ガチ映画『UFO真相検証ファイルPart1/戦慄!宇宙人拉致事件の真実』ガチ感想文

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , ,

《推定睡眠時間:0分》

奇跡体験アンビリバボーとか世界まる見えみたいな証言+再現ドラマのUFOドキュメンタリーだろうと思っていたのでそっち振れたか~ってだいぶね、だいぶ困っちゃったね。いやぁ、政治ですよ。UFOもまた政治です。世の中にはUFOを信じる人もいるし信じない人もいると思うのですが…いやまずこういうややこしい話題は正しく文意を汲んでもらうために単語の意味をはっきりとさせておこう。

UFOすなわちUnidentified Flying Object、日本語にして未確認飛行物体。「未確認」と言いますがIdentifyは身元確認とか種類の同定といった意味合いで使われる言葉なので、「所属も種類もよくわかっていない飛行物体っぽい何か」、UFOという単語はこれぐらいな感じで理解した方がおそらくよい。それが風船だろうが宇宙人の船だろうが識別ができなければ「UFO」だし、『機動警察パトレイバー 2 the Movie』でベイブリッジを爆撃した戦闘機もまぁどこの何の戦闘機か最初はわからなかったので、その時点では広義のUFOと言えるわけですはい定義おわり。

で、どういう映画かっていうとタイトル通り宇宙人に拉致られたって言う人が色々出てきたり自分は拉致られたことがなくても宇宙人拉致体験すなわちアブダクションを妄想とかではなく事実だって主張する界隈の人が出てきたりして、米国版ウィキペディアを主なネタ元にアブダクション否定派の主張に反論したり、個々のアブダクション事件のページの記述がいかに否定派側に偏っているか暴き立てようとするものでした。

えー、そうですね、いやぁ…こういうのを与太話だねあっはっはと笑って流せるおおらかな時代もあったものですが今はほらやっぱり、究極の民主装置にして衆愚装置でもあるおインターネットでみんな自分と同じような考えの人とばかり繋がって自分の信じる「真実」だけを信じようとするじゃないですか。まぁ昔からそうであったしインターネットはそれをやりやすくしただけとも言えるかもしれませんが。

それでまぁそういう世の中ですしこういう政治的な内容ですし…あ政治的な内容というのはですね広義の意味の政治的ということでつまり自分たちの主張を通すことを目的とした映画といった感じで受け取ってもらいたいのですが…神経使うなおい! でも神経使ってできるだけ誤読されないようにしないとこういうセンシティブな映画は語れない時代だよねみたいなのもあるんですよ、ウィキペディアの一文だけ抜き出して出典もなにも見ずその物事を知った気になる思考の雑な人とかもいますしね…この映画のことじゃないけど!

広告

俺のスタンスを明確にしておくと、まず肯定派VS否定派っていう二項対立、これ不毛。アブダクションは虚言もしくは妄想か現実か、これも不毛。宇宙人が存在するかしないか、これを問うのも不毛。じゃあUFOは実在するのか。これだけは反論の余地なく完全にイエスなので不毛じゃない。「所属も種類もよくわかっていない飛行物体っぽい何か」は誰でも空を見上げるだけでたくさん見つけられます。しかしそれは「所属も種類もよくわかっていない飛行物体っぽい何か」なので、風船か人工衛星かはたまた宇宙人の乗り物かはわからないわけです。わかってしまったらそれもうUFOじゃないですから。

で、「わからない」っていうのを「わかる」って本当大事だよねってめちゃくちゃ思う映画でした。あと問題をむやみにでっかくしないで細かく分けて考えるって大事だよねとか。そうだねぇ…どこから書けばいいかわからないんですが、映画の中でですねオタクの早口的なナレーター男性が「アブダクションを虚言と決めつける人もいるが報酬もなく虚言を証言する人はいない。彼らの多くは精神的に正常だと診断されている」とかなんとか言ったりするんです。

いいですか、置きますよ。あらゆる他のツッコミどころ置きます。置いた上で…あのね、虚言と対立するのは事実の証言じゃないから。たとえば俺がですね昨日の夜なに食ったか思い出そうとして天丼を食べたような気がするなぁと考えたとするじゃないすか。でもそれって事実と違うこと往々にしてありますよね。昨日の夜に俺が実際に食べたのは見切り品で50円だったパン一個だとしよう。その場合、昨日の夜に天丼を食べたと俺が考えるのは事実と違うわけですが、なにも嘘のつもりで言っているわけじゃないから嘘じゃない。かといって真実でもない。

俺が昨日の夜に食べたものを思い出せないときは昨日の夜に俺が食べたものは「わからない」わけで、その「わからない」を無視して無理矢理思い出そうとすると天丼を食べたような気がするなぁと思ったりすることもあるし、そうするとなんだか実際に食べたような記憶が生まれたり、あるいは別の夜に天丼を食べた記憶が間違ってそこに入っちゃう可能性がある。こういうのは「わからない」を無視したことで生まれる嘘でも事実でもないあえて言えば非真実で、ある問いの答えを立証する手立てがない時にはその答えは「わからない」なんです。

たとえばこのような問題文を考えてみればよい。AくんがBくんを殴り殺してBくんの持っていたリンゴを5個奪いました。さてBくんの死体の傍らにはリンゴが何個残ってるでしょう? 答えは「わからない」。答えを出すデータがこの例題にはないので、ここで例題にない勝手な推測を働かせて3個とか6個とか86億個とか言ってはいけないわけですよ。それはそうとAくんとBくんに何があったんでしょうね! 少年事件の闇!(しかし「くん」とは書いたが「少年」とは書いてないのでそれも実は非真実なのである)

広告

肯定派VS否定派の二項対立を想定したりするのが不毛っていうのはそういうことなんですよね。この映画の中では肯定派のインタビューしか出てこないので否定派の急先鋒として槍玉に上げられる人たちが実際になんと言ってるのかはわかりませんけど、結局アブダクションなんか状況証拠と証言とあとはまぁ物証と称するインプラント物質が見つかる場合もあると言いますけれども…ただそれが仮に体内に埋められていたとしても「誰が」埋めたかという問題の答えはその物質自体にはないので(仮にこれが地球外物質だと世界中の偉い科学者が認めたとしても、そのことが示すのはその物質が地球外物質であるという事実のみで、「誰が」埋めたかという問題の答えにはならないわけです)…それに関して、肯定側がアブダクションを実証することはできないし、反対に否定派だってアブダクションの非在を実証することができないわけです。悪魔の証明というやつで。

だからこういうのは問い自体が不毛。アブダクションに関して言えることはそれが事実かそうでないか「わからない」、本当はこれだけでしかないんですよ。これは宇宙人と宇宙船も同じ。「わからない」。存在するとも実証的には言えないし、存在しないとも実証的には言えない。少なくとも現時点ではそれ以外の答えはないんです。アブダクション体験があったのかどうかも「わからない」なら、それが宇宙人の仕業なのか、それとも夢や妄想の類なのか、あるいは無意識的な記憶の捏造なのか、はたまた目立ちたいが故の虚言なのかもわからない。それが仮に幻覚だとして、幻覚なんか別に精神疾患とかドラッグの影響のない健康人だって身体的・精神的・環境的条件が重なれば普通に起こることです。

この映画はアブダクションは真実だと訴えかけるわけですが、以上のことからこちらとしてはそれが真実かどうかは「わからない」としか言いようがないし、その「わからない」を否定にせよ肯定にせよなんらかの別の答えで置き換えようとすることが政治的行為なわけだから(たとえば大統領選でどっちの候補に入れたらいいのか「わからない」という人に、自分の推し候補への投票を求めるのは政治的行為ですよね)、この映画はとても政治的な映画だったというわけです。

えー、内容ほとんど触れてませんがだいたいどんな映画かわかってもらえたでしょうか。映画を観て「アブダクションってあるのかもなぁ~」って思った人はそれは「わからない」ことだと納得してもらえたでしょうか。もらえたらとてもうれしいポスト・トゥルースな2020年ですよ。

広告

あーあ、なんか白けちゃったな。俺はもっと宇宙ロマンが見たかったよ。なんで宇宙人見れる! 楽しい! って思って見に行った映画でウィキペディアの記述の偏向とか否定派の本の不備を叩く光景を延々見せられなきゃいけないんだっつーの。お前ら地上の論理に根ざしすぎだろ。製作陣こそアブダクションされて宇宙的視点を獲得しろ宇宙的視点を。まぁ、パート2も見るけれども!

※と書きながらそういえば今読んでいる本にアブダクション体験を扱ったこの映画にはちょうどいいことが書いてあったなと思いだしたので引用したい。

合衆国に特有の問題のひとつは栄光である。それは、部分的には現代において栄光が極度に稀少となっていることによるが、それだけではなく、栄光が極度に通俗化しているしているからである。
〔…〕
飛行機を間違えて、サンフランシスコのオークランドOaklandからニュージーランドのオークランドAucklandまで行ってしまったこの人物と同じである。この予期せぬ出来事によって彼は現代の英雄となり、至るところでインタヴューを受けたのであり、彼にかんする映画が撮影される。事実この国では、栄光なるものはごく高潔な徳義にも、また英雄的行為にも帰属せず、ごくささいな運命の特異性に帰属するのである。したがって、誰にでも絶対に栄光は存在する。
ジャン・ボードリヤール『アメリカ 砂漠よ永遠に』田中正人 訳

※※あとアブダクション経験者の全員ということではもちろんないと思いますが映画に出てきたアブダクティーのうち二人がキリスト教徒っぽいというのは興味をそそられるところで、考えてみれば、神を信じる国の人たちが宇宙人の存在を信じるのも当たり前のことかもしれない。それはそれとして手弁当で作ったファウンド・フッテージのアブダクション映画をモノホンとして悪いやつに売られてしまったという映画監督のインタビューはちょっと泣けたし、本人は至って真面目なアブダクション肯定派と思われるインタビュアーが「なぜ宇宙人は頻繁に地球を訪れているのにホワイトハウスには来ないのですか?」って訊いたりしてるの笑ってしまった。そういうところ面白かったですね。

【ママー!これ買ってー!】


アブダクション―仮説と発見の論理
アブダクションというから宇宙人の本でしょって思ったら残念、論理学の本でした。でも論理的思考を身につけるの大事だと思いますいやマジで。

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments