プーチン体制を笑え映画『ドンバス』感想文

《推定睡眠時間:30分》

ドンバスというのは、と俺ごときが半可通の講釈を垂れるまでもなくロシアとウクライナの係争地でありロシアによるウクライナ侵攻の直接の原因となったウクライナ東部を指すが、ウクライナ侵攻後急遽チャリティ上映企画が組まれ一般公開も先日決定したウクライナ人映画監督ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの『アトランティス』『リフレクション』にしてもこの『ドンパス』にしてもドンバス紛争を題材にしたものであり、これらはいずれもウクライナ侵攻以前のそれぞれ2017年、2021年、2018年に制作され国際的に(西欧映画界でと言った方が適切でしょうが)高い評価を受けているってなわけで、2022年5月23日現在ウクライナ戦争の主戦場となっているドンバスの重要性を改めて認識すると同時に、そんな重要な場所とそこで起こっている出来事をウクライナ戦争が始まるまでほとんどなんも知らんかった己の不明を恥じるばかり。

でもしょうがないね日本のメインストリームの報道になんかクリミア併合以降のウクライナ情勢なんておそらく全然乗らなかったでしょうから。別に報道が悪いと言ってるんじゃないし俺が悪いとも言ってない。そりゃある程度はもっと頑張んなきゃダメでしょうそれは的なところもあるかもしれませんけど全世界の政治社会ニュースをカバーしてすべて均等な重要度を持たせることのできる国も人も報道機関もあり得ないわけだから、今までは今までとしてこれからもう少しウクライナとか他のいろんな紛争地(おそるべきざっくり概念)に目を向けることができればいいねぐらいな責任感のきわめて薄いゆる反省をしておけばいいだろう。

なんでそんな言い訳めいたことを書くのかと言えばこの映画を観た俺と同レベルのウクライナ知識量の人はもしかしたら自分がものを知らないことで罪悪感に駆られたりするかもしれないし、罪悪感は認識の目を曇らすかもしれないからなのであった。『ドンバス』の監督セルゲイ・ロズニツァはウクライナの映画監督で出資国を見ればドイツ、ウクライナ、フランス、オランダ、ルーマニア、ポーランドと要するにあのへんでありってそれもまた知識が雑! だがまぁ伝わればいいんだ伝われば。とにかくこの映画はドンバス紛争をNATOの中心的加盟国および(少なくともこの映画の制作時には)NATOに接近するウクライナが作っているわけで、作ってるっつっても国策映画じゃないんだから各国の政治的立場がこの映画に直接反映されているとは思わないのだが、かといって中立の映画として捉えることもできないのはロシアやロシアと結びつきの深い国々の資本が入っていないことから明らかだ。

情報に対して客観的であったり消極的であったりしようとすることはそれに対する罪悪感を持っていると難しくなるが、情報の偏りはあくまでも偏りとしてちゃんと意識しておかないと、たとえ間接に間接を重ねた超間接的にではあってもこんな場合には戦争に加担することになってしまう。というわけで『ドンバス』は斜に構えて冷笑の姿勢を崩さずに観るべきなのではないかぐらいに思うし、だいいちコメディとして撮られているんだからそれはコメディとして観客の側も受け取るのが礼儀ってもんだろう。俺の観た回ではただの一箇所も誰一人として笑っていなくて真面目なのは結構だがなんだか少しだけ怖いような気もしたのだった。

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で『ドンバス』がどんな映画かっていうとロイ・アンダーソンの映画とエミール・クストリッツァの映画をミックスして優しさを全抜きしたような映画でした。主人公とかはいなくて数珠つなぎスケッチ集の構成。映画は親ロシア派分離主義勢力の支配地域でその後ろ盾となるロシア軍が「ウクライナ軍の攻撃の犠牲となる可哀相な住民たち」のニュースをデッチ上げる場面から始まって、そこに登場した人物がドンバスの別の場所で起こる別の騒動に顔を出し、その騒動に巻き込まれた人物が更にまた別の場所で起こる別の出来事に…と繋がっていく。

諸々おもしろいのだがとくに印象に残ったスケッチを挙げるとひとつはドイツ人ジャーナリストのスケッチ。この人が戦車だか装甲車だかの上で休憩してる若い兵隊たちにあんたらどこの出身ですかって聞くと「えーと…どこだっけ?」「あれだよあれ、ほらこの近くの」「この近くだ」「○○って村だよ」「そうそれ!」いやお前らもうちょっと設定を覚えようとしろよっていうか隠そうとしろよ! ロシアの関与を表面的にでも隠すためにクリミア併合では所属不明部隊をロシアは出したしドンバスの親ロシア派支配地域にも出してるようで(だから事情に通じた人ほどロシア軍の直接侵攻を予測できなかったんだろう)これはそれをネタにしたスケッチ。ロシア兵の若造たちにあんまりにも緊張感がないので笑ってしまう。

もうひとつ印象深かったのは終盤にある結婚式のスケッチ。これは別に何かおもしろいことをやるとかではないのだが新郎新婦および出席者のテンションが異常に高すぎてひっくり返る。ここはロズニツァという人のあえて言うなら性格の悪さの滲み出るところであんた親ロシア派住民なんかちょっと言葉の喋れる原始人ぐらいにしか思ってないだろうと思わずにはいられない。ハイパーアホテンションの祝宴の最中に参列者の一人がこれ見ろよこれ! とウクライナ兵捕虜をリンチする動画をスマホで新郎新婦にシェアしたりしてギョッとさせられるあたりも性格が悪いよねぇ。「よし、じゃあお祝いにちょっと銃撃ってくるわ!」じゃないんだよ!

でもまぁ、基本的にバカにしているとは思うが罪を憎んで人を憎まずってなもんで、結婚式のバカ騒ぎは出口の見えない紛争状況に置かれた無力な人々のフラストレーション発散手段に見えるし、設定を忘れちゃったロシア兵たちも近くの小屋から食えるかどうかわかんない食いもんくすねてきて駄菓子みたいに食ってるぐらいだからかなり限界環境に置かれていることが窺える(ウクライナに侵攻したロシア兵は士気が低いとは西側の分析でよく言われることだが、これを見るとなんとなく納得させられる)

ロズニツァはソ連の作られた現実をテーマにしたドキュメンタリーの『国葬』や『粛正裁判』で有名な監督だが、フェイクニュース作りに始まりフェイクニュース作りに終わる『ドンバス』も現実逃避を含む様々な形の現実の捏造がテーマになっているようで、嘘で現実を塗り固めることがいかに人々をどん詰まり限界状況に追い込むかが描かれている。その意味ではドンバスの住民だけではなく親ロシア派勢力もロシア兵も体制の嘘の犠牲者なわけで、基本的にバカにしているとは思うが(強調)その冷たさの中には一抹の同情も感じ取れないこともない。直接的に描かれているのはドンバスの親ロシア派勢力支配地域だが、批判の矛先はそれを通して像を結ぶプーチン体制に向けられている。

まぁプーチン体制の茶番っぷりを婉曲的に嗤う映画なのですからフェアな映画ではないと意識しつつこういうのは笑って観ておけばいいんじゃないすか。あと思ったのがですね、説明台詞とかほとんどないので出てくる人がウクライナ系の人なのかロシア系の人なのかわかんない。「親ロシア派勢力の支配地域」みたいな場所のテロップだけ出るのでこの状況ならこの人はロシア系の人なのかなぁとかぼんやり推測することになるわけですが、場所のテロップがなかったらわからないので、なんかそこに紛争とか戦争の下らなさがよく出ててよかったなとおもいました。

【ママー!これ買ってー!】


プーチンとG8の終焉 (岩波新書)

これはロシアのウクライナ侵攻を理解する上でめちゃくちゃ役に立った。

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