我が家にサノスがやってきた映画『ハッピー・オールド・イヤー』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

どこか遠くへ行っていた人がしばらくぶりに家族の下に帰ってきたらなんかおかしくなっていた、という恐怖譚は最近では満州に渡った平和平凡な会社経営者が義憤と狂気に憑かれてしまう『スパイの妻』がありましたしゾンビ業界的にはベトナム帰還兵がだんだん吸血ゾンビになっていく『暗闇にベルが鳴る』のボブ・クラーク初期作『デッド・オブ・ナイト』が有名ですが、『ハッピー・オールド・イヤー』の北欧留学していた意識高い系の主人公は留学先でミニマリズムに目覚めたと言ってタイの実家に帰ってきたらいきなり家中のモノを捨て始めました。

どうしよう。もちろん理由もなくはた迷惑な断捨離行というわけではなくこの主人公はパートナーの坊主女と一緒に商売でもやるんだかなんだか知らないが、とにかく今のままの実家では今後の新生活に差し支えがあるっていうんで実家を改造したいとそのような合理的な理由はあるらしいから壊れてしまったわけではないようだ。一応話は通じる。

しかし話は通じてもダメ兄貴と頑固母親の反対意見までこの主人公は断捨離してしまうのであまり実のある会話にはならない。母親に黙って家具を売り払おうとしたり兄貴に例のこんまりの断捨離番組を見せて洗脳的にときめかせようとしたり家庭内被害は甚大である。本屋に行っては「モノを増やしたくないから」と撮影禁止の注意書きをガン無視して堂々とスマホで本を撮りまくるのだから常識も捨ててしまった。

「ミニマリズムは仏教に通じ…」と得意げに語る主人公であったがその常軌を逸した行動の数々は確かに出家者っぽいかもしれない。でも修行に巻き込まれる方にしたら迷惑でしかないので兄貴の目には主人公がサノスと映るのであった。サノスとこんまり。まさかの接点であるが言われてみればやっていることの基本は同じである。どちらが脅威かとあえて問うなら現実には存在しないサノスよりも世界中のご家庭にNetflixを通じて侵入しモノというモノを消去していくこんまりの方がどう考えても脅威であるし、少なくとも正義はあったサノスと違ってこんまりに正義は別にないのでサノスよりこんまりの方が凶悪でさえある。

これは早々にアッセンブルが必要なのではないだろうか…と思われたところで意外な方向からアッセンブルが実現する。パートナーの思い出のモノまで捨ててしまいキレられた主人公は人から借りたり貰ったりしたモノなんかは持ち主に強制的に返そうと思い立ち、頼まれてもいないのにかつての友人や恋人を訪ね歩くのであった。だが主人公の善意とは裏腹に古傷をえぐられる形となった友人や恋人たちは…断捨離って、人間関係の凶器だね。

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というお話なのでビターですよこれは。ほんのりユーモアを漂わせつつもビター。まぁ今は大掃除の時期ですし断捨離の必要性というのもよくわかることはわかりますがそんな簡単にですね要る要らないに割り切れないですからモノは。だいたいどんなモノにも人が持っていた以上は過去があります。俺も昨日掃除しててたらバーチャガン見つけてぶわーっとサターン版『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』の記憶が蘇りましたからね。モノを捨てるということは過去を捨てるということなんです。そのバーチャガンは別に要らないから『ビートマニア』の通常版5鍵コントローラーと一緒に捨てましたけれども。

そういうわけで最初はかぶれてるなーとしか思えなかった主人公にとってのコンマリズムも実はこの人が忘れたい過去に見切りをつけるための方便であったことが段々とわかってくる。面白いのはそのことで主人公の周囲の人々も過去と向き合わざるを得なくなっていくところで、こういう展開だと日本映画を含むハリウッド的王道シナリオではみんなで過去を清算して前に進もう! みたいな無神経ポジティブ感動エンドに向かうのが常だが、この映画の場合はどうもそう都合良くいかない。

前に進むために過去を清算しようとしていたらいつのまにか進むも地獄戻るも地獄みたいな人生の隘路に陥ってしまった。象徴的だったのはルックス的にあまりに直撃だったので断捨離の行方とかどうでもいいからこの人のスピンオフが見たくなってしまった寒冷ヘヤーのバンド系美女のシーンで、いつどういうきっかけでそんなもん借りたのか知らんが主人公コントラバスみたいのをその人に返しに行く。喜ぶだろうと安直に考えていた主人公の目論見は見事に外れバンド系美女、ふざけんなとコントラバスを突き返す。だが主人公が物陰からそっと様子を窺っていると結局、彼女は諦めたようにコントラバスを引き取るのだった。

色々あったんだろうなあの楽器店かなんかでバイトしてる風のバンド系美女にも。叶わなかった夢とか人生を変えた腹立たしい人間関係とか。で、もうそんな過去は忘れたと思ったら急に過去の亡霊が断捨離だかなんだか知らねぇがコントラバス持って現われるんです。たまったもんじゃないよね。みんなそれぞれ事情があって忘れようにも忘れられない過去と適当に折り合いを付けながら生きているのに、こんまりの憑依した主人公は強引に過去との対決や忘却を迫る。こんなのホラーですよ。黒沢清の映画に出てくる人じゃないですか。

でも、じゃあ断捨離なんかせん方がいいのかというとゆーてもある程度はやらないと人生前には進めない。やらないと前には進めないがやって前に進んだからといって過去が消えたり過去の垢にまみれた自分がキレイになるわけでもない。断捨離行を通じてまだ学生気分の抜けない理想主義の主人公は当初目指していたところのこんまり的イノセントからむしろどんどん遠ざかって、ミニマルに物事を割り切れない罪人としての大人になっていくというのがこの映画の苦々しいミソで…その顛末を一歩引いてシニカルに眺めるあたり、なんとなく小津映画っぽかったかもしれない。夾雑物のない端正な構図とか低温のユーモアもそんな感じですしね。

ちなみに劇中に出てくるこんまりの番組は「日本の家はタイより狭いからこういうのが成立してるだけ」みたいな台詞で一刀両断されており、あまりにも正論だったので思わず苦笑いを浮かべてしまった。人を食った風刺的な台詞といい微細な感情表現といい、いやぁなんだか大人の映画ですなぁ。

※あと主人公のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンさんは小雪と蒼井優の中間ぐらいな顔立ちがなんか絶妙感ありました。超こんまりにハマリそう。

【ママー!これ買ってー!】


コロンバス [DVD]

これも趣向としてはちょっと近いんじゃないすか。モダニズム建築の映画ですし。

2 Comments
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さるこ
2020年12月24日 6:28 PM

こんにちは。
たぶん、これが私の今年最後の映画です。面白かったです、カラッとしてて。タイ映画って、こんな湿度なのかな?にしても、スマホ決済の速さには感心しました。それと何気にタイ文字が可愛い。

http://www.365simple.net/?site=sp
今、リメイク版もやってるけど、北欧繋がりでこちらもどうぞ。小道具が北欧らしくて好きでした。

どうぞ来年も、良い映画を!