老人奴隷で荒稼ぎ映画『パーフェクト・ケア』感想文

《推定睡眠時間:0分》

情報量の少ない日本版予告編からは主人公がロザムンド・パイクで共演がピーター・ディンクレイジで介護ホーム的なところが舞台っぽいということぐらいしか読み取れなかったのでそこから俺の超映画脳が量子的計算力で弾き出した映画の想像内容はロザムンド・パイクが館長だかなんだかを務める介護ホームに協調性ゼロのお騒がせ入居者ディンクレイジがやってきて秩序を重んじる館長パイクとあらゆる場面でお互い一歩も譲らず敵対するもののディンクレイジがホーム内で起こした数々の騒動のおかげでマンネリ気味だった他の入居者たちが活気づいてこういうアウトサイダーと一緒に暮らすのは大変だけどでもその方が人生豊かになるよねでもやっぱりある程度は協調してね的なアメリカ的教訓を観客に与えるクリスマス映画っぽいイイ話だったのですが実際観たらばあああああああああ! 爆破! 完全爆破塵一つ残らず!

いやもうそっちかい感がすごかったですよ。これはノワールかなりえげつないノワールもしくはピカレスク・ロマン。ロザムンド・パイクの役柄は脱法的極悪人。この人は法定後見人なのですが悪徳医師(女)と悪徳介護ホーム長(男)と結託していて知力も体力もまだまだ元気なお達者老人を悪徳医師から買っては誇張診断書を法廷に提出、「これは認知症がずいぶん進行しているようだ…保護が必要ですね、お願いできますか?」とこうして合法的に繰り返すがまだまだお達者な老人に責任能力なし判断能力なしの烙印を押して奴隷小屋としての介護ホームへポン。

当然老人の方はなんやこれどういうことなんやと異を唱えるがパイクの命で外部との連絡は取れないようになっており面会も許されてないから窮状を伝える手立てなし、しかも監獄ばりのセキュリティシステム完備で脱走も不可、それでも抵抗する老人は「認知症が悪化した!」みたいな絵空理由で鎮静剤を打ちまくられベッドにくくりつけられ食料や移動や常用薬の使用を制限するなどの拷問を与えられる。そのころパイクとそのパートナー女はあくまで合法的に誘拐軟禁拷問されているホーム内奴隷老人の資産を売り払って自らの懐に入れ後は死を待つばかり可哀相な奴隷老人たちを尻目に楽々上流生活を送っているのでした。

いや悪すぎるだろう。インターネットのお馬鹿さんたちの中にはこの極悪ビジネスを自分からやってるパイクを「高潔」だの「人は殺してない(から悪くない)」だのとわけのわからん理屈で英雄視している危険人物もおりますがこんなもん奴隷商人でしかねぇわ。で、その現代の奴隷商人パイクがこいつは高級な奴隷だぜって目をつけていつもの手で介護ホームに押し込んだババァが実は裏社会のドン的なピーター・ディンクレイジと繋がっていて…というわけで奴隷老人を巡って仁義なき抗争が勃発するのでした。全然おれの予想と違うあれどこあのイイ話どこ!?

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いやぁ面白かったなぁ。まずお話の着眼点がイイですよね。この現代アメリカで合法的に奴隷(的な)作って儲けるにはどうすればいいかっていうことですが医者と法定後見人と介護ホームが結託してこの法定後見人が邪悪かつ有能ならわりとあっさりできてしまうんだから怖いですねぇ(実際にはできないんだろうけど!)。最初に出てくるモブ奴隷老人はトランプの集会に超行ってそうな絶対に金の稼げない見た目の息子がいるんで法廷でこの息子とパイクが対決することになる。でもトランプの集会に超行ってそうなやつだからパイクの弁説力に敵うわけなんかなく、なんでも弁が立つ方が正しいアメリカだから真実はトランプの集会に超行ってそうな方にあるのにそんな野卑なところには絶対に行かないパイクが舌先三寸で正しいことに、それどころか正義にすらなってしまうのだ。やってることは奴隷商人なのにね。

奴隷商人というが(俺が言ってるだけだが)この人は単に金に汚いだけのクズではない。具体的な背景は分からないがちょっとした事故に遭って抜けてしまった奥歯を冷静に牛乳保存する際の手慣れた様子からすると事故事件で歯が抜けたことは一度や二度ではなさそうである。つまり修羅場をくぐり抜けてきた強者、ということだ。なにせ演じるロザムンド・パイクといえば戦場映画監督マシュー・ハイネマンの『プライベート・ウォー』においてシリア戦争の最前線で没した隻眼の戦場ジャーナリスト、メリー・コルヴィンを迫真の演技で蘇らせたハードボイルド役者である。相手が裏社会の人間らしいと知ったところで一歩も引くことなくいやむしろ、前に出る。「男の武器は虚勢なのさ。今までに何百回と脅しをかけてきた男どもがいるが、そのうち実力行使に出たのはたったの二人」。

一応表社会の人間なのに裏社会の人間よりも肝が据わっているというかこれはもうヤクネタの類いでは…の無謀な豪胆さでパイクは大胆にもディンクレイジに宣戦布告、ババァ返して貰いたきゃこっちの提示した額を出しなと窮地を商機に変えてしまうのであったが、まぁとにかくこの人は男に負けるということが許せない。映画の冒頭でパイクは言う。フェアプレイじゃ持たざる者は持ってるヤツに勝ち目が無い。勝つためには自分が何者か知ることだ。察するにパイクは能力はあったが不合理な性差別によって男との出世競争に負けてきた人物なのだろう。ルールがフェアじゃないならフェアプレイなんかやるだけ無駄さ。ということでパイクはフェアプレイの原則を捨てる。それからずっと彼女は虚勢ぐらいしか能がない無能男どもに勝ち続けてきたのだ。

マーベルの『エターナルズ』ではキャスティングに関してネットでちょっとした論争があったがキャスティングの面白さではこちら『パーフェクト・ケア』も負けてはいない。あえて言うならこの映画はリベラルが善の側に振り分ける属性を持つ人々が積極的に悪を成し、リベラル的な世界観の中で悪の印を付けられがちな属性を持つ人間は中立のポジションに置かれるのである。このシニカルでノワールな倒錯が暴力や死の描写そのものは意外とヌルい『パーフェクト・ケア』に黒々とした魅力を与えているが、この映画のキャスティングの妙はそれだけではない。

レズビアン(トランスっぽい)のパートナーを持つパイクがお仕事で結託する悪徳医師は女性であり、こっそりと情報を流してもらう顔なじみの警官もまた女性であり、言うならばこれは女性族である。介護ホームの長および警備員などは男だがこれが何を意味するかはパイクがVSするもう一つの族、ディンクレイジ率いる男ギャング族の構成を考えてみれば明らかになるのではないだろうか。男ギャング族の中で殺しの実務を担当するのは映画に出てくる範囲では族で唯一の女性なのである。一方、女性族で老人奴隷管理(拷問や死体処理など)を担当するのは介護ホームの男性たちというわけで、鏡映しのようになっているこの二つの族はそれぞれの族の中での少数派が汚れ仕事をさせられる形になっているわけだ。

この図式はもっと拡大することもできる。パイクは現代アメリカ社会が「フェアプレイでは勝てない」から老人奴隷商人とかいうヨゴレ仕事をやっているわけで、結局のところ男ギャング族の女殺し屋とポジションは大して変わることはない。一方で男ギャング族の方もその出自からすればやはり現代アメリカ社会で「フェアプレイでは勝てない」人たちなのだ。とすればこれは現代アメリカ社会のヒエラルキーの中で能力とは無関係に下流傍流を余儀なくされている、勝てない者と勝てない者の相克の映画と言えるんじゃないだろうか。全体からすればわずかばかりの富や名誉や自由を巡って弱者同士が潰し合う哄笑に覆われた悲惨さが、こうしたキャスティング(と属性設定)から浮かび上がるわけだ。弱い者は当然、族を作るしかない。

さて野良犬どもの潰し合いに勝利したのは…とそれ以上はネタバレになるから伏せますが(もう結構踏み込んだこと書いたと思うが)大方の予想に反して白人男性ではないことはまぁ別に書いちゃっていいだろう。ショック! 白人男性が勝たない! だってほらそういう苦いエンディングみたいのもありがちじゃないですか、女は賢明に戦ったけどセコイ男に結局は敗れて…みたいな。そういうんじゃないから。パイクは虚勢で俺こわいんだぞをアピールするだけのセコバカ男ごときには負けませんし男カルチャーの虚勢術も闘争心も完璧に手中にしているからむしろそんなヤツは片手で打ち負かせるんである。だからそういうんじゃない。

まぁ抽象的なことなら書いてもいいよね。勝ったのはたぶん虚勢を本態とする資本主義です。全てを(人間さえも)商品に変えて頂点から垂れ下がる蜘蛛の糸が形作る幻影ヒエラルキーが人々に際限なく競争を促す資本主義が勝ちました。この皮肉。黒人判事が善意から現代の奴隷貿易に加担し、人殺しも厭わないギャングの方が合法的に奴隷貿易を行う表社会の人間どもよりも人間らしく見え、「自分が何者かを知る」パイクは競争に勝つことだけを考えていたら「自分が何者か」わからなくなってしまった、この皮肉、皮肉、皮肉の重箱。

ふー、嫌味な映画! いやまったく嫌味だらけで最高な映画でしたナァ。ロザムンド・パイクもカッコイイし二転三転のストーリーも面白い、笑えるしサスペンスもある、だいたいこの現代アメリカ社会を宇宙ステーションから眺めるような冷めた目が、俺は大好きなのである。

【ママー!これ買ってー!】


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この映画のロザムンド・パイク、超ハードボイルドでめっちゃ良いのよ。

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omoideneko
omoideneko
2022年2月21日 10:04 AM

面白かったですね、日本でリメイクだと「ゴーン・ガール」で思ったのですけど顔がそっくりで真野響子主演で小さい人で白木稔だけど猫ひろしで良いかもあと母親ですけど清川虹子いいけど故人なので倍賞美津子です。