ヒーリング系UMA映画『LAMB/ラム』感想文

《推定睡眠時間:0分》

この映画アイスランドの辺境が舞台なのだがアイスランドにはアリが生息していないらしくアリといえば世界中のどこにでも存在するものと思い込んでいた俺にとってこの事実はなかなかショッキングであり、更にいえばそれを知ったのは世界中のアリの総数は数京程度というニュース記事の中でなのだが、あのサイズ感にしてあの群れの規模を誇る生物が推計とはいえ地球上すべてひっくるめてたったの数京匹しかいないとは驚天動地とまで言えば大げさだとしても、衝撃的な話である。

これはちなみに映画の内容とはまったくぜんぜんなんにも関係がないのだが、比較対象としてちょうどいいなと思ったので引き合いに出してみた。『LAMB/ラム』、アイスランドにはアリがいないというトリビアよりもショック度低かったです。死産したか病死したかはたまた事故死したかは不明だがどうやら幼い子供を失ったらしい羊飼いの夫婦が羊のお産を手伝ってあげたところアラ不思議、半人半羊のUMA生物が誕生したではありませんか。

たいへんびっくりしそうな導入部であるがしかしそこにびっくりなし、そしてその後もびっくりなしなので逆にびっくりしてしまう。夫婦はこれもまぁ天から授かりものということでとなぁなぁで半人半羊のUMA生物アダちゃん(これは死んだ子供の名前であった)を育て始めるのだが普通こういうあらすじの映画だったら育てているうちに親の子供に対する嫌悪感が出てきて夫婦喧嘩が殺し合いに発展してとかが少なくとも英語圏の映画なら定番展開も、そこは文化の違いなのか異種子育てにまつわる軋轢一切なし。

これでは単なる可愛いだけのほっこり子育て映画ではないか。UMA赤ちゃんのアダちゃん、つぶらなおめめやふわふわのおけけがむしろヒューマン赤ちゃんよりも愛らしいではないか。そのうえアダちゃんときたらお利口さんであり朝ごはんを食べる時には片手が蹄だから持ちにくいにも関わらずお皿を並べてくれるなどのお手伝いをちゃんとやってくれるし夜泣きやご飯のイヤイヤなどもなく言いつけはしっかり守ってくれたりする。俺もアダちゃんを育てたい!

こんなのほほんおとぎ話の前ではどう考えてもアイスランドにはアリが生息していないというニュースの方がビッグダメージである。ジャンルはホラーとかになっているがホラーじゃないだろこれ「やさしい」というジャンルの映画だろこれは。頑張って譲歩してもせいぜいダークファンタジーであり、とにかくアダちゃんに癒されまくり、ついでにアイルランドの自然風景にもロハスに癒されまくりという驚愕のUMA映画なのである。

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ちなみにどうしてそんな映画が映倫判断R15なのかといえば主演ノオミ・ラパスが夫ヒルミル・スナイル・グドゥナソンとセックスする場面がワンシーンだけあるからなのだったがこのセックスというのも激しいものではぜんぜんマジぜんぜんなく、ノオミ・ラパスの下半身すら画面には映らない。画面の外では夫がノミラパにクンニをしているのだが画面に映るのはノミラパの薄い乳と快楽に歪む表情だけだ。こんなマイルドかつ行為的にもきわめて健全と言わざるを得ない映画にR15の判定が下されるとは…日本の性教育の後進性を憂う。

そんなことはどうでもいいのだが、まぁアダちゃんが可愛いだけの映画とまで言ってしまえばそれはさすがに語弊があるというもので、あのタル・ベーラが製作総指揮に名を連ねているだけあって台詞すらほとんどないきわめてシンプルな作りの中にもさまざまな寓意や暗喩がちりばめられたこの映画、その絵解きの面白さというのもある。とりあえず押さえておくべきことはこれはいわゆる牧神、パンに関する物語だということだろう。パンはギリシア神話における半人半羊の神、笛を吹いて踊りながらニンフと戯れている自由人だが、この牧歌的なイメージを裏返して見せたのがかのラブクラフトに多大なる衝撃を与え今日のJホラーにも(主に高橋洋経由で)影響を与え続けている英国の怪奇小説家アーサー・マッケンとその主著『パンの大神』である。

『パンの大神』のプロットをハイパーかいつまめば怪しい脳外科手術実験により異界と繋がってしまった女性患者が女児を出産して息絶えるのだが、この女児にはなんらかの魔がとりついており、彼女は行く先々で人を誘惑し怪死に追い込んでいく。この魔というのがパンの血筋であり、どうやら怪しい脳外科手術を受けた哀れな女性患者は異界でパンと交わってしまったらしいのであった。パンには誘惑する神という側面もあるのである。

アダちゃんは可愛いが『LAMB/ラム』という映画全体のムードは重々しく、そこにはおそらくマッケン的なパンのイメージも反映されている。それは人間を誘惑するものであり、戯れに交わるものであり、そして破滅へと導くものである。このイメージが中盤から登場するノミラパの夫の弟にも重なることは見逃せないポイントで、というのも彼は笛こそ吹かないが元ミュージシャンであり、どうやらかつてノミラパと肉体関係を持っていたらしいことが仄めかされ、兄貴の家に居候しながらも堂々と兄貴の嫁さん(ピンク映画的表現)ノミラパを誘惑するのである。

パンと夫の弟のイメージの重なりがこの物語の中で何を意味するかは映画を観る人それぞれに委ねられている。俺の目にはアダちゃんがひたすら可愛いだけの映画にしか見えなかったけれども、深読みすればいくらでも恐ろしい物語が眼前に広がることだろう。なぜ夫婦は半人半羊の子供をあんなにも躊躇なく受け入れられたのか。夫婦が物語の開始時点ではセックスレスのように見えるのは、にも関わらずアダちゃんの養育と夫の弟の闖入によって再びセックスをするようになることの意味は何か。この物語には確かに「パン」が登場するがそれはある人物の目にしか見えない。どうして? そもそも、アダちゃんは本当に半人半羊のUMAだったのだろうか?

夫婦を見下ろす威圧的な山々はまるでこの世とあの世の境界のようだ。アイスランドの厳かな自然はすべての謎を霧で包んであの世へと運び去ってしまう。なるほど、そう思えばやっぱりちょっと怖い映画かもしれないすね。まぁアリがアイスランドには生息していないというトリビアよりは…いやでもやっぱそれもなんか怖いな!

【ママー!これ買ってー!】


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絵本のような邦題ですが実際はほんわか度摂氏ゼロの荘厳な神話みたいなアイスランド辺境映画です。

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