そんなに筋肉は関係ない映画『愛はステロイド』感想文

《推定睡眠時間:25分》

なんだかすごい邦題をしているがこれはあくまでも邦題であって原題は『LOVE LIES BLEEDING』というそうな。Google翻訳にかけると「愛は血を流す」と出るがLIES BLEEDINGで「血を流す」になるの? 血まみれで横たわるみたいなイメージだろうか。英語は現在鋭意勉強中なので今はまだわからないがこの問題は頭の片隅に置いておきたい。ともかくこの映画はなるほど「愛は血を流す」の物語、主人公二人が筋肉だからと『愛はステロイド』なんて言われたら困惑させられてしまうのだが、「愛は血を流す」なら実にしっくりくるのであった。いや、ぼく原題至上主義でも邦題警察でもないですからこういう変な邦題はむしろ歓迎ではあるのですけれども。

で内容的にはこれはとても小さな映画、アリゾナだかなんだか知らんが辺鄙な田舎の筋肉ジムで働いてる無気力女のクリステン・スチュワートがヴェガスでのボディビル大会に向かう途中でジムに立ち寄ったケイティ・オブライアンと出会って即座にワンナイト、そこまではイイ話だが俺が寝ている間に不運に不運が重なったらしくパッと目を覚ますとクリステン・スチュワートの姉の恋人らしい暴力男が死体で登場、どっちが殺したんだか殺してないんだか知らないが(もしかしたらハメられたのかもしれない)ともかくこの死体をどうにかしなくてはとなったスチュワート&オブライエンは死体を雑に始末するものの、死体が死体を呼ぶのがアメリカ流なので、二人はますます殺人沼にハマっていくのであった。

良くも悪くも邦題の圧が強いのでこうありきたりな小さな話だと肩透かしというのはまぁ正直なところで、クリント・マンセルのミニマル・テクノを劇判に採用している点やこの監督ローズ・グラスの前作『セイント・モード/狂信』がほとんど室内劇といえる映画だった点からいって最初から小品を狙ったことはたぶん間違いがないのだから、なんだか小さな話だなぁなんて文句を言うのは筋違いかもしれない。それはわかるし悪い映画とはまったく思わないのだが、でもせっかく見事な女筋を作ったのにそれを展開の上で全然使ってくれないので、イイ筋肉が観たくて観に行った俺としてはやはり若干の不満が残ってしまう。

筋肉自体はイイ。素晴らしい。クリステンも頑張ってはいるがやはりケイティ・オブライアン、そして物語的には背景でしかないわけだがボディビル大会会場の控え室の実に汗臭い女筋、女筋、女筋の花園! 本職ボディビルダーを多数起用していると思われるこの場面は至福であるが、物語的には背景でしかないのでこのドリームビジョンは1分ぐらいで終わってしまうし、オブライアンの筋肉も魅力的に撮られているのは最初だけで、終盤はなんかCGとか使って戯画化されてしまう。そういうことじゃねぇんだよ!!!

いかんいかん、失礼取り乱しました…えつまりですね、この映画において女筋とはそれ自体が目的というものではないわけですな。これは言わば主人公ふたりの男社会に立ち向かい男に頼らず生きる意志の具現化されたものであります。メタファーとかシンボルとしての筋肉。だから正直なところ監督の人はこの美しい女筋を物語の中でどう活用しようとかあんまり考えていなかったのだろう。池袋にあるマッスルバーというところでは筋力アピールタイムとしてムキムキの従業員さんたちがレモンなど柑橘類を皮ごと握りつぶしてカクテルを作ってくれるそうだが、俺だったらそれに倣ってオブライアンが悪役の男(ちなみにエド・ハリスでした)の頭蓋骨をその筋肉でぐしゃりと握りつぶして目玉がポーンと飛び出したりする画を撮るところだ。ていうか逆になんでやらなかったんだろうと思う。

とはいえそれもこれもこの映画を『愛はステロイド』として観ているから思うことで、『LOVE LIES BLEEDING』というタイトルの小品ノワール映画を観ているのだと思えば、さして気にならないのではなかろうか。死体を超すぐにバレそうなソファの後ろに雑に隠すところは『マルチプル・マニアックス』みたいで笑えたしクリント・マンセルのスコアは静かな高揚感があってカッコいい。そしてケイティ・オブライアンの筋肉は最高。急に思い出したがそういえばアンジェリーナ・ジョリーに代わってアリシア・ヴィキャンデルが主人公ララ・クロフトを演じた『トゥームレイダー/ファースト・ミッション』はヴィキャンデルの筋肉の見せ方(汗は筋肉の最高のファンデーションだ!)も使い方も素晴らしく筋肉映画の傑作だと思うのだが、ヒットはしなかったし評判もなぜか悪かった。世間一般の筋肉感性などその程度なのかもしれぬ。そんな世の中では茨の道かもしれないが、オブライアンさんにはぜひとも見事な筋肉を保ち続けていただきたいと願っております。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2025年9月3日 10:37 AM

なかなか良い邦題だと思いましたけどね。
愛はステロイド(のように強くさせるけど、中毒性や副作用もある)みたいな。
原題はliesが「嘘」と「横たわる」のダブルミーニングなのかと思います。

掴みは良かったんですが、女二人だったり筋肉だったりの意味はあまり強くなかったですよね。割合普通のノワール。