《推定睡眠時間：60分》
むかしヴィンチェンゾ・ナタリの『ナッシング』っていう二人の冴えない男がこんな世界無くなってしまえ！ と願ったら本当に二人の住む家以外の世界がなくなってしまって無の世界で二人が戯れるっていうドラえもんの一話みたいな映画があって、俺はこれを公開時に観てかなり好きだったんですけど映画サイトでユーザーレビューを見たら（長編映画ではなく）短編映画だったら伝説になったのにみたいな評があって、それもまぁたしかにそうだなとか思ったりしたんですが、この『VESPER/ヴェスパー』を観ながら考えてたのはそれだった。
遺伝子操作テクノロジーの暴走により既存の生態系がぶっ壊れた地球。金持ちはそれでも金持ち要塞にこもって平和に暮らしていたが貧民は『風の谷のナウシカ』をドロドロにしたような要塞の外のぶっ壊れ世界で臓器みたいなイモ？ とかを汚泥から掘り出して食うみたいな終末生活を送っていた。さてそんな貧民の一人である主人公少女は寝たきりパパを抱えながら健気に生きていたが、ある日よくわからん女の人が彼女の前に現れて…。
大筋こんなお話と思われるが、ぶっちゃけお話がどうのというような映画ではあんまりない気がした。とにかく奇異な異世界のビジュアル。それがこの映画のすべてと言ってもきっと過言ではない。深海や干潟から着想したと思われるその独創的な異世界の描写はまさに圧巻、ポスターに映ってるでっけぇクラゲみたいな大木を始めとして地面を歩けば飛び出すワームチンアナゴ群団、廃墟の実験室の壁にはびっしり生えて歩くエサこと人間にその触手を伸ばすカビイソギンチャク、津波のように襲い来るキラキラ粘菌、などなどグロテスクかつゲームの『バイオハザード』だったらグレネードランチャーで絶対に焼きはらいたい怪生物がもはや地球の生物ヒエラルキーの頂点には全然立っていない人間どもに牙を剥いたり剥かなかったりする！
遺伝子操作の暴走で地球の生態系がぶっ壊れたと冒頭にテロップで説明されるわりにはこれはこれで新しい生態系ができてるから別にいいんじゃないとつい思ってしまうし、前の世界と同じキレイな食物は金持ち要塞にはあるのだがその食物の種はコピープロテクトがかかってるので繁殖せず貧民どもは命がけで金持ち要塞から食物のタネを盗ってくるとかいう設定についても、あのワームチンアナゴとかカビイソギンチャクとか狩ってきて焼いたり醤油かけたりしたらまぁまぁ食えるんじゃないのちゃんと火を通せばと思ってしまうので、ぶっちゃけこれこれの設定はあまり生きていないのだが、そんなことはどうでもよく、これはキモくて壮大で異常な中にアンビエ～ントな癒やし作用も秘めた地球新時代のビジュアルに存分にひたる、そのための映画といえよう。
だからこれは短編の方がよかったなと思った。短編とか、あるいは画集みたいのでもよかったかもしれない。せっかくの地球新時代も基本は主人公の家周辺で物語が展開するのでその旨味が出しきれていない感が強く、絶妙に不気味な人造人間なども出てきて貧民と人造人間の対立なども描かれるものの、すいません寝ていましたのでぶっちゃけよくわかんないんですが、これがドラマティックに盛り上がったかというとどうもそんな風でもなく。
この映画の作り手もおそらく影響されたであろう（表現が似てるので）シモン・ストーレンハーグのシュールなSF画集『Tales from the Loop』は大いに話題を呼んでその後ドラマ化もゲーム化もされたが、どちらも触れたことがないのでなんとも言えないとはいえ、おそらく一番よかったのはなんだかんだ画集だろうと思われるので、こういうシュールSFのビジュアルはビジュアルのままに留めておくからこそ鑑賞者の想像力を刺激してその魅力を発揮するんじゃないだろうか（ちなみに、『Tales from the Loop』影響系の映画といえば去年やったギャレス・エドワーズの『ザ・クリエイター/創造者』もほぼ間違いなくそうだった）
生物や機械、衣装のデザインなどとにかく美術系は全部最高。このへん監督のクリスティーナ・ブオジーテ＆ブルーノ・サンペルというよりも、プロダクション・デザインでクレジットされている二人、戦争映画を多く手掛けHBOドラマ『チェルノブイリ』に参加したRamunas Rastauskasと『ストレンジャー・シングス』参加の（そしてこちらも戦争映画で腕を振るっているらしい）Raimondas Diciusという知らないし名前が読めない人の功績だろう。っていうかもう映画じゃなくてコンセプトビジュアル画集みたいので作り直してくれないか。いや映画は映画でやはりSFは異世界を見せるものと考える俺なのでよかったんですが、でもこのビジュアルは家でじっくり見たいしなというのもあるし…なんて人はパンフを買えばいいという話ですねははは！ あははははは！ よし今度買ってこよ。あともっかいぐらい観たいので『ザ・クリエイター』とかと一緒に名画座さんそのうちかけて下さい。
