必睡映画『独裁者たちのとき』感想文

《推定睡眠時間:20分》

俺に言わせればこの映画の監督アレクサンドル・ソクーロフは意識的に観客を寝かせようとしているので先日あったらしいも残念ながら行けなかったというか行けないこともなかったが気分が乗らないので行かなかったソクーロフQ&A付き上映にもし行けていればぜひ「あなたは確信犯的に観客を寝かせようとしているように見えますし夢を見ているような映画ばかり撮っていますがこれはなぜですか、あなたは夢や眠りにどんな可能性を見出したのですか」と聞いてみたかった。ソクーロフはなんと答えただろうか。「眠かったですか」「はい眠かったです。っていうかほとんど全部寝てました」「いや起きてろや!」オンライン回線ブチッ! …そんなことはさすがにないと思うのだが。

『独裁者たちのとき』も例に漏れずひたすら眠い映画であった。舞台は天国の門の外に広がる廃墟のようなプレ冥府、ヒトラー、ムッソリーニ、チャーチル、スターリン、ナポレオンやキリストなどは天国の門を目指してそこらへんをうろうろしているがなかなか門にたどり着けないしたどり着いても門を開けてもらえない。どうしよう。まぁいいか。自分が死んだことにもどうやら気付いていないらしいこの第二次世界大戦の亡霊たち(例外あり)はふらふらっと夢遊病のようにプレ冥府を巡りつつ栄光の日々に思いを馳せる。そのディレイの効いた囁くような声、成立しているのかしていないのかわからない会話、ドレの銅版画のような美しく幻想的なプレ冥府の風景と残像ゆらめく亡霊たちの放つ誘眠力は軽い睡眠導入剤などゆうに超えるだろう。ストーリーらしいストーリーもないしとにかく眠い。

思うにこれは幽霊なるものが存在するとすればもっとも幽霊の眼差しに近い映画じゃないだろうか。ふらふらと同じところを堂々巡りしながらうわごとのように同じ台詞を何度も繰り返すその姿を生者が目撃すればきっと幽霊に見えるに違いない。この第二次世界大戦の亡霊たちはプレ冥府を出ることはなかったが、ここは眠っている兵士の死体(死体だがぐーぐーと眠っているのだ)が岩と同化して谷底を川のように亡者の魂が流れているような超現実的空間であるから、亡霊の目にはそう見えているというだけで実はその魂はいまだ人間世界を彷徨っているのかもしれないのだ。

亡霊と睡眠。ソクーロフにとって夢とは死者の目で世界を眺めることなのかもしれず、眠りとは死者の世界に近づくことなのかもしれない。ソクーロフの従軍ドキュメンタリー映画『精神(こころ)の声』の第一部は寝言のような囁き声をバックにロシアの雪原が延々定点観測のように映し出されるというものだが、どうもこれは現実の光景ではないらしいということが次第にわかってくる。戦争とその犠牲者の世界に入るためにはまず最初に眠りが必要だったのだ、少なくともソクーロフにおいては。眠ったときに人は犠牲者と同じ目線に立つことができる。あるいは、地位も国境も時代も越えて様々な人間と同じ目線に立つことができる。ソクーロフが独裁者の晩年を描いた映画を多く手掛けていること、その多くが外の世界の現実を欠いた牧歌的な夢のような映画であることは、ソクーロフの映画がやたらと眠いことと無関係ではない。

というわけでこんな映画を肩肘張って真面目に観るのはむしろ不真面目な態度だろう。俺も眠い目をこすって長々と感想を書くのはやめてもう寝るのでこれから映画を観るみなさんも猛烈な睡魔に逆らわずしっかりと劇場で眠るべし。それがソクーロフ映画を真に観るというとこだ。やつ(※ソクーロフ)は観客を寝かせようとしている。眠りの中で死者の世界に触れさせようとしている。それが現今の世界情勢にあってどのような意味を持つかは言うまでもない。プーチンもこれを観てちょっと寝たらいいと思いますグー。

※ちなみにこの映画、出てくる第二次世界大戦の亡霊たちはCGやディープフェイクのたぐいではなくアーカイブ映像から切り抜いて合成したものと説明テロップが冒頭に出るが、台詞は俳優が吹き替えたもので台詞に合わせた口の動きも元映像を加工して作ったもののように見える。いやそれなんかズルくないと思うのだが、たぶん重要なのは加工しようがなんだろうがアーカイブ映像から亡霊たちの姿を引っ張ってきたという点なのだろうから、まぁ別にいいんだろう。アーカイブ映像の中の亡霊たちは決して老いることも変化することもなく、今も昔もそしてこれからも変わらぬ姿を地縛霊のように現世の人々に見せ続ける。

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5時間半もある映画なのでそれだけあればさすがに観ている途中で眠ることができるだろう。さいきんなんだか眠れないという人は必見。必眠?

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booby
booby
2023年5月5日 3:55 PM

私も勿論ちゃんと寝たのですが、それにしても渋谷まで行って50分近く寝てしまうと、さすがに何しに行ったんだ感が強いです。まあ、キリストと風車と最後の群衆のうねりは見たからいいかと思いますが…それにしても私はタルコフスキーで寝た事は無いのですが、ソクーロフは必ず寝ます。そこに何らかの因果関係がホントにあると面白いのですね。まぁたまたまでしょうけど。

さるこ
さるこ
2023年5月18日 3:52 PM

こんにちは。
チャーチルがやたらと女王陛下に連絡を取りたがってるところに笑ってしまいました。彼女はこんな煉獄には行かないのだ!

さるこ
さるこ
Reply to  さわだ
2023年5月18日 7:48 PM

確かに( ̄∇ ̄)
ソクーロフ監督のはイッセー尾形さんの〝ヒロヒト〟を描いたの、見ましたけど寝てしまって…