酔える人向け映画『ポトフ 美食家と料理人』感想文

《推定睡眠時間:30分》

ポトフというのはたぶんロシアとかのスープ料理だと思うのだが『ペパーミント・キャンディー』のような例外もあるにはあるとしてもそんな味気ない食品タイトルの映画が一般的な意味で面白いわけがない。あくまでも一般的な意味で、ということなのでなんだか妙ちきりんな文学系お料理映画としてはつまらないわけではない。舞台はどこだか知らんがフランスの田舎っぽいところ、誰もスマホとか使ってないし古い感じの服着てるからきっと日本で言ったら江戸時代ぐらいの話だろう、その昔のフランス田舎にある人里離れたお屋敷は凄腕シェフのブノワ・マジメルの居城で今日もシェフは金持ち客を呼んでコース料理を食わせる晩餐会みたいのを開いてる。

シェフの右腕はジュリエット・ビノシュ、二人は十何年も二人三脚でこの仕事をやってきて、お互いにとって欠かせない存在。いつしか恋愛感情のようなものも芽生えるが、結婚とまではいかない。シェフとその右腕というプロ同士の関係性が壊れてしまうことを恐れたのかもしれない。まぁなにはともあれそんな感じで毎日が過ぎていくのだが、そんな折どこどこ国のなんとか王みたいな人がシェフのもとへ使いを寄こして彼を晩餐会に招待する、で行ってくるのだがこのどこどこ国のなんとか王みたいな人が金と権力に物を言わせて作らせたコース料理ときたらこのシェフにとってまったく我慢のならないシロモノ。いいでしょう、私がホンモノの料理というものを食べさせてあげます、今度はあなたがウチに来て下さい。ってことでシェフとビノシュは何を作ろうかと考えるのだが、その料理がポトフであった。

まぁ、要するにあれだね、これはフランスの『美味しんぼ』だね。DAN・DAN気になる~。気にならない。いやぁ、食に対して欲とか拘りがほとんどない、とにかく安くて腹いっぱいになって栄養があればそれが正義という俺のような雑食家にとっては本当にどうでもいいお話だったな…。見所としては江戸時代レベルの厨房で実際に超おいしそうな料理をたくさん作る場面になるのだろうし、その場面はお料理ドキュメンタリーのようでわりかし食に興味のない俺でも楽しく観ることができたのだが、BGMがほぼゼロでこれといった事件も起きずとにかく淡々と進む物語、および食を巡る他愛ないトリビア会話の数々には、ほぉこういう世界もあるのだなという気にはなるとしても、そんな粗食じみた映画を面白くいただくには俺の胃はジャンクすぎた。

そもそもフランスのコース料理なるものを今までに一度も食べたことがない人間としては、この映画の軸となるコース料理のエロティックな儀式性がいささかアホらしく見えてしまったほどで、美食家諸君からすればお前の方がアホだよと嘲笑の的ではあろうが、こんなね無駄に凝った料理をシェフの決めた順番で一口ずつとか食べるより目の前にうまい棒を全種類10本ずつぐらい置いて好きな棒を好きな順番で好きなだけ食べる方が遙かに幸せなお食事じゃないかとか思ってしまうのだよ俺は。コース料理もこの映画自体もほとんど何が楽しくてそんなことをやっているのか意味不明の領域。むろんこの高雅な雰囲気がたまらぬという人もおるであろうが…。

監督はトラン・アン・ユンでもともとベトナム映画を撮っていた人だが今回はアジア要素なしの資本的にも完全フランス映画、河瀬直美の『Vision』とか是枝裕和の『真実』とかフランス国外の名匠的な監督がフランス資本で映画を撮るときには必ずといっていいほど顔を出すジュリエット・ビノシュがやはり出演しているだけならまだしも、ビノシュといえばやたら映画の中でヌードを披露することでも俺の中で知られているが、今回もきっちりセミヌードのシーンがあったのでなんかちょっと面白くなってしまった。

逆を言えば…いや別に逆でもなんでもないのだが、ビノシュが出てるフランス国外の名匠のフランス資本映画、と聞けば多少映画をよく観ている人ならだいたい内容の察しはつくかもしれない。ビノシュは明確なプロットを持つ映画を好まない。役者同士の芝居の応酬の中から静かに物語が立ち上がってくる映画にばかり出るビノシュなのである。わりと高齢なのに仕事量ハンパないし根っからの役者なんでしょな。

とにかくそういう映画である。フランスむかし版『美味しんぼ』と適当に書いてはみたものの『美味しんぼ』みたいなケレンは当然ナシ。基本的には趣向を凝らしたお料理の数々とフランス江戸時代の晩餐会の雰囲気とそしてビノシュの芝居に酔う映画、酔える人のための映画である。ぼくはお酒も飲めませんし酔えませんでした。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments