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どう考えても『ソーセージ・パーティ』みたいな下ネタ映画なのにPG-12とはどういうことかと思ったらこれは性教育映画、酒に酔った勢いでカジュアルに初体験する高校生男女の体内でいったい精子たちはどんな大冒険を繰り広げているのかというヤングアダルト向けの『インサイド・ヘッド』、もしくは『はたらく細胞』、あるいはアニメ版の『宇宙で最も複雑怪奇な交尾の儀式』なわけだが、初めてだから穴がよくわからず上の穴ではなく下の穴に入れてしまうとかの童貞あるあるだけではなくちゃんと各種の避妊方法を教えてくれるし予期せぬ妊娠をしても安心して産婦人科に相談してね~♫と歌で教えてくれる、なるほどこれは中高生にこそ観てもらいたいですよねというタメになる映画であった。
だがその冒険は性教育を飛び越えて波瀾万丈、初めてだからよくわからず下の穴に入れてそして発射してしまうと書いたが、実は数億の精子たちが一斉にまだ見ぬ卵子に向けて飛び出す中で出遅れてしまった主人公(精子)たちは膣という表街道ではなく交尾の裏街道たる肛門道に入ってしまうのだ。その展開を目にした時にはええっどうなるの!? とうろたえてしまった。精巣外での精子の生存時間は知らないがまぁでもご飯食べる口とかないし精子の主観時間は不明だがおそらく人間時間に換算すれば決して長くはないだろう。その長くはない生命、肛門になど射精もしくはカウパーに紛れ込む形で流出されてしまったら終わりではないか。しかし主人公であるからにはなんとかして常世の浄土・卵子に辿り着いてくれるはず。いったいどんなルートで辿り着くのか? 人間主人公のボンクラ男子が肛門に入れていたことに気づいてティッシュで拭き取った精液を彼女の膣にこすりつけたりでもするのか……初体験のくせにマニアックなプレイすぎないか?
答えは大腸菌の力を借りて肛門を通過し胃に到達、そこから毛細血管を辿って腎臓に入ると尿道ルートを下り、尿と共に排出される前に膣へと再突入するという『アポロ13』もびっくりの奇策であった。ええ! 精子ってそんなことできるの!? 精子こえ~とか思いながらエンディングを見てたら「この映画はフィクションです。実際の精子は肛門から膣へは到達しません」みたいなテロップが出てました。できねぇんじゃねぇか! それはおめぇ性教育アニメとしてダメだろ! あと厳密に言えば毛細血管と腎臓はカットされていて胃が直接尿道に通じてるみたいな描写がされていたので科学的に間違ってますよこれは!
とはいえ精子の大冒険という既にその時点でバカな映画に対して科学的におかしいとかツッコミを入れているとこっちの方がよほどバカになった気分になってくるので前言撤回である。どちらかと言えばもうちょっと頑張ってほしかったのは科学的な正しさとかよりも冒険のメリハリであった。たしかに肛門から膣へというミラクル大冒険は『ミクロの決死圏』を思わせるわくわく感があるのだがその道中は案外大した出来事が起こらない。精子たちが肛門で出会うのは大腸菌なのだが肛門に生息しているのは何も大腸菌だけではあるまいし、たとえば胃などはおそらく精子にとって超過酷環境であるから、入った時点で生きるか死ぬかの危機的状況に陥ってもいいはずだ。聞くところによれば膣は精子を選別するための酸性となっており、何億もの精子の大多数はそこで道半ばにして倒れるのだという。
このように考えれば精子の旅というのは無数のデストラップを100%運で掻い潜るアクションとスリル満載の摩訶不思議アドベンチャーであって然るべきだと思うのだが、こうしたアクション&スリルはこの映画にほとんどない。それはちょっともったいなくないか。せっかく精子の大冒険というお膳立てをしたのだし、なにも肛門経由というアクロバットを用いずとも精子の旅をドキドキワクワクに描くことは可能だったんじゃないだろうか。この映画では最終的に精子たちは卵子という極楽浄土に易々と入ってしまったが本来卵子は自分(の遺伝子)好みの精子以外はブロックして中に入れてくれないので、数々のデストラップを通過してきた歴戦の精子たちにとって卵子とは最後に立ちはだかる圧倒的ラスボス、言うならば大魔王ゾーマのような存在である。
そこにゴールはある。そこに入りさえすれば生きることができる。しかし、卵子に選ばれる精子はたった一つに過ぎない。数億の中のたった一つである。そしてその一つを選ぶのはもっぱら卵子であり、精子がどれほど頑張ってもどれほど挑んでもどれほど懇願してもそんなことは関係なく、いつか卵子に到達できるはずだと信じて生まれ育ちそして旅立った数億の精子たち(卵管に辿り着く頃には100個ほどに減っているらしい)は卵子という天国の目前で屍を重ねていくのである……この精子のエレジーは明らかに絶賛公開中の『ほどなく、お別れです』よりも号泣ものだと思うのだが、そうした精子ドラマをこの映画のシナリオは捉え損ねているので、結果的に題材負けの印象が強くなってしまうのであった。
人間側主人公カップルのドラマも薄っぺらくて盛り上がらないし、もし続編があるのならその時こそこれこれのドラマを大幅に増量して笑って泣ける圧巻の精子ドラマを繰り広げてもらいたいものである。あるわけないのだが。