古谷実原作じゃない古谷実映画『夜を走る』感想文

《推定睡眠時間:0分》

主人公がヤクザっぽい人の前でニヤニヤ笑って「お前笑ってんのかよ」「笑ってないです」「笑ってんじゃねぇか」「笑ってないです」…のやりとりをする予告編のラストを見てあぁこれは俺は観なくていいやつなのかなと思った。というのも同じようなシーンが奥田庸介の『クズとブスとゲス』の予告編にもあって、俺は奥田庸介映画みたいなくそリアリズム系の邦画が基本的に受け付けないので、じゃあ…と思っていたわけですがあぁ目に入ってしまった批評家先生たちの手放しべた褒め。

やれ世界的才能だのなんだのと同じような褒めは『さがす』でも『由宇子の天秤』でも見ましてこれはどちらも俺には大して面白くないどころかちょっとムカつく映画だったわけですからもうだいたい察せられるわけですがでも悔しいじゃないそんなにべた褒めされると! もしかしたら! もしかしたら本当にもしかしたらだけれどももしかしてもしかしたら本当に傑作かもしれないじゃんそれを見逃したくはないじゃんはい観ますわかりました観ますよじゃあはい!

ダメだった。予想どおりの種類のダメさでした。そうだよな、そうなんだよ。じゃあなんで観に行ったんだろうねわかってたんじゃん。これはあれだよ俺が言うところの古谷実が原作を書いていない古谷実映画です。あまり日の当たらない仕事をしていて空虚な毎日を過ごしている人付き合いの苦手な冴えない男が女との出会いをきっかけに凶悪な事件に巻き込まれていくやつ。くそリアリズムのトーンで進むサスペンスタッチのブラックコメディ。あぁ、もう、さあ! なんでそればっかりやりたがるの日本のインディペンデント界隈の注目株と目される人たちはそのネタチョイスおよび作劇はちょっと安易じゃないですかどうなんですかっていうやってて楽しいんですかねぇそれはあああああ!!!!!

あと変な宗教団体が出てくる。変な宗教団体が出てくるんですけどその描写があえてギャグ的に描いているのはわかるんですが、わかった上でなおその存在の嘘くささが嫌だった。これはこの映画だけの問題じゃなくて日本映画ってたぶん90年代以降のことなのかなって思うんですけどすっげぇ宗教を描くのが下手になったんですよね。宗教をやる人の立場で描けないっていうか、最初っから宗教的な世界をバカにしてるから迫真性が本当にない。単なる物語のスパイス程度にしか宗教を考えてない。その薄っぺらい狙いが見えるから冷めてしまう。もうそういうのやめませんかって俺としては言いたいんですが誰に言えばいいのかわからないのでこういうところに吐き出す。

まぁね、いいんじゃないすか。序盤はくそリアリズムの鬱屈青春ものです。途中から古谷実的な群像ノワールになります。後半はシュールなブラックユーモアです。コロコロ変わって面白いんじゃないすか知りませんが。どいつもこいつも自己中心的で無責任で嘘をついてばかりいて出てくる全員隕石かなんかで死ねばいいじゃんと思いますがそれも作り手の計算です。観ている人間にゴニョゴニョゴニョっとした心持ちになってもらえばこれはすごい社会派えいがだーって勘違いしてネットで拡散してくれますから。あぁ嫌だ嫌だ、そんな浅ましさが透けて見えるのも嫌だ。

もういいじゃないすか、こういう露悪的で扇情的で表面的な受け狙いのやつは。もっと本質的なことやりましょうよ。までもそう思ったら自分でやればいいのか。すいませんでした。あなたたちはそれでいいですからその道を進んでください。私は私の道を進もうと思います。そう思わせてくれてありがとう、この映画を作った人たち。

※こんな投げやりな感想はあんまりなので多少は真面目に書いておこう。好き嫌いは分かれるとしても中盤までの古谷実的ノワールはそう悪いものではなく、主人公が働くスクラップ工場の同僚たちの素晴らしい実在感や下らない日常会話の面白さがこれに奥行きをつけていた。問題は中盤以降のブラックユーモア展開で、それがこの作品の意図された独自性だとしても筋が定まらずあっちこっち迷走するだけの展開はスリルもなく笑えるところも少なく観ていて単純にあんまり面白くなかった。

もしかしたらそれこそ古谷実の漫画みたいに週刊誌連載のストーリーテリングを映画でやろうとしたのかもしれない。ただそれがどこに向かうのかわからない面白さには繋がっておらず、飛躍しているようで飛躍しきれないのでどこに転んでも驚きがない。そのどん詰まり感さえこの題材に即せばある程度意図されたものの可能性はないでもないが、どん詰まりの物語をどん詰まりの作劇で描いたところで、だからなに? と俺としては思うわけで、どうせ映画なんだから映画らしい嘘の飛躍が欲しかった、と思うのだ。

これぐらい書いたら、もういいっすかね? 誰に対するお伺いなんだよそれは(ほらだって、これぐらいの予算規模の映画だと監督とかプロデューサーがエゴサして読んだりするんだもん…)

【ママー!これ買ってー!】


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実写版『ヒメアノ~ル』よりもこの映画の方が漫画版の『ヒメアノ~ル』に近い空気が出ていたが俺はそもそも古谷実がわりと苦手なので…。

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