ワンスアポン映画『カツベン!』感想文

《推定睡眠時間:20分》

最近流行っているらしいワンス・アポン・ア・タイム・イン○○もの。○○に何が入るのかはわからないが日本映画の父・マキノ省三(山本耕史)が映画を撮ってるところ(これも何の映画かわからないが実際にあるやつなんだろう)から始まる映画愛の映画なのでタランティーンに負けじと…感が出る。こちらは『ワンハリ』よりもっとワンスアポンしているので描かれるのは活動弁士全盛期の1924年。そろそろトーキーの時代に入る気がしたので『雨に歌えば』の如く(あるいは『サンセット大通り』の如く)ほんのり哀しい時代の移り変わりが物語の背景にあるんかなと思ったが日本でトーキーが普及したのはかなり遅く1930年代半ばくらいかららしいので、栄枯盛衰的な切なさナシ。活動弁士がいっぱいいて映画が元気だった時代はいいですね~みたいな温泉感覚のワンスアポンであった。

主人公の染谷俊太郎(成田凌)は映画よりも映画を説明する弁士の技芸に魅せられた弁士マニア。子供の頃から弁士に憧れそのうち自分も弁士になってやろうと夢を抱くがその生活水準教育水準は最低ラインを突破していたので行き着いたのは活弁付き巡回興行を装ってゴトを為す泥棒集団。映画の上映でガラ空きになった家々から金品を持ち出すために活弁が必要、というわけで半ば騙される形で雇われたのだった。

泥棒の目くらましとはいえ活弁は活弁。憧れのスタァ弁士・山岡秋聲(永瀬正敏)の名を騙っての説明は騙されているとも知らぬ田舎のお客に大好評。念願叶って、とは言い難いがやはり舞台に立つことの楽しさは捨てきれない。理想の現実の間で揺れながら今日も泥棒興行の舞台に立つ俊太郎だったが…そこに転機到来。ヘマをした泥棒一座のせいで盗んだ大金を持ったまま警察からも泥棒一座の長・安田虎夫(音尾琢真)からも追われるハメになってしまう。

窮地に陥った俊太郎はたまたま通りかかった映画館・靑木館に身を寄せる。身を隠したい一心だったがそこで微笑む運命の女神、なんと靑木館には俊太郎あこがれの山岡秋聲が在籍していたではないか! 酒ばっか飲んで全然説明しない人に成り下がっていたとはいえ俊太郎かなしくもうれしい。いま自分は本物の映画館で本物の弁士たちに囲まれている。しかも女優になった幼なじみの栗原梅子(黒島結菜)とも多少複雑な感じではあるが再会を果たした。

ついに弁士になる夢を叶える時がきた。前途洋々な俊太郎であったがそこに靑木館の商売敵であるタチバナ館に雇われた虎夫が現れて…。
以上、気持ち活弁風のあらすじでした。

今でも映画より映画の吹き替えを愛する映画ファンが結構いるので日本人は昔からこういうのが好きなんだなあと思う。愛と信頼のウェキャペェデャによると日本映画のトーキー化が遅かったのは活弁文化が成熟していたから、というのも一因としてあるらしい。サイレントでも弁士が代わりに面白く喋ってくれるので客の側としては積極的に音声を求める動機がないわけである。同じ映画でも弁士によって説明が違うので落語感覚で観られていたのかもしれない。

で、『カツベン!』ですが、クラシック邦画に馴染みがある人とか日本映画の歴史に興味がある人には面白いのかなぁと思った。シナリオも含めて全体的に擬古調を採用。カメラワークとか編集とか演技とかキャラ造形とかとても今っぽくない。最後の方のスラップスティック大乱闘なんかうわーこれサイレント喜劇で観たやつ! ってなる。その空気感を味わう映画というあたり、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と通ずるワンスアポンものである。

当世風のメリハリがギャンギャンな映画にすっかり慣れてしまっているのでこういうの、ずいぶんのっぺりしてるなぁとか思ってしまう。たとえば弁士のお仕事を見せるにもドキュメンタルな方法は取らずに戯画化された時代の一風景として淡々と見せていくわけで、活弁の裏側を覗くリアルなお仕事映画であるとか、個々の弁士たちのドラマが絡み合って大きなうねりを生んでいくような物語を期待すると肩すかしを食らう(食らった)。弁士たちと興行の世界を軽妙洒脱なトーンで活写して、ノスタルジーに浸りながら笑ってもらえれば、という感じ。

活弁版の『ニュー・シネマ・パラダイス』みたいなシーンはグッときたしスラップスティックな笑いもつまらないわけではなかったけれども空気感で見せる擬古調の映画が好きではないからなぁ。たぶん、俊太郎が逃げ込む靑木館というのは安普請の庶民向け映画館で、タチバナ館というのは中~高級館で木戸銭も客層も違うんじゃないかと思うのですが、そういう今とは違う興行事情にスポットを当てたら(いや当てているんだけれども現代との対比で際立たせてほしかったというか)もっと面白かったのになぁと思う。

せっかく興行ヤクザとか出てくるわけですから。でもそうすると観ている側としては時代の空気に浸りにくくなるのか。現代の視点から当時を眺める面白さではなくて、その時代の空気に浸る心地よさを取った映画。

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ニッケルオデオンとは1905年にアメリカで誕生した小規模常設映画館のこと。懐古派監督ピーター・ボグダノヴィッチのワンス・アポン・ア・タイム・イン・ニッケルオデオン映画。

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