主人公にしたお話だが監督の黒沢清はネットホラー『回路』の監督といいつつその作風や思想はインターネットとの親和性がかなり低くネットをリアルに描写するとかそういうことにはまったく関心が(おそらく意識的に)ない映画だったので、「もしChatGPTに完全犯罪の方法を聞いたらどうなるか」というネタを飛び道具に頼らず丁寧に展開したこれみたいな映画はなんだか新鮮。
案の定ではあるのだがChatGPTは別に大したことは何も言わない。対話型AIはしょせん対話型AIに過ぎないという描写で、現実にはあり得なさそうなスーパーな回答や誘導をしてくることもないし、むしろ逆にChatGPTの回答はインターネットに転がってるテキストを拾い集めて総合したものでしかない、というその認識からこの映画のサスペンスは始まるのだ。ChatGPTの回答通りに死体を処理してホッとしていたところ、なんとテレビで例の死体が連続殺人事件として報道されているではないか。は? つまりこういうことだ。原菜乃華+兄の他にもChatGPTを使って死体を処理しようとした何者かがいたのだ。更にはその死体処理方法はある同人小説に書かれていた内容で……。
こりゃあ実にゾワゾワしてくるじゃあないですか。このゾワゾワというのはChatGPTが怖いとか気持ち悪いとかそういうことではない。ChatGPTを通して「人間の機械性」のようなものが見えてくるのがゾワゾワするのです。これは困ったとChatGPTに相談して自分ではその是非を熟考することなくChatGPTの出してきた回答をそのまま実行するときに、はたして人間は人間と言えるのだろうか? いやまぁ人間は人間なんだけど、そういうのを見せられると人間の幻想は剥がれるよね。なんか、人間は自分の頭で独自に思考しその思考はAIが機械的にはじき出すものとは絶対に違うのだみたいな。
でもこの映画はそんな人間至上主義には与しない。AIと人間を同じお皿の上に置いて等価のものとして見せてしまう。いや、それもなんか違うな。誰に言われるわけでもなく人間たちが自分から進んでAIに身を委ねて機械化されていく……それはテーマとして強く主張されるわけではないけれど、そのような光景がこの映画にはある。そうした視点というのはなんだかんだ人間至上主義的な作品の多い日本映画では珍しいんじゃないだろうか。そのへん日本でSF映画がほとんどジャンルとして確立されておらず、たまに作られてもヒューマニスティックな色彩の濃いものばかり、ということとも関係していると思うが、まぁそれは別の話だからいいか。
演出的なところでいうと全体的にソツのない映画だが機械化されていく人間を体現するなろう作家の黒田大輔は実に気持ち悪くて最高だった。この人はなんでもできるバイプレーヤーだが自分の世界にこもって妄想をこじらせるオタクみたいな役を演じている時がもっとも輝いていると俺は思う。日本では珍しい非人情的なサイバーサスペンス、しかも最高に気持ち悪い黒田大輔が出てくる。その2点だけでも大いに観てよかったと思える映画だ。