【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その2)

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前回→【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その1)

(承前)『女神転生』から派生した『ペルソナ』が鈴木一也の関わらない新シリーズとして目指したものは端的に言って『女神転生』のシステム・シナリオ両面の刷新であった。そして『異聞録』にはまだあった『女神転生』の残り香は『罪罰』でほぼ完全に取り払われることになり、よもやこんなメジャーな大成功を収めるであろうとはスタッフもファンもアトラスの偉い人も誰一人思っていなかったに違いない『P3』への道を敷設することになったわけである。

ある意味、『女神転生』は(少なくとも鈴木一也の『女神転生』は)『罪罰』で一度終わったと言えるし、カオティックな破壊の後の新たな秩序の創造が『女神転生』シリーズの思想的な核であるなら、皮肉にもというか、それを体現したのはナンバリングタイトルでも外伝でもない『罪罰』だったわけだ。

ここで『罪罰』がどんなにカオスなシナリオだったか振り返っておこう。『罪』の物語は作中で描かれる現代のおよそ10年前から始まる。周防達哉たち主人公パーティはその頃孤独を抱えた小学生。お祭りの夜にスーパー戦隊的な仮面を被ったまま出会って仲良くなる。彼らは仮面を付けたまま遊ぶ自分たちを仮面党と名付けた。やがて仮面党に年上のお姉さん・天野舞耶が加わったが、そこに不幸な出来事。

舞耶の引っ越しを知った幼少期の達哉たちは子供の浅知恵で一晩だけ舞耶を遊び場であるアラヤ神社の境内に閉じ込めるのだが、折り悪くそこに現れた統合失調症の青年・須藤竜也が境内に人がいるとも知らずに放火、境内の外で舞耶を見張っていたというか見守っていた達哉のペルソナが発動したことで舞耶は難を逃れるが、その件で舞耶を殺してしまったと思い込んだ栄吉・リサ・達哉は罪の意識に苛まれ、舞耶の軟禁に反対していた残るもう一人の仮面党員・黒須淳は彼ら3人を激しく憎み、仮面党はお互いの素顔を知らぬまま解散するのだった。

そして現在。高校生になった彼らは街(珠閒瑠市)が噂の現実化という謎現象に見舞われていることに気付く。奇妙な現象はもうひとつあった。自分のケータイから自分のケータイ番号に発信するとジョーカー様なる怪人が現れ、その場で夢を告げれば夢を叶えてくれ、夢を告げられなければ影人間にされて人々から忘れられてしまうのである。

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ジョーカー様の正体は黒須淳であった。「レッツ・ポジティブシンキング!」を合い言葉に夢を叶えることの大切さを度々語っていた舞耶を慕っていた淳は、持ち前のペルソナ能力と情けない父親の代わりに理想の父親として黒須家に入ってきたニャルラトホテプの導きによって秘密結社・仮面党を設立、人々の夢を叶えながら達哉たちに復讐せんとしていたのだ。

だがその目論みはあらぬ方向へ向かっていく。達哉とリサの通う七姉妹学園のスピリチュアルな英語教師・岡本真夜(通称イデアル先生)と同校の日本史教諭で淳の実の父親でもある橿原明成は今から遡ること数年、これまた同校の生徒だった須藤と奇妙な関係を持っていた。須藤の幻聴をイデアル先生はスピリチュアル方面から、橿原先生は古史古伝(いわゆる超古代文明論もそこに属す)方面からチャネリングと解釈、その支離滅裂な言葉に人類の過去と未来が予言されていると確信、その「予言」を記した奇書『イン・ラケチ』が、かねてよりの噂現実化ブームに乗って、ついに現実となってしまう。

珠閒瑠市に終末がやってきた。生きていた(?)ヒトラー率いる「第四帝国」ラストバタリオンが噂力で街に飛来し瞬く間に制圧、人々は街の地下に眠るとされる宇宙船シバルバーに救いの望みを託し、やがてシバルバーは街を乗せて浮上する。ラストバタリオンと仮面党員が各所で熾烈な戦いを繰り広げる中、ようやく仲直りした元祖仮面党員たちがシバルバーの最深部に辿り着くと、そこに待ち受けていたのは元祖仮面党員たちのコンプレックスが具現化した父親の怪物グレートファーザー、そしてグランドクロスの到来によるポールシフトと地球の崩壊であった。

地球は終わったが珠閒瑠市はシバルバーの上で生き延びた。人類に進化の時が来た。『イン・ラケチ』が予言したように、彼ら珠閒瑠市民はもはや地球人ではなく霊的進化を遂げたシバルバー人となったのだ。シバルバーの最深部、集合的無意識の海、なんでも願いが叶う場所で達哉たちは選択を迫られる。この世界で生きるか、それとも全ての元凶となった「出会い」を無かったことにして、お互いがお互いの存在を忘却することで終末の来ないもう一つの今を作り上げるか。達哉たちは後者を選び、世界はリセットされたのであった。

『罰』の物語は基本的にはシナリオを変えずに役者を変えた(by『劇場版パトレイバー2』)というものなので詳述はいらないだろう。もちろん両者には様々な違いがあるけれども、『罰』の物語は『罪』を補完しその不可解な物語を大人の視点から解釈する、という面が強いからだ。強いて指摘しておくべき点があるとすれば『罪』ではジョーカー様が果たしていた人々の理想を叶える役割と、その理想の暴走によって現れたラストバタリオンの役割が、戦後の「立て直し」を目論む極右政治家・須藤竜蔵(+須藤竜也)と、そのシンパの自衛隊幹部の配下部隊(進駐軍ならぬ天誅軍)という形で統合されたところだろうと思う。

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『罪』では別々のものとされていた創造と破壊が『罰』では戦後日本の総括としてセットになっているわけで、『罪』のふんわりとした非現実的なそれと違って明確にテロないしクーデターとして立ち現れるが、これはおそらく『真・女神転生』におけるゴトウ司令官のクーデターを踏まえて展開だろうと思われる。なにせOST『真・女神転生 LAW & CHAOS DISC』の大ボリュームのライナーノーツに掲載された鈴木一也のゴトウ司令官エピソード0的な短編小説では、ゴトウの前世が太平洋戦争時に特攻で散った軍人であることが仄めかされ、死んだ後にリリスの手引きによって現代に転生したことになっているのだ。肉体が定まらない間、ゴトウはあの世で地獄のような終末風景を経験し、その破局を回避するために彼はクーデターを起こすんである。

ちなみに、ありえたかもしれないもう一つの日本の情景は『クーロンズ・ゲート』と『真・女神転生Ⅲ』の木村央志が原作とプロデューサーを、増子司(現・増子津可燦)が音楽を、鈴木一也がシナリオ・設定を担当した『女神転生』と因縁の深いスマホゲー『デモンズゲート』において「帝都満州」として再表出していたりもする。そこでは現実の日本のパラレルな日本の更なるパラレルとして、人々の妄執が生み出した魂の世界「帝都満州」と帝都の位相が次元違いで重なっているのだ。

さて、こうして見ると『罪罰』にはやはりどうしてもオウムの影がチラつくように思える。というのもオウム真理教の確認されている最初の死亡者は修行中の在家信者・真島照之であり、1988年に起こったこの事件は故殺ではなく厳しい修行(オウムは過酷な修行を半ばバラエティ的に教団の売りにしていたし、信者の方も心身を極限まで追い込む修行を教団に求めた)の末の事故死だったが、自らの力を信者たちに示すためか、または当時はまだ宗教法人の認可が下りていなかった教団の勢力拡大の妨げになることを恐れたためともされるが、麻原はその死体を「焼却」し遺棄するよう幹部信者たちに命じた。

この幹部信者たちというのが後にオウムが引き起こす数々の重大事件に関与し時には主導することになった(といっても当人たちにすれば尊師の意を汲んで、ということになるのだろうが)村井秀夫、早川紀代秀、新実智光、岡崎一明なのだが、ここに『罪』のアラヤ神社放火事件の原型があるのではないかと俺は思う。
殺人を肯定する悪名高いヴァジラヤーナの教えとポアの論理は真島事件以降に麻原から語られるようになる。もし真島の死に際して麻原と幹部信者たちがその罪と正面から向き合えていればオウムは破局に向かって突き進むことはなかったかもしれないし、『罪』の元祖仮面党の面々にしてもそれはたぶん変わらないんじゃないだろうか。

破局の元凶は彼らが出会ってしまったことではなかった。自らの罪を直視せず隠し通してしまった弱さこそが元凶であり、彼らの「罪」なのだ。だからこそ『罰』は『罪』のラストでの逃避的な選択が救いにはならなかったことを描いているし、出会いの忘却をただ一人拒んだ達哉がその罪と対峙しニャルラトホテプの呪縛を断ち切る物語になっているのではないか、と思う。

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『ペルソナ』シリーズが描くのは人間の弱さだ。そこにあるのは増子司のハードロックにノって終末世界をサバイブする鈴木一也の『女神転生』とは真逆の思想で、ロウ・カオス・ニュートラルのいずれかを主体的に選んで能動的に世界の在り方を変えていこうとする『女神転生』の「力」の志向は見る影もない。
『罪罰』はそこから一歩踏み出して、須藤親子がそうであったように『女神転生』的なマチズモの底にある弱さや痛みを明るみに出そうとしたんじゃないだろうか。

新たな世界の野放図な待望は現実の挫折の結果であり、「力」の志向は非力であることの裏返しに過ぎない。麻原が視覚障害者でありその少年時代が到底恵まれていたとは言い難い環境にあったことはよく知られているが、若干話が『if…』のアキラルート的脇道に入るものの、現在強い政治力を持つ保守団体・日本会議のルーツとなった右派の新宗教団体・生長の家が、病気は心の問題であり教団誌を読むことで治るとして多くの信者を獲得したことにも、こうした弱さに起因する力の欲望を見出せるのではないかと思う。

『女神転生』とは異なる道に進み始めた『罪罰』は鈴木一也の『女神転生』とその時代に問いかける。その痛みとか弱さって力で克服できるんですか? その理想の新世界って今ある妥協だらけの世界を壊してでも実現すべきものなんですか? アクティブであったりポジティブであることって無条件で褒められることなんですか?
…というわけで次こそ! 次こそこんな感じの文脈から『罪罰』のオカルト用語の飛び交うカオスなシナリオを、いくつかのキーワードの意味や背景を探りつつ読み解いていこう、と、おもいます。たぶん。きっと。おそらく…。

次回→【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その3)

【ママー!これ買ってー!】


オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか-

だいたいオウム関連本なんて数が多すぎるしオウム自体が論点多すぎるのでどれを読んでもわかったようでわからなくなるだけだと思うのだが、この本は記述が未整理で重複も多いのでやたら分厚く、とりあえずオウム本読んだな感があってお得。ただし初版が2001年なので情報が古く著者の関心もだいぶオウムの教義解釈に偏っているので、オウム事件全体を見渡したい場合は素直に江川紹子の本とか読んだ方がいいと思います。

↓参考にしたもの
真・女神転生 LAW & CHAOS DISC

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