勉強は大変映画『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』感想文

《推定睡眠時間:15分》

映画の冒頭は今回の舞台となる天カス学園っていう小中一貫校の時計塔にこの学校の制服を着た風間くんが来てて何やら願い事をしているシーン、そこには怪人がおって恐れをなした風間くんはうわーって逃げて叫ぶのです。「しんのすけー!」画面変わってタイトル、イン。ってそれ映画ドラえもんの演出だろ。あははおもしろいなー、のび太がドラえもんの名を叫ぶのはドラえもんが頼れる猫型ロボットだからだけどしんのすけは助けを求めたところで全然頼れないのにネ!

っていうさ、ギャグかと思ってたしこのシーンに関してはそういうパロディの意図があったと思うんですけど、なんか今回のお話は風間くんとしんのすけの友情が核になっていて、うーんそう来るか、そう来るのか今回は…風間くんが「しんのすけー!」って叫んだ意味も後々わかるんですけど、わかったらなんかイイ話になっちゃった。

映画クレヨンしんちゃんに悪童感とかある種のアナキズムを求めるのはもう無理だとは毎年観てるから知ってる。それもここ数年の傾向とかじゃなくてもっと前から…分水嶺はどのへんかなぁ…俺の感覚では2007年の『歌うケツだけ爆弾』。それまでも映画クレヨンしんちゃんでイイ話をやるっていうのはもちろんあって、言うまでもなくその最高峰は原恵一の『アッパレ戦国大合戦』ですけど、俺の中ではイイ話にもハードなイイ話とソフトなイイ話があって、原恵一の描くイイ話はハードなイイ話なんです。

経験的な現実の辛さ厳しさが下地になっていて、そこからアスファルトを突き破って咲く名前も知らない花みたいな感じで友情とか信頼とかがポッと出てくる、そういうイイ話。これは原恵一監督作だけじゃなくて本郷みつるの傑作『ヘンダーランドの大冒険』とか水島努のこれは名作『夕陽のカスカベボーイズ』とかもそうで、映画クレヨンしんちゃんって『夕陽のカスカベボーイズ』ぐらいまではそういうちょっと大人の匂いのするシリーズだったと思うんですけど、原恵一時代がマニアック過ぎたのか『3分ポッキリ大進撃』ぐらいからはもっと分かりやすく子供向けになって、それと歩調を合わせてファミリー向けになって、イイ話をやるにしても現実の辛さ厳しさが背後に見えないソフトなイイ話になっていった…という俺持論があって。

そのソフトなイイ話としてのしんちゃん映画のこれは一つの到達点って言っていいんじゃないかなぁ。『天カス』はソフトなイイ話ですけどもうそこに照れとか躊躇いとかなくて、だからこれはこれで完成されていて、みさえがしんのすけを抱きしめるとか当たり前にやる。でさ、これはあくまでネットの感想をざーっと見た感じですけど、そういうのに違和感を持つ人もそんなにいないんだよな。だから思ったよ。これはもう俺が違うんだなみたいな。俺はこういうソフトなイイ話のしんちゃん映画が好きではないですけど、それはイエスタデイ・ワンスモアってやつで、もう昔のしんちゃん映画じゃないんだってそろそろわからないといけないなって…あのねこういう感傷的な感想、たぶん昨年のしんちゃん映画観た時も一昨年のしんちゃん映画を観た時も書いてるから。そんな簡単に忘れられるか! あの頃のしんちゃん映画の面白さを!

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まぁ今回異色作って感じで色々作ってる側も試行錯誤してるんだと思いますよ。映画ドラえもんで言ったら『ひみつ道具博物館』のポジション。しんちゃん映画の定番プロットは春日部に悪いやつがやってきてかすかべ防衛隊が戦うみたいなやつですけど今回はかすかべ防衛隊が全寮制の学校に一週間の体験入学に行くというお話で、そこで起きた怪事件と学園に巣食う吸ケツ鬼(ケツを吸う)の正体を解き明かそうとするミステリー展開、よってしんちゃん映画といえばアクションと俺の世代だと思ってしまうわけだが、今回アクションほとんどなし。もっと言えば悪役も出てこない。

悪を打倒するっていう展開がファミリー向けの映画に合わないって判断があるんでしょうね。昔のしんちゃん映画はちゃんと悪い奴がいて悪い奴にも美学とか思想があって…いかんこれも毎年書いてる! 先に進もう。意識はともかく感想だけでも。それで部分部分体調悪かったから寝てますけど全体的な印象は、要素をかなり詰め込む。単純にゲストキャラクターが多いというのもありますけど、この天カス学園の設定もわりと凝っていて、単純に「いつもの春日部じゃない場所」っていう感じにはなってないんですよね。そこで事件が起こって、かすかべ防衛隊が探偵部を設立して、防衛隊の面々が学園の中で恋をしたり友達を作ったりなんかして、しんちゃんと風間くんの確執があって、とまぁ多彩なものです。

それが全部とは言わないですけどパズルのピースみたいになっていて、謎解きをしていく中で一枚の絵を成していくのは巧い、面白いシナリオだなぁと思って、でも俺はそれがシナリオとしてはキレイにまとまっていても映像として考えると各部分が結構バラバラで散漫だなぁと思った。物語の必然性と映像の必然性ってやっぱ違うじゃないですか。事件が起こってから探偵部を設立する流れとかいちいち丁寧にやるんですけど、でもさ、そんなの映画なんだし元から探偵部があることにして、たとえばかすかべ防衛隊の案内役がそのただ一人の部員とかって設定にしたら物語上は強引かもしれないですけど、映画的にはそっちのがスムーズで頭にスっと入ってくるとか、そういうのあると思うんですよね。

だから謎解きのカタルシスとかも俺にはそんなに感じられなくて。で、人間関係がどうとかも俺はぶっちゃけどうでもいいから、ボーちゃんの恋の顛末とかそんなの知らねぇよ勝手にやってろよガキがって思うし、マサオくんが憧れの先輩を得てもそんなの知らねぇよ勝手にやってろよガキがって思うし、風間くんとしんちゃんの友情とかやられてもうっせぇよガキがって思うし、いやそこまで言うならお前はしんちゃん映画を観るなよって自分でも思うんですけど、でもまぁ今回ね、今回ミステリー編ということもあってレギュラーキャラに加えてゲストキャラの関係性とかドラマを延々見せるわけですよ。

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なんかさぁ、今の世の中ってフィクションの中の人間関係をみんなすごく見たがるじゃないですか。連続ドラマ人気とかも要はそういうことじゃないですか。あのキャラはどうなるんだっていうのが知りたくて際限なく続き見るわけでしょ。誰と誰がくっついたとか離れたとか。ゴシップ的だよね。それこそ『ゴシップガール』なんてドラマが人気を博したこともあったけどさ、リアリティショーの人気とかっていうのも結局は人間関係の面白さが人気の秘訣なわけで、とにかくみんなそういうものばっかフィクションに求める。フィクションの中になかったら自分たちで妄想して二次創作しちゃう。

面白くないよな。みなさんは知りませんが俺は全然面白くない。だって人間関係が見たかったら学校行ったり会社行ったりすればいくらでも見られるんだもの。それなのにどうしてフィクションの中にまで人間関係を求めるんだろう。まそれは趣味の問題だから構いませんが映画クレヨンしんちゃんがそうした低俗な日常の論理を突き破るシリーズであったことはたとえ毎年書いていることであっても何度でも書いておきたいところだ。

映画クレヨンしんちゃんの中でしんちゃんたちは最後には家に帰るとしても家の外の世界を冒険する。その外の世界のスケールは年ごとにバラつきはあっても全体的には縮小傾向で、今回の『天カス』では外の世界といってもしょせん学校だし、合間合間に家でしんちゃんの帰りを待ち望むみさえのシーンが差し挟まれることで映画全体の非日常感はここ数年のしんちゃん映画の中でもとりわけ薄い。

今の子供はこれを観てどう思うのだろう、とはこれまた毎年しんちゃん映画の感想で書いていることだが、今年もやっぱりそう感じてしまったし書かずにはいられない。今の子供はこれを観てどう思うのだろう。あるいは、昔のしんちゃん映画を知らない子供が『ヘンダーランド』とかを観たら。俺には今のしんちゃん映画は大人かせいぜいヤングアダルト層が喜んでいるだけに思えるのである。

【ママー!これ買ってー!】


映画 クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡 [DVD]

こんなアナーキーなしんちゃん映画はもう作れないだろうし、だいたいタイトルが既に無理。

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匿名さん
匿名さん
2021年7月31日 7:38 AM

めんどくせーやつ

匿名さん
匿名さん
2021年8月8日 3:41 AM

久しぶりにしんちゃん映画を見に行ったけど面白くなくて悲しくなっちゃいました
けれども劇場は満席だったし、周りの子供たちは大はしゃぎで楽しそうに見てたのでまぁいっかになってしまいましたが…